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8.砂漠に飲まれる影と王の冷徹

 薄暗い執務室の中央に一人の男が座っている。眼鏡をかけているが、その目は鋭く光っていた。書斎には数え切れないほど多くの書類がまとめられており、彼はそれに目を通すことなく、部下の報告に耳を傾けた。


「隊員五百二十の内、既に百八十人死亡。五十七名が脱出申請を出してます」


「よいよい。代わりなど他にいくらでもいる。物資の援助はするな。弱者を生かしたところで大した情報を持ってこんだろ」


「は!」


 部下の一人は額に手を当てて、敬礼のポーズをとる。彼の前で怯えた様子や躊躇する様子を見せたが最後、どうなるかこの城に知らぬ者はいない。


「それから、脱出申請をした者は船に乗せ、海に落とせ」


「え、あ」


 予想外の命令され、怯む。アデアの大陸の周辺の海は異質であり、巨大魚がウロウロしている。船が無事に辿り着ける可能性すら百%ではないのだ。そんな海の中に人を落としたらどうなるかとういうのは、子供でも分かることだった。

 何より、普通の海域ですら人を海に落とすという行為はどういう行為になるのか、想像するのは容易なことだ。戸惑う部下に彼の紫の目はより鋭くなる。


「なんだ?」


「いえ、かしこまりました! 国王様!」


 部下は慌てて敬礼した。彼が手を払うのを見て、すぐにその場から立ち去る。こんな陰気臭い書斎などもう一秒たりともいたくはなかった。

 

 扉が閉まる音が聞こえると彼は椅子から立ち上がる。窓からは楽しげな声で遊ぶ子供達の姿、汗水垂らし労働をする国民の姿が見える。

 あぁ、この世のなんと汚きことか。彼は額を抑えた。この世には不要なものが多過ぎる。彼は窓に背を向けると、机から一枚の紙を手に取った。


 そこにはこう記されている。三年前に発見された新大陸アデア。人々がその地を踏みしめるまで、これだけの時間を要したのはこのアデアの地が人の侵入を簡単には許さないことが挙げられる。

 土地はかなりの大きさとみられ、未だにその広大な地の全容を把握する者はいない。


「フフ、この地は実に理想的だ」


 彼はこのアデアに恋をしていた。彼にとってそこは理想の場であったのだ。だからこそ国王として先導してこの地の攻略を掲げた。馬鹿な民衆は王の手に踊らされていることになど、気付きようもない。

 コンコンと扉を叩く音が聞こえる。彼が入れと言うと、一人の少年が部屋に足を踏み入れた。

 

 この少年は何という名前だっただろうか。思い出した。第一王子のエドワードだ。エドワードはいつにもまして真面目な顔をしている。

 気に食わない顔だ。自分に顔立ちが似ているのも腹立たしい。


「父上、船の者を海に落とすというのは本気ですか?」


「奴め、お前にその事をもう話したのか」


「吐かせました。少し手荒でしたが、彼の様子が明らかにおかしかったので。また、父上が無理な命令をしたのかと思い、文句を言いに来た次第です」


 エドワードは手袋を押さえた。彼の手には真っ血な血がこびり付いている。


「我が息子ながら、正義の味方気取りか」


「父上は一体、何をお考えなのです? 私には理解出来ませぬ」


「兄弟を三人も手にかけたお前が言うな」 


「……!」

 

 エドワードはその言葉を聞いて黙り込んでしまう。この国では王子は国王の座を巡って争い合うのが基本だ。エドワードは元々第一王子ではない。

 その上の者が全員死亡したため第一王子になっただけのことだ。彼は息子達のそんな争いにはなに一つ興味がなかった。死んでいった子供の名前は一人も思い出すことができない。


 しかし、それが薄情なことだとは微塵も思わなかった。自身の父親もまたそうであった。これは王族に生まれた以上、当たり前の事だ。

 王位は争うものである。


「お前はまだ子供だ。文句を言わずに、黙って見ていろ。たとえどれだけ、余を説得したって意見を変えん。失せろ」


 背を向けた父の姿を見て、なにを思ったのか、エドワードはため息をつくと部屋から出ていってしまう。彼は額を抑えた。

 エドワードもいい加減、邪魔になってきた。最近では国民からの支持が高いという噂も聞く。


「そろそろ消しどきか」


 彼は紙を蝋燭で少しずつ燃やしながら呟いた。


************************


休憩地を出てから何日、歩いただろうか。かなりの距離を歩いてくると、ようやく並木道から抜けることができた。しかしそこは――。


「砂漠だね」

 

