94.善人でも悪人でもないということ
アユリアは牢の見張りに来ていた。長いこと話していた長老たちだったが、やっと意見がまとまったらしい。しかし、それはとても残酷なものだった。彼等のうちの一人が、レトリエにとっての忌まわしい病気に感染してることもそれに拍車をかけた。
「どうしたらいいの」
彼女の呟きは通路に響いた。それは誰の耳にも届くことはない。話し合いに夢中なのは警備兵も同じことだった。長老たちの話に全ての警備兵が駆り出されている。
アユリアは善人ではないが、悪人でもない。そんな彼女にとって、下された決断は従うこそすれ、何も罪悪感がないというわけではない。
「そもそも、リトが早く出ていかないから」
それは的外れな考えだった。リトだって、行くところはないのだ。モンスターが住むという街はあるというが、そこだってどこにあるかは分からない。そもそも、根も葉もない噂ではないかという意見もある。
ローズマリー王国からその噂は流れたが、どこまで話を信じていいかとも思う。
「昔のことが嘘みたい」
リトの家族はアユリアにとても優しかった。街の人々にはあまり歓迎されていなかったが、彼等は回復魔法を覚えるとそれを街の人々のために使った。そのことから、少しは信頼を得ていた。
アユリアはレトリエの中でも、偉いとされる長老の孫だった。だからこそ、あまり彼等とは関わるなと言われていたが、頻繁に遊びに行っていた。
モンスターのハーフの三姉弟はとても不思議な容姿をしていたが、アユリアの良き遊び相手だった。真ん中の男の子、つまりリトの兄は両親の特徴を受け継ぎ、一見獣人に見えた。その姉とリトは紛れもないモンスターの容姿をしていたが――。
モンスターの父、人間の母、三人の子供。誰がどう見ても幸せなはずの家族は、街の一人がある病気に罹ったことで壊されたのだ。
アユリアは無意味だと分かってはいたが、耳をふさいだ。そうでもしないと、あの日々に聞いた音が再生されそうになる。あの時、アユリアは人の容姿をしていながら、人ではないものを見た。
(忘れろ、忘れろ忘れろ)
アユリアは何度も首を振った。囚えられ二人が幽閉されているという牢に向かう。塔の階段を少しずつ登っていた。ここに来るのは長老である祖父には内緒だった。自分が逃がしてしまえばいい。
孫であるアユリアに重い罰は下らない。しばらく街で居心地の悪い思いを味わうだろうが、この先ずっと罪悪感に苦しむことを思えば、それはとても容易いことだった。
それと同時にこちらに向かってくる人がいることに気が付いた。それは二人の人だった。
◆
「あ、お前」
ロロは目の前に佇んでいる少女のことを、必死に思い出そうとした。その人物はリトの家に訪れていたアユリアという少女だった。その時は面倒なので、寝た振りをしていた。ロロと彼女は初対面ということになる。彼女のことを知らないティティールが息を呑んだのが分かった。
「貴方! どうやって抜け出したの!? しかも、それ魔眼……?」
アユリアは血管が浮き出るほど、顔に怒りをたたえると驚きながらも叫んだ。ロロからすれば、それは八つ当たりとしかいいようがない。そもそも、ロロたちは勝手にここに囚われていたのだ。アユリアがロロの瞳に気を取られたのに、気が付かないふりをする。
「どうやっても何も、俺たちは被害者だ。自由に抜けさせてもらうぜ」
ロロは後ろのティティールに目配せをした。彼女を安心させるつもりだった。
アユリアは諦めたようにため息をついた。彼女の手には杖が握られていたが、それがこちらに向けられることはなかった。
「この塔の上にね、飛行船があるの」
「飛行船って飛ぶやつか?」
ロロは自身の生まれ育った国のことを思い出していた。飛行船はローテリヴァ王国でもかなり先進的な発明だった。当時はかなり注目されていたため、ロロも乗りたかったがそれは試作段階であった。
結局それは墜落し、二度と日の目を浴びることはなかった。その残骸は処分され、計画を立てた学者も処刑された。かなり衝撃的な出来事だったので、ロロもそのことはおぼろげに記憶していた。
それがこの街にもあるとは、それはロロにとって想定外のことであった。アユリアはロロの問いに頷いた。こちらに近寄ると、ロロの手を引っ張った。彼女の腕の力は強かった。
「それを使って逃げることね。上までいけば、手出しはできないわ」
「どうしてそんなに親切にしてくれるんだ? お前はリトをあの家から追い出そうとしてただろ」
ロロはアユリアのことを信じられないでいた。彼女はレトリエ側の人間だ。言葉を鵜呑みにしてもいいものか――。
「私が好きでそんなことをしてるとも? 上からの抑圧があるの。私はれっきとした悪人になりたくない」
「つまり俺たちを助けることで、自分の心を満たそうとしてるってことか? おおっと、そんな顔するなよ。ジョークだ」
アユリアが無表情でこちらに目を向けたのを見て、ロロは頭を振った。感情豊かな人の無表情は強い怒りの証拠だとロロは学んでいた。
「大体、俺の後ろの女の子は王女だぞ。レオナード王国の王女にこんなことして、いいのか?」
「ちょっと、ロロ!」
黙って、やり取りを見守っていたティティールが慌ててロロの口を塞いだ。そこまでしたところで、ティティールが手を離した。
「大丈夫だ。これは移らない」
「レオナード王国の王女……? そうだとしても多分あの人たちの決断は変わらない。何かに理由をつけて、貴方たちを排除しようとする。レトリエの権力はかなり強いの」
「ここはレトリエですの?!」
「えぇ、そうよ」
ティティールの驚いた声にアユリアは頷いた。ティティールの病状は大丈夫だろうかと、ロロは不安になる。すぐに処置が必要だ。早く逃げなくてはならない。なりふりを構ってる暇はない。
「アユリアとか言ったよな? 案内してくれ」
「もちろん。早く上へ上がりましょう」
◆
一番上の階に辿り着くと、そこには小さな飛行船があった。小さい頃見た飛行船よりも余程立派だ。技術力が低いアデアの地にこんなに、高性能な物があることにロロは驚いた。
「立派だな」
「大昔の物なの。魔法技術が発展して以来、こういうものを作る人は減ったけどね」
大昔という言葉に少し不安になるが、それは問題なく動きそうに見えた。
「わぁー、凄い!!」
ティティールがロロの背から飛び降りると、飛行船を楽しそうに眺め出した。その姿は年相応の子どもだ。しっかりしていて、忘れていたが彼女はまだ十歳なのだ。だからこそ、この旅に連れて行くことはロロは反対であった。
ティティールがロロたちから離れたところで、アユリアがロロに耳打ちをした。
「彼女、まだ病気のことを知らないの?」
「あぁ」
ロロは表情を悟られないように、頷いた。アユリアは少なくとも悪人ではない。
「処置は早くした方がいい」
「レトリエが殺気だってるのも、それが理由なのか」
少しの間、無言が走る。
「そうよ」
「厄介な街だ」
ロロは飛行船に向かって歩き出した。アユリアもあとに続く。
「動かし方は――」
「いい、分かってる」
ロロは飛行船の構造を観察していた。幼い頃に見た経験から、ある程度の動かし方は分かる。今では少しでも時間が惜しい。
「ほら、ティティール。乗るんだ」
「わ!」
ロロはティティールの体を抱き上げた。その瞬間だった。体に凄まじい衝撃が襲った。それにより、ティティールと一緒に、壁に激突する。
それはアユリアのいる方向からだった。
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