89.病、蝕まれるものとは
「ちょ、ちょっと見せて!」
リトもティティールの様子に気が付いた。彼女の呼吸は少しだけ荒い気がする。もっと早く気が付いておくべきだった。リトは額や手首に手を当てた。その傍にヘリオが近づき、不安そうな声を上げた。
「これは、魔風病だと思う。それにしても厄介だ。移ることはないけど……」
「魔風病っていうのは?」
アーチェが尋ねた。
ソラは反射的に、ダリオから教わった回復魔法の知識を思い出していた。彼はよく病気というものは、回復魔法では治らないと口を酸っぱくして言っていたことを今になって、思い出す。回復魔法は万全なものではない。
「魔風病はモンスターの攻撃を喰らった人に起こりやすい病だよ。俺たちも体の中に菌をたくさん持っているだろう?」
その言葉にアーチェは頷いた。ソラもその話は少しだけ聞いたことがある。リトは話を続けた。
「しかし、人間には害がない菌というものがある。当然、モンスターもそれを持っているんだ。そのモンスターの攻撃を喰らうと、その菌が人間の体内に入ってしまい、病気を引き起こす。これが魔風病さ」
リトの説明にソラはジャガーのことを思い出した。潜伏期間などがないのであれば、それが原因だ。守りきれなかったソラにも責任がある。
「それは、どうやって処置をするの? そもそも、治るものなの?」
アーチェの言葉にリトは難しそうな顔をした。その顔立ちから、少し嫌な予感がした。ソラの嫌な予感は悪いことに関してはよく当たるのだ。今では、その予感が外れて欲しいと思う。
「魔風病は致死率五十パーセントだよ。もちろん、完璧な処置をしたうえでね」
五十パーセント。それはかなり高い死亡率だろう。それは、医学の知識がない者でも容易に想像することができる。アーチェも事の深刻さを理解していた。
「僕にもそれを教えて欲しいな」
「いいよ。俺もできる限りのことをしてみる! まずは、レトリエの薬屋に売ってる薬が必要なんだ。それを取ってきて貰いたいんだけど」
医者であるリトはこの場にいた方が良いだろうし、アーチェもいてもらった方が安全だ。リトがロロに目を向けた。ソラでは、何かと不都合があるのだ。しかし、ティティールの苦しそうな顔を見ていると、そうもいかない。ソラは緩やかに首を振った。
「ううん、私が行くよ」
「俺も行く。俺がいたって役に立たないしな」
ロロは既にベッドから身を起こしていた。貧血で少しフラフラとしているので、できれば付き合わせたくない。
「俺のことは心配すんな。その薬屋はどこにあるんだ?」
「薬屋は中央広場の裏路地にある。中央広場はこの道をまっすぐ行ったところだし、裏路地も看板があるからすぐに分かるはず。薬草の名前はアートリュウムだよ」
「分かった。急ごう」
ソラは頷いた。道は比較的簡単だ。迷う可能性は低い。薬の名前もしっかりと覚えた。
「あ、ソラ」
アーチェがベッドから目を離すと、ポケットからある物を取り出した。それは赤色に輝くペンダントだった。それはルビーよりも美しい光を放っていて、思わず目を塞いでしまうほどだった。間違いなく、魔王軍側が身に付けていたペンダントだ。
「これ、気付いたら僕の服の中に入ってたんだ」
アーチェが呟く。状況から推察するに、それをポケットに入れたのは魔王を名乗った銀髪の少年だ。
「それって、奴等も持ってたやつだよな? もしかして、それが波動を消してたりすんのか?」
ペンダントを覗き込んだロロが言い放つ。ロロもソラと同じ考えに及んでいたようだ。
「ロロもそこまで考えてたんだね」
「あぁ、何かしらあると思ってた。何でそれがアーチェのポケットに入ってるんだ」
