息子が“サンタ”じゃなくて“サタン”を召喚した
少しでも笑っていただけたら嬉しいです。
うちの息子は三歳だ。
この子には、不思議な力がある。
――欲しいものを、呼びよせてしまうのだ。
最初に気づいたのは、二歳の頃だった。
「わんわん、ほしい」
そう言った翌日、迷子の犬が我が家の玄関にちょこんと座っていた。
「でんしゃ、みたい」
翌週、たまたま応募していた鉄道イベントの抽選に当たった。
偶然。
最初は、そう思っていた。
でも三回、四回と続くうちに、私は確信する。
――この子は、“呼んでいる”と。
そんな非現実的なこと、本当は信じたくなかった。
でも、目の前の「ありえない幸運」が積み重なるたびに、言い知れぬ恐怖を覚える自分が情けなかった。
◇
クリスマスイブ。
「ママぁ、きょうサタンしゃん、くる?」
嫌な予感がした。
「サンタさん、ね。サ・ン・タ。いい子にしてたから、きっと来るわ」
息子は夕食の前、小さな手をぎゅっと組んだ。そして、はっきりとお願いする。
「サタンしゃん、きてくだしゃい」
「……え?」
「プレゼント、ほしいの。サタンしゃん」
私は焦った。
「サンタ、だよ? サ・ン・タ!」
「うん! サタン!」
(やめて、その違いは洒落にならない!)
訂正は――間に合わなかった。
そして──リビングに“それ”は現れた。
黒いマント。赤い瞳。立派な角。
床に広がる禍々しい魔法陣。
(うわああ、本当に来たああああ!! 私、悪魔と同じ空間にいる!? こんなレアな体験をする母親、世界に何人いるのよ!?)
「フハハハハ……! 我を呼びしは、汝か。愚かなる人の子よ、貴様は何を望むのだ?」
私は凍りついた。
「サタンしゃん……?」
息子は、きょとんとした顔で首をかしげる。
「絵本とちがって、つよそうだねぇ~! かっこいいねぇ~!」
(ちょっと待って息子、怖がるとこでしょ!? いや、泣かれても困るけど! あなた、その無邪気さは時に世界を破壊し得るのよ!?)
「……ほう?」
サタンは一瞬、姿勢を崩した。
「恐れぬ、だと? 我を見て泣かぬ幼子など、千年ぶりだぞ」
「ねえ、サタンしゃん」
息子は、真っすぐ見上げた。
「パパいないの……」
「…………」
「きょう、クリスマスなの。パパいない……。さびしいの……」
(やめて……その言葉、胸に刺さるから……)
サタンは、低く唸るように息を吐いた。
「……貴様、我が最も不得手とする話題を、初手で投げてくるとはな」
私は息子を抱き寄せようとしたが、サタンが、ゆっくり首を振る。
「待て。我も鬼ではない」
(いや、鬼ではないけど……悪魔よね!? でも今その言葉に、なぜかちょっと救われそうになってる自分がいるわ)
サタンは、息子を見つめたまま言う。
「小僧……我がどういう存在か、わかっているのか?」
息子は分からないまま、サタンの手をぎゅっと掴んだ。
「サタンしゃん、あったかい」
「……っ」
(息子……すごいわ。あなた、人間界の理屈とか、恐怖とか、常識とか、全部飛び越えて、真っ直ぐ相手に触れるのね。怖い。でも……誇らしいわ)
「やめよ、その言い方。我は“あったかい存在”ではない」
だが、サタンは手を引き剥がさなかった。
頬が、ほんのり赤い。
「我は本来、夜毎に契約し魂を奪う存在」
「うん。しゅごいね~」
(この状況、冷静に考えたら恐怖でしかないのに、微笑ましいのはなんで……?)
「……だが――今宵は、どうやら予定が狂ったようだ──」
サタンは深くため息をついた。
「よかろう。今夜だけだ。今夜だけは、貴様のパパになってやろう」
「ほんと!?」
「条件がある」
サタンは人差し指を立てる。
「泣かぬこと。怖がらぬこと。……そして、我を“いいやつ”と思いすぎぬことだ」
「うん!」
「即答するな……」
(ありがとうございます、サタンさん……って、私いま何に感謝してるの!?)
その後のサタンは、終始文句が多かった。
「プレゼントに金塊は違う、だと? ……何故だ。この価値を理解せぬとは、人間の教育は難儀だな」
(いや、その教育は確実に間違ってる)
「ツリーをもっと光らせろ? いいだろう……我が魔力で漆黒の炎を燃え上がらせようぞ」
(や……やめて、近所から通報される)
「鳥を焼くとはこういうことだ。……真っ黒にするな、だと? 貴様、注文が多いぞ」
(なんだろう……怖いはずなのに、賑やかで、ちょっと楽しい。息子も笑ってる。私も……笑ってる)
気がつけば、息子はサタンの膝の上。
「う……重い」
サタンは、小さく呟く。
「……悪くないな。魂を奪わぬ夜も」
(ああ、この人――いえ、この悪魔。ちゃんと優しさを持ってるんだ……)
その時だった。
玄関の鍵が、がちゃりと開く。
「ただいま。急に出張が早く終わってさ」
サタンの瞳が、わずかに細くなる。
「ほう……ようやく“本物”が戻ってきたか」
魔法陣が揺らぎ、闇が立ち上る。
「フハハハ……! 小僧、今宵は楽しませてもらったぞ」
眠る息子の額に、指先で軽く触れる。
「来年は──ちゃんと“サンタ”と呼ぶのだぞ」
そう言い残し、サタンは消えた。
(ありがとう。あなたは悪魔かもしれないけど、今夜だけは、私にとって――救いの存在だったわ)
◇
翌朝。
「サタンしゃん、やさしかったね」
私は、静かに頷く。
心の中で、そっと思う。
――悪魔にも、優しい心があるのだと。
そして私は願う。
――来年は、ちゃんとサンタが来ますように。
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