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コメディー短編(現代社会)

息子が“サンタ”じゃなくて“サタン”を召喚した

作者: 多田 笑

少しでも笑っていただけたら嬉しいです。

 うちの息子は三歳だ。


 この子には、不思議な力がある。

 ――欲しいものを、呼びよせてしまうのだ。


 最初に気づいたのは、二歳の頃だった。


「わんわん、ほしい」


 そう言った翌日、迷子の犬が我が家の玄関にちょこんと座っていた。


「でんしゃ、みたい」


 翌週、たまたま応募していた鉄道イベントの抽選に当たった。


 偶然。

 最初は、そう思っていた。

 でも三回、四回と続くうちに、私は確信する。


 ――この子は、“呼んでいる”と。


 そんな非現実的なこと、本当は信じたくなかった。


 でも、目の前の「ありえない幸運」が積み重なるたびに、言い知れぬ恐怖を覚える自分が情けなかった。



 クリスマスイブ。


「ママぁ、きょうサタンしゃん、くる?」


 嫌な予感がした。


「サンタさん、ね。サ・ン・タ。いい子にしてたから、きっと来るわ」


 息子は夕食の前、小さな手をぎゅっと組んだ。そして、はっきりとお願いする。


「サタンしゃん、きてくだしゃい」


「……え?」


「プレゼント、ほしいの。サタンしゃん」


 私は焦った。


「サンタ、だよ? サ・ン・タ!」


「うん! サタン!」


(やめて、その違いは洒落にならない!)


 訂正は――間に合わなかった。


 そして──リビングに“それ”は現れた。


 黒いマント。赤い瞳。立派な角。

 床に広がる禍々しい魔法陣。


(うわああ、本当に来たああああ!! 私、悪魔と同じ空間にいる!? こんなレアな体験をする母親、世界に何人いるのよ!?)


「フハハハハ……! 我を呼びしは、汝か。愚かなる人の子よ、貴様は何を望むのだ?」


 私は凍りついた。


「サタンしゃん……?」


 息子は、きょとんとした顔で首をかしげる。


「絵本とちがって、つよそうだねぇ~! かっこいいねぇ~!」


(ちょっと待って息子、怖がるとこでしょ!? いや、泣かれても困るけど! あなた、その無邪気さは時に世界を破壊し得るのよ!?)


「……ほう?」


 サタンは一瞬、姿勢を崩した。


「恐れぬ、だと? 我を見て泣かぬ幼子など、千年ぶりだぞ」


「ねえ、サタンしゃん」


 息子は、真っすぐ見上げた。


「パパいないの……」


「…………」


「きょう、クリスマスなの。パパいない……。さびしいの……」


(やめて……その言葉、胸に刺さるから……)


 サタンは、低く唸るように息を吐いた。


「……貴様、我が最も不得手とする話題を、初手で投げてくるとはな」


 私は息子を抱き寄せようとしたが、サタンが、ゆっくり首を振る。


「待て。我も鬼ではない」


(いや、鬼ではないけど……悪魔よね!? でも今その言葉に、なぜかちょっと救われそうになってる自分がいるわ)


 サタンは、息子を見つめたまま言う。


「小僧……我がどういう存在か、わかっているのか?」


 息子は分からないまま、サタンの手をぎゅっと掴んだ。


「サタンしゃん、あったかい」


「……っ」


(息子……すごいわ。あなた、人間界の理屈とか、恐怖とか、常識とか、全部飛び越えて、真っ直ぐ相手に触れるのね。怖い。でも……誇らしいわ)


「やめよ、その言い方。我は“あったかい存在”ではない」


 だが、サタンは手を引き剥がさなかった。

 頬が、ほんのり赤い。


「我は本来、夜毎に契約し魂を奪う存在」


「うん。しゅごいね~」


(この状況、冷静に考えたら恐怖でしかないのに、微笑ましいのはなんで……?)


「……だが――今宵は、どうやら予定が狂ったようだ──」


 サタンは深くため息をついた。


「よかろう。今夜だけだ。今夜だけは、貴様のパパになってやろう」


「ほんと!?」


「条件がある」


 サタンは人差し指を立てる。


「泣かぬこと。怖がらぬこと。……そして、我を“いいやつ”と思いすぎぬことだ」


「うん!」


「即答するな……」


(ありがとうございます、サタンさん……って、私いま何に感謝してるの!?)


 その後のサタンは、終始文句が多かった。


「プレゼントに金塊は違う、だと? ……何故だ。この価値を理解せぬとは、人間の教育は難儀だな」


(いや、その教育は確実に間違ってる)


「ツリーをもっと光らせろ? いいだろう……我が魔力で漆黒の炎を燃え上がらせようぞ」


(や……やめて、近所から通報される)


「鳥を焼くとはこういうことだ。……真っ黒にするな、だと? 貴様、注文が多いぞ」


(なんだろう……怖いはずなのに、賑やかで、ちょっと楽しい。息子も笑ってる。私も……笑ってる)


 気がつけば、息子はサタンの膝の上。


「う……重い」


 サタンは、小さく呟く。


「……悪くないな。魂を奪わぬ夜も」


(ああ、この人――いえ、この悪魔。ちゃんと優しさを持ってるんだ……)


 その時だった。


 玄関の鍵が、がちゃりと開く。


「ただいま。急に出張が早く終わってさ」


 サタンの瞳が、わずかに細くなる。


「ほう……ようやく“本物”が戻ってきたか」


 魔法陣が揺らぎ、闇が立ち上る。


「フハハハ……! 小僧、今宵は楽しませてもらったぞ」


 眠る息子の額に、指先で軽く触れる。


「来年は──ちゃんと“サンタ”と呼ぶのだぞ」


 そう言い残し、サタンは消えた。


(ありがとう。あなたは悪魔かもしれないけど、今夜だけは、私にとって――救いの存在だったわ)



 翌朝。


「サタンしゃん、やさしかったね」


 私は、静かに頷く。


 心の中で、そっと思う。


 ――悪魔にも、優しい心があるのだと。


 そして私は願う。


 ――来年は、ちゃんとサンタが来ますように。

最後までお読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字、誤用などあれば、誤字報告いただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
心がほっこりしました(^^) ほだされるサタンが悪魔なのに可愛く思える不思議w 自分の願望を子供に言わせようとしないお母さんもいい人で、子供も純粋なままという登場人物(一名は人じゃありませんがw)全員…
他の方の感想でも出たかと思いますが、サタンと父親が修羅場を起こすのかと思いました。 魔王サタンなのに優しい心を持っているのは素敵ですね! 息子さん、楽しそうでよかったです。 来年は「サタン」ではなくて…
魔王が意外と良い人のお話すごく好きです! 終始ほのぼの癒されながらも、私も元毛玉さまと同じくパパの帰宅に修羅場かと、どぎまぎしてしまいました。 来年はクリスマスの格好で正座して、息子ちゃんからの召喚を…
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