ロロは不思議そうに呟いた。その理由については長くなるので、説明している暇はない。そもそも、理由は分かっても、銀髪の少年がその行動に及んだ理由そのものは分からない。
「二人が波動を感じないって言ってたのは、それが理由だったんだね」
彼はソラにそのペンダントを手渡すと、納得したように頷いた。アーチェには波動を感じ取ることはできない。彼は遠距離戦闘に向いている。
魔法は遠距離に向く攻撃方法でもあるので、彼が波動を使えるようになれば、かなり戦闘センスを伸ばすことができるだろう。
今からその時が楽しみだ。ソラの携える勇者の剣が少しだけ光った気がした。これは目立つが、手放してはいけないものだ。そのまま街の中に持っていくしかないだろう。
ソラはペンダントを眺めた。それは魔王側の証という気がして落ち着かないが、種族を波動で分かるものがいてもおかしくない。ロロもその思いを感じ取っていたようだ。
「それはソラが着けるに限るな」
「僕もソラが身に着けるのがいいと思う」
アーチェも同意する。ハーフの彼でも、それが欲しいとは思うだろう。少しだけ申し訳ないと思うが、遠慮なく着けさせてもらう。ソラはそれを首から下げた。
「キュー?」
ヘリオはしばらくティティールのベッドの周りをウロウロとしていたが、やがてこちらにやって来た。珍しく、ロロの足元をウロウロとしている。その足取りはどこか慌ただしい。何かしらの非常事態が起きていると、ヘリオも気が付いているのだ。
ロロがヘリオを抱き抱えた。ヘリオはいつものように慌てることはない。
「何だ? ヘリオも一緒に行くか?」
「それだけは駄目!」
ロロが冗談めいて言ったところで、リトが突然大声を出した。誰が発した言葉なのか、一瞬混乱したぐらいだ。しばらくして、音の発生位置からリトの言葉なのだと知った。
ロロも流石に驚いて、ヘリオを落としそうになる。しかし、ヘリオはしっかりと爪を立てて捕まっていたため、そんなことは起こらなかった。
少し立つと、リトは平静を取り戻した。目は先ほどまでの色を取り戻している。しかし、肩は上下に動いていた。極度の興奮状態だったようだ。
「ご、ごめん。慌て過ぎた。でも、ヘリオが外に行くとみんなびっくりするんだ。しばらくは、ここにいた方が安全だ」
「お、おう」
ロロはその剣幕に押されると、ヘリオを床におろした。ロロは、別にどうしても連れて行きたいと思っていたわけではない。彼の態度に少しながら引いていた。
足を地に付けたヘリオは不服そうに鳴き始めた。置いていかれるのは、気分が悪いようだ。生まれたばかりの彼女は、人間の言葉をある程度は理解しているのではないかと推測できる。それほどまでに、賢い竜だった。
「ここで待っててね」
ソラが声をかけると、ヘリオはキューと鳴いて、おとなしくなった。アーチェの元にパタパタ駆け寄る。
「じゃあ、取ってくる」
「お、おい。待ってくれ、早い!」
ソラはできる限り、早足で家の扉に向かった。ロロが慌てて後をつけてくる音が聞こえる。アーチェが僅かに聞こえる声で気を付けてと言った。
ソラはドアに手を付けると、ゆっくりと開け始める。それは両開きのドアだったのだ。
小さい頃、こうして似たような扉を開けた。それは何の記憶だっただろうか。家の外には年上の少年がいた。彼は箒で外の落ち葉を掃いていた。しかし、ソラの存在を認識すると、ソラに優しく手を伸ばす。
彼は●●と優しくソラのことを呼んだ。ソラは湧き上がる感情から両手を伸ばして、彼に抱きついた。彼はソラを抱き上げると、頭をゆっくりと撫でた。その仕草から愛情が伝わってくる。
これは一体、誰の記憶だろう。ソラはこの少年を知らない。
きっとこれは妄想なんだ。
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