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空白のアデア―空を継ぐ者たち―  作者: 月夜 ダイヤ
3章 勇者の目覚め
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98.衝撃、そして変わる世界

 ソラはいきなり視界が揺らぎ、建物から転げ落ちそうになった。咄嗟に屋根の出っ張りを掴み、危機を逃れる。腕に力を入れるだけで精一杯だ。いつもなら上がるのも造作もないというのに。


 アーチェも同じ現象が起きたのか、頭を押さえて座り込んでしまっている。それほどまでに、半端な揺らぎではなかった。


 しばらくしてそれは終わった。ソラは屋根の上に上がると、アーチェも同じ頃に調子を取り戻したようだ。


「アーチェ、今の感じたよね?」


「うん。変な感じだ。頭の中をぐちゃぐちゃにされたみたいだよ」


 アーチェの顔は酷い有様だった。自分もそんな顔をしているのだろうか。ソラは屋根の上から街の人々の様子を眺めた。いつも通り生活している者もいれば、頭を押さえてうずくまってしまう者もいる。だが、その人数からして異常とは言えない。


「街の人はあまり影響を感じてないみたい」


「余所者にだけ起こる攻撃とか……?」


 アーチェの言葉にソラは警戒した。ソラたちは今、ロロを救出しに行くところだ。その思惑を図られている可能性は高い。どこかに攻撃者がいるのかと、ソラは辺りを見渡した。しかし誰も見当たらない。体の動きに呼応するように、ペンダントが少しだけ動いた。


 これは何だっただろう。身につけている経緯は覚えてはいるのだが――。ソダシから預かったペンダントも首にかけているので、邪魔に感じる。


「今は先に進もう」


「うん」


 ソラは塔を指差した。ソラたちはそこに向かっていたはずだ。いや、どうしてそこに向かっているのだろう。なぜ、ロロがそこにいると知っているのだ。自分が決めたことだ。だが、分からない。


「アーチェ、私はどうしてあそこにロロがいるって知ってるんだっけ?」


「え? いやー、それは! どうしてだろう?」


 アーチェは何かを言いかけたが、すぐに口を閉じた。目が泳いでいる。本当に分からないようだ。ソラは自身の頭の中身が、何かに掻き回されたように感じた。知らないうちに、別の人間にされたみたいだ。


 ソラはアーチェの向こう側、森の方を見た。リトが言っていることは、事実と言っていいだろう。ソラはヘリオと共に、森の奥に隠れているように言った。それは彼が後々必要になるからだった。なぜ、必要になるのか――。


「ソラ、あれ……」


 突然、目の前の彼が塔を指差した。ロロが囚われている塔だ。その塔が大きな炎に呑まれていた。炎の海の中に、塔が佇んでいるようにも見える。その光景は地獄だった。赤い炎は脈打つ命のように、街を包み始めた。こんなに激しく普通の炎が燃え盛るはずはない。これは魔法によるものだ。それもかなりの魔力である。


 炎はソラたちが立っている場所にも侵食していた。 

 屋根が鉄板のように足を焦がそうとする。下では、人々が炎に呑まれていた。人目を偲ぶためとはいえ、屋根の上にいたことは不幸中の幸いだった。


「アーチェ、一旦戻ろう」  


 躊躇いながらもそう口にした。この炎の勢いでは、中に入ることなど不可能だ。ソラたちが呑まれてしまう可能性が高い。

 

 ソラは森に足を進めたが、誰かに呼ばれたような気がして、最後にもう一度振り返った。その空には何やら物体が浮いていた。



「どういうことだ?! これは?!」


「お祖父様、落ち着いて! 魔法が暴走してるんだってば!」


 アユリアが声を弾ませる。彼女の目の前には杖を振り回し、すっかり混乱に陥っている老人がいた。何が起きたのかロロには分からなかった。ただ、何かしら想定外のことが起きているのだということが、分かる。炎があちこちに飛び火し、塔を燃え尽くそうとしていた。


