92.どちらでもないということ
「モンスター?」
アーチェが掴んでいたリトの服を手放した。彼の容姿は、シュトラーゼやソダシとも大きく異なっている。頭からはオレンジ色の尖った耳が生えていて、鼻先も尖っている。一見、獣人の見えるが違う。獣人はここまで獣の特徴を残してはいない。彼の顔立ちは、狐のようだった。
それと同時に、それらの容姿には見覚えがあった。
昼に出会った薬屋だ。リトとは違い、獣人の見た目をしていたが、その容姿は彼ととてもよく似ていた。
「アーチェ、今は逃げよう」
ソラは、床で眠っていたヘリオを右手で抱きしめ、窓口に足をかけた。通り過ぎざまにリトの体を左手で抱え込む。窓の前には誰もいない。多くの人たちは家の前に集合していた。窓から出ることは想定していないようだ。
ロロがティティールの部屋の窓から出るのが確認できた。ロロと目が合う。ソラは森の奥を指差して頷いた。そこで落ち合えばいい。
「ソラ」
アーチェが後ろを振り返りながら、呟いた。流れるようにそちらを向くと、ティティールを抱えたロロが街の人たちに捕まっているのが確認できた。
街の人々は金属の棒を掲げていた。それらが義手と義足を吸い寄せ、動きを封じたのだ。ロロは抵抗することもできずに、抱えている彼女をかばいながら、崩れ落ちた。
住民の中の屈強な一人が、ロロの頭を抑え込み縄をかける。完全に捕まってしまっている。ソラはロロの元に足を速めようとした。しかし、彼は首を振った。その表情からソラは全てを察する。アーチェの腕を引っ張ると、森の中に溶け込もうとした。
途中、街の人々がそれに気が付いて、矢を放ってきたが、素人の腕なのか全く当たることがなかった。
木の上に上がり、そこから枝を渡って、森の奥へと進む。ロロのことが気がかりだが、彼の意思を無視するわけにはいかない。まだチャンスはあるのだ。あとから、奪い返せばいいだけのこと。
森のかなり奥まで来ると、木々の葉の中に自身とリトの姿を隠す。リトはこの間、一言も話すことがなかった。目を瞑り、何かを悟っているような様子にも見えた。
アーチェは反対側の木々の葉に身体を押し込んだ。リトを抱えたソラはともかく、小柄で一人のアーチェは目視で見つかることはない。
ソラたちの後をつけてきた人々は、辺りを見渡した。その人数は三人だ。服装は重装備で、いかにもこれから戦場に行く戦士である。波動を感知できるだろうかという不安がソラの中で沸き起こる。
ペンダントを付けているソラは見つからないが、アーチェとリトは別だ。しかし、普通の人であるならば、こんなに高い木の上を波動で見つけることは困難だ。
それに、何かしらの動物だと思うかもしれない。それは確率的にありえないに近いが、そう信じるしかない。少し前に目が覚めたヘリオが鳴いてしまわないか心配になったが、彼女は大人しくしていた。
しかし、現実は酷だ。三人組のうちの一人がアーチェの隠れている木々に目を付けた。
ソラは剣に手を添えた。仕留めるしかない。リトが息を呑んだのが分かった。それは初めて見る彼の反応だ。
「やめ――」
リトの声はソラには届かなかった。そのまま白銀の剣が彼らの首を跳ね飛ばした。風を纏ったその刃は無駄のない動きで彼らの命を刈り取ったのだ。勇者の剣と言われたその剣は、奇しくもその刀身で人の命を奪った。
鮮血が噴き出し、ソラの中でかすかな達成感と喜びが実る。そうだ。ロロは昔からこれを危惧していた。
彼がソラの記憶を失わせたのもそれが理由なのだ。歯止めがなければ、ソラのこの感情は収まらない。久しぶりの殺しにソラは自身の細胞が喜びを感じているのが分かった。
そのまま彼等は倒れ込み、動かなくなる。ソラは木から降り立つと、それをじっくりと眺めた。リトがソラの腕から無理やり体を放すと、既に絶命した彼等に近寄った。リトの体を拘束することは容易だったが、ここまで来た以上もう意味はない。
リトは彼等が死んでいるか確認しているようだった。首を飛ばしているのだから、死んでいることは明確ではあるのだが――。
「な、なんてことを」
彼は確かにそう呟いた。しかしこうするしか方法はなかった。もし、ソラにこんな感情がなくても、そうしただろう。リトはかなりのショックを受けている様子だった。
