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空白のアデア―空を継ぐ者たち―  作者: 月夜 ダイヤ
3章 勇者の目覚め
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95.消えるモノ

 ロロはアユリアを見た。彼女の顔は困惑に満ちている。彼女の背後には髭を生やした老人がいた。年は七十歳ほどだろうか。長く蓄えた髭のせいで、もっと年に見える。ロロたちに攻撃したのはその相手だった。目が血走っている。こちらへの敵意が肌から伝わってくる。 


 手に持っている杖が淡い青色の光を灯していた。


「……」


 ティティールが怯えた様子で、彼等を見ている。体を起こそうとしたが、痛みが酷く起きることができない。咄嗟に庇ったティティールは無事だが、この状況では守りきれない。


「アユリア、勝手なことをしてくれたな」


「お祖父様……。私は……」


 アユリアは唇を噛んで、悔しそうな顔をした。お祖父様と呼ばれたその男は、アユリアから目を逸らした。


「もういい。お前への処罰はあとだ」


 彼が杖をこちらへと向け直す。ロロは背を預けている壁に目を向けた。ロロたちがぶつかった衝撃でひび割れている。その隙間から奥にも部屋があることが分かった。あまり広い部屋ではなさそうだが、ここに逃げ込めそうだ。


 ロロは手を構えると、青い炎を発動した。老人が自身を守ろうと、杖を構える。

  

 だが、これは目眩ましだ。目的は攻撃だけではない。


 青い光が彼等の視力を一時的に奪う。ロロはその間に、壁を強く殴りつけた。痛みをこらえ、なんとか立ち上がると部屋の中に避難した。正確には転がり込んだという方が正しい。ロロの想定していた通り、そこには部屋があった。砕け散った大きな瓦礫を投げ飛ばし、入り口を塞ぐ。


 老人が何かを叫んでいるのが聞こえてきたが、これで一時的には大丈夫だ。しかし、こんな方法ではいずれ突破される。打開策を考えなくてはいけない。


「ロロ、ここ結界が張ってあるみたい」


 ティティールが立ち上がりながら、そう口にした。


「結界?」


 ロロは辺りに目を凝らした。結界というものは知らない。しかし、確かに周囲に淡い水色の光が浮いていることに気付く。


「えぇ、分かりやすく言うとこの部屋は魔法の力で、人が入れないようになってるのです」


「なんだ、それなら入り口を塞ぐ必要はなかったな。でも、俺たちは入れたぞ」


 ロロは疑問を口にした。ティティールは誰かから、教わったことを思い出すかのように語った。


「入れるかどうかは、結界を張った主の思うがままだから。私たちは入れてもらったということになるわ」


「入れてもらったって、誰に――」


 そこまで言ったところで、ロロは目の前に大きな石があることに気が付いた。それはいくつもの古語、ここでいうアデアの字が刻まれていた。それは、目がチカチカするほどの量だ。こんな大きく目立つものに目が引かれないはずがなかった。


(お前らは人の子だな?)


 突如として声が聞こえた。しかしそれは耳から聞こえたものではない。


「なんだ、これ。頭の中に話しかけられているみたいだ」


 そう、頭の中にその声は響いた。まるで、頭をハンマーで何度も殴られているような感覚だ。決して気持ちのいいものではない。


「これは、あの石から聞こえますの……?」


 ティティールにもその声は聞こえたようだった。荘厳でどこか冷酷な声。ロロはそれを直感で人の声ではないと思った。それほどまでにその声は人間離れしていた。


 意外にも石から声がしているということに、ロロは驚かなかった。アデアに来てから、驚くことの連続なため、あまり感情が動かなくなっているのだ。


「……!」

  

 その時。部屋の瓦礫をどかし、見えない壁を必死で叩いている老人と目が合った。彼等の話している声は聞こえない。ここは普通の空間ではないのだと、ロロは悟った。ロロたちはここに逃げ込めたのではない。閉じ込められたのだ。目の前の石をただ睨みつけた。それに呼応するかの如く、声の続きが聞こえる。


(ここから出たくば、概念を寄越せ)


「概念? 取り引きをしようっていう気か?」


 ロロは考え込んだ。少なくとも無慈悲な相手ではなさそうだ。世の中には人間であって、言葉が通じていようと会話が成り立たない人間がいる。そんな人種に比べたら、取り引きを持ちかけてくる方が余程マシだ。


(概念とは概念だ。この世から消えるべきものを私に寄越せ)


「消えるべきもの? 例に挙げるとわたあめとか? 絶対に消えて欲しくないけど……」


 ティティールが口を開いた。


(……。そんなものでは駄目だ。価値のあるものでなくてはいけない。並大抵のものでは駄目だ)


「価値か……」


 ロロは声の言うことを反芻した。そんなに急に言われても思いつかないと思った。しかし、一つだけ思いついたものがある。


「例えば、命とか……?」


「な?!」


 ロロの発した言葉にティティールが驚いた声を上げる。声の主はしばし黙っていたが、やがて声が聞こえた。


(ほぉ、それも可能だ。人一人が消えるだけで、多くの未来の生命が絶たれる。それは価値のものになるだろう)


「俺の命か……」


 実際にロロが迷っている暇はなかった。ティティールは病気に侵されているし、こんなところでうだうだと考えていても仕方がない。


 ロロにとって自身の命はとても軽いものだった。しかしそれは声の主にとって価値のあるものだと言える。一瞬だけ、ソラのことが頭に浮かんだ。しかし、彼女には今は自分は必要でないのかとも思える。


 アーチェだって、ティティールだっているのだ。ソラはもうロロがいなくても大丈夫なのではないか。いや、最初からロロの存在など彼女の役に立ってはいないのだ。いつだって彼女は幼いロロを守ってくれた。

  

 ソラがいなくなれば、ロロは一人では生きていける自信がない。けれど、彼女ならきっと大丈夫。


「じゃあ、俺の――」


 ロロがそう言いかけたところで、頭に強い衝撃が走った。意識を失う直前、ロロは幼い少女が震える手で扇を握りしめているところを見た。



 ティティールは震える手を抑えた。先ほどから、寒気が止まらない。恐らく自分はもう駄目なのだという考えがずっと頭の中にあった。ロロはただの風邪だと言っていたが、そんなわけがない。

  

 自分の体のことは自分がよくわかる。優しいロロはティティールに変な心配をかけたくなかったのだろう。だからこそ、本当の病気のことを隠したのだ。レトリエが数年前に、魔風病で大騒ぎになったことは有名だ。その痛ましい事件の話はレオナード王国にも当然、流れてきた。


 ティティールが囚われていたことは、それが理由だろう。魔風病の多くは助からない。

 

 体の猛烈なダルさ、震える体。もうすぐティティールは死ぬ。


 そんな彼女のためにロロが死ぬ必要は全くないのだ。ティティールは扇を握りしめた。これは母親の形見だった。

 

 それを仲間を傷付けることに使ってしまったことに、ティティールは申し訳なさを感じた。ゆっくりとそれを地面に置いた。自分にはもう必要のないものなのだ。


「声の主よ。何を失くすか決めましたわ」


(申せ)


「レオナード王国第一王女、ティティール・レオナードの命を差し上げますわ!」

 

 幼い彼女はその言葉に一寸の迷いもなく、そう高々に発言したのであった。



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ここまで読んでくださってありがとうございます!

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次回もよろしくお願いします!





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