「こい!」


 ロロはアユリアの手を掴んだ。老人の体が炎に包まれようとしていたからだ。止めようとしているアユリアもこのままでは、犠牲になってしまう。


「これに乗るんだ! 早く!」


「嫌だってば! 離して!」


 アユリアを見殺しすることは簡単だ。しかし、そんなことをしたら一生後悔するだろう。ロロは抵抗するアユリアを無理矢理、飛行船の中にねじ込んだ。目の前には、スイッチやらレバーやらが、目が痛くなるほど付いている。しかし、操作はシンプルなものだ。ロロは昔を思い出しながら、青いスイッチを入れると、レバーを思いっきり後ろに引っ張った。


 その瞬間、飛行船が激しい音を立てて、前方に進んだ。その勢いのまま、それは塔を突きやぶった。この飛行船にはかなりの重量と耐久力があるのだ。人間に使われない間も、この船は自身の中にみなぎる力というものを隠していた。

 

「お祖父様ー!」


 アユリアの叫びが空に吸い込まれていった。飛行船はフワリと、空に浮き、そのまま音を立てて空を飛ぶ鳥となったのだ。



「あれ〜?」

 

 カーデランでは、カダが久しぶりに魔法を使おうとしていた。しかし、魔法は全く発動しなかった。一瞬、自身の体がおかしくなったのかと錯覚したが、都の人々のほとんどがそんな状況に陥っていた。


 カダはいつも通り、剣を構えて魔法を使おうとしただけだ。しかし、その瞬間魔法はどうやって発動していたのだろうという不思議な気持ちが浮かび上がった。それは、いきなり自身の認識を歪められてしまったような、自分という存在がいつの間にか別の存在に変わってしまったような気がした。 


「気付いたか? カダ」


「セザール」


 カダはいつの間にか、自身の背後に立っていたセザールを振り返った。セザールの手にはひゅうひゅうと風の音がする魔法が発動していた。


「あれ、どうして!」

 

 カダは片目を見張った。セザールはニカッと笑うと、木箱の上に腰を掛けた。カダの目に彼が映る。セザールはカダが初めて会った時と、全く容姿が変わらなかった。


 カダはソラたちが出ていってからの、二ヶ月間でかなり身長が伸びた。最近では声も少しだけ低くなった。しかし、彼は変わらない。皺が増えるわけでもなく、腰が曲がるわけでもない。それは酷く不気味な光景だった。


「カダが前に話してくれたおとぎ話があったな? 天界人の償いだったか?」


「そうだけど、それが今の状況に何の関係があるんだ?」


 セザールがどうして脈絡もなく、そんな話をしたのかが気になった。


 天界人の償いという話は、有名なおとぎ話だ。カダは今よりも小さい頃に、母から聞いたことがある。

 

 昔、天界に住んでいる天界人の一人が大きな罪を犯した。そして、その罪を償うために地上に落とされた彼は地上の人間の願いを聞かなければならなかった。その願いというものの詳細は分からない。そもそも、その天界人がどこにいるのかも、本当の話なのかも分からないのだ。


「我等が気付かないうちに、何か大きな認識の歪みが発生しているな」


「認識の歪み……?」


「カダよ、物事の色々な事柄にはそこに辿り着くまでに、色々な道がある。魔法も然りだ。しかし、人間は魔法に辿り着くまでの道を一つだけだと定めてしまった」


 セザールの話は難しい。しかし、彼は構わず言葉を続ける。


「だからこそ、他の道から魔法に辿り着く者が、魔法を使えない世の中になった。または、かなりの時間を要するか……。しかし、それに頼る方が分かりやすくかったのだろう。我もその一人だったと言うべきか」


 セザールが魔法を遠くに放った。何かが弾ける音がした。セザールが魔法を使えるまでにかなりの時間を要したことは知っている。


 本人が真面目にやっていなかったのもあるが、才能がないと思ってしまうほどだったらしい。だが、魔法を習得してからというもの、セザールの魔法の腕はメキメキと伸びて、すぐに周りに追いついた。それは才能としか言いようがなかった。


 カダはセザールの話をなんとか飲み込んだ。セザールに、馬鹿だとは思われたくない。


「じゃあ、色んな道があるってなったら魔法を使えない人はどうなるの?」


 カダの質問にセザールは今まで見たことがないほど、最高の笑顔になった。


「間違いなく、化ける」



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ここまで読んでくださってありがとうございます!

面白かったと思ってもらえたら、ブックマークやポイントを入れていただけると嬉しいです。

次回もよろしくお願いします!



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