その騒動を見ていたアーチェが反対側の木々から、降りてくる。地面にうずくまり、ショックを受けているリトを横目で眺めていた。彼の手には緑色のブーメランが握られていた。
「ごめん、ソラ。本当は僕がやらないといけなかった」
アーチェは何を謝るかと思えば、そう口にした。彼の手は震えていたが、確かにその覚悟はあるようだった。アーチェはまだ人を殺したことがないのだ。医者なのだから、それは当然と言えば当然だが、彼はどんな職業であってもそれをしないことは明確だ。
「き、君たちは人を殺したんだぞ」
リトがやっと口を開く。わなわなと口元を震わせているさまは、まさに人間のそれだった。アーチェが含まれていることに、ソラは異議を唱えようとする。彼はこの殺しに関わってはいない。
しかし、リトの怯えた目を見て、それを言うことは無駄な行為なことに気が付いた。彼の中で、ソラたちはもう人殺しなのだ。
その証拠にアーチェが一歩、前に進み出ると、リトは怯えた声を上げて後ろに下がった。
「リト。そうは言うけど、彼等は君の住む家に火を付けて、僕等の仲間を攫ったんだよ」
「そうさ、それはまさしく俺のせいだよ」
「その理由を教えてくれない? 料理の件といい、僕等をどうするつもりだったの? 君がどちらの味方なのか分からないよ」
ソラもそれは考えていた。最初は街の人々とリトが手を組んで、ソラたちに危害を加えていたのかと思っていた。
しかし、リトを抱えたソラに人々は容赦なく矢を放った。一歩間違えれば、リトにも当たっていただろう。そして彼がモンスターであること、家に火をつけるという大胆な行動に出たことから、リトが共犯者だとは思えない。最初にレトリエを出ていくことを強要されていたのも、そう思った原因の一つだ。
それに、レトリエの住民が攻めてきた時、リトは明らかに驚いていた。演技とは思えない。
「……」
リトはしばらく黙り込んでいた。アーチェの問いを無視しているのではなく、熟考しているのだと分かった。彼はやがてこちらにそのオレンジ色の瞳を向けた。その瞳は彼の毛とよく合っていた。
「俺がここを出ていくように言われていたのは見ただろう? 推察通り、俺は街の人々から嫌っていうほど嫌われてるんだ」
「それはどうして?」
アーチェが呟く。リトは言いにくそうに、唇を噛み締めていたがやがて続きを口にした。
「さっき、俺がモンスターだと言ったけど、正確には違う。俺はモンスターのハーフなんだ」
その言葉にアーチェが僅かに反応した。アーチェもハーフの一人だ。リトの告白に思うところがあったのかもしれない。リトはその反応に気が付かず、言葉を紡ぎ続ける。
「俺たちの家族、五人は幸せに暮らしてたよ。でも、ある日魔風病が流行った。街の人々はそれを俺等のせいにした。あとは想像の通りさ。ちなみに、料理のことは全くの思い違いだ。睡眠が良くなる調味料を少しだけ混ぜたんだ。副作用の一つが、寒気なんだ」
「そういうことか」
アーチェが納得したように頷いた。確かに少しだけ、眠気がするのは事実だ。ティティールのことに気を揉んでいる、ソラたちに良い睡眠を提供しようとしていたのだろう。
「ティティールは病気。薬屋の口から漏れたってことだね」
ソラは自身の疑問点がどんどんと繋がっていくのを感じていた。
「その通り。薬屋は俺の兄さんさ。驚いたでしょ? 俺や姉さんと違って、兄さんはモンスターと人間の血を混ぜて生まれてきたんだ。だから、一見獣人に見える。兄さんは街の人側についたのかも。あの薬も偽物かもしれない」
その言葉にソラたちは凍りついた。偽物ということは、少なくとも病状を良くさせることはない。
「ティティールはどうなるの?」
ソラは一番に気になっていることを質問した。リトたちの家族は恐らく、迫害にあった。リトたちと一緒にいて、しかも病気に感染しているティティールはどうなるのか――。
リトが絶望した目をこちらに向けた。
「薬が偽物だとしたら病気はもっと悪くなる。けど、その前に街の人々に殺される」
************************
ここまで読んでくださってありがとうございます!
面白かったと思ってもらえたら、ブックマークやポイントを入れていただけると嬉しいです。
次回もよろしくお願いします!