「そうだね」


 そこには広大な砂漠が広がっていた。並木地から境界線でも引かれているかのように、砂漠が広がっている。ソラは片足を砂漠に踏み入れた。靴が少し沈み、靴の中に砂が入る。

 これは歩きにくいに違いない。遠くの方には小さな蟻地獄まで見える。あれに吸い込まれたらどうなるか分からない。


「その辺に水があるだろ。それを汲んでいこうぜ」


 ロロは水筒を取り出した。水筒には満タンまで入れてもコップ三杯ほどしか入らない。その量でこの砂漠を越えられるとは思えなかったが、今はそうするしか方法はなさそうだ。

  

「うわ、なんだこれ」


 ロロが水筒を水の中に入れると、水筒の中に魚が入り込む。フグのような形で水筒の中から出ていかない。


「くそ、落ちろ」


 ロロは水筒を上下に振ったが、魚はそこが気に入ったのか出ていかなかった。水がなくても平気なようで腹部に生えた吸盤を水筒の底に押し付けて体を固定している。


「貸して、ロロ」

 

 ソラはロロから水筒を取り上げると、頭の位置まで水筒を持ち上げ、思いっ切り下に一回振り下ろした。

 その衝撃で魚は吹っ飛んでいき、水の中に再び落ちた。


「流石」


 ロロは感心したように言うと、水筒を受け取った。その後、人数分の水を汲んで砂漠に足を踏み出した。


「砂漠の上って歩きづらいな」


 ソラが呟くとロロは得意げに笑った。彼の足は砂に捕らわれてはいなかった。といっても、左脚だけだが。逆にバランスが取れなくて歩きにくいのではないかと思うが。


「どうだ? 羨ましいだろ」


「便利だなぁ。アーチェなんか見てよ。森での走りが嘘みたい」


 一番後方にいたアーチェは砂の上にかなり苦戦しているようで、一歩一歩が確実に遅くなっていく。


「鳥って暑さに弱いからな。おい、大丈夫か?」


 ロロが声をかけると、アーチェは手を挙げて返事をしようとしたが既に過呼吸になっており、声にならない声が出た。そして流れるようにその場に倒れ込んでしまう。


「アーチェ、大丈夫? しっかりして」

  

 アーチェの体はすっかり熱くなっている。なのに汗が一滴も出ていない。鳥人では熱を処理する方法が他の種族と違うのかもしれない。正確にはハーフだが、鳥人の血も関係しているはずだ。 

 このやけに暑そうな服が原因な気もするが、勝手に脱がせるわけにはいかない。


「せめて日陰でもあればな。ねぇ、ロロ、ちょっとそこに立ってよ」


「え、おお」

 

 ロロが二人を見下ろす形で立つと、少しだけ日陰ができる。作られた日陰にアーチェを休ませると、水を飲ませた。


「うぅ……。暑い」


 アーチェはゼイゼイと呼吸している。次第に呼吸は落ち着いていったが、もう少し休ませておく必要がありそうだ。森はかなり遠くにあり、気軽に戻れる距離ではない。ロロはアーチェを見下ろすしながら、腕を組んだ。


「アーチェ、お前砂漠が苦手ならそう言えよな」


「言えって……言ったって……今日が初めてだったんだから無理だよ」


 絞り出すような声でアーチェは返答する。彼も砂漠がどういう場所であるか知っていても、こんなに苦手だとは思わなかったのだろう。ソラはアーチェに同情した。アーチェはまだ体を動かせそうにない。

 

 その直後、振動が鳴り響く。地面が凄まじい音を立てて揺れ、唸り声をあげているようだ。刹那、ソラ達の足元に蟻地獄が発生した。範囲は非常に広く、中心にいたソラは反応できなかった。ロロは咄嗟に蟻地獄から出れたようでこちらにロープを飛ばしてくる。


「ソラ、捕まれ」


 ソラ一人だけだったらそのまま上に上がれたかもしれない。しかし腕には動けない状態のアーチェがいるのだ。アーチェの体は鳥人というだけあって、とても軽いが上手く体を動かせない状態ではそれは、あまり意味がなかった。

 ロープを掴んだはいいものの、どんどんと体が砂の中に引きずり込まれていく。このままでは、ロロまで巻き込んでしまいかねない。手に力が入らずに、そのまま吸い込まれる。


「うわ!」


「ソラ!!」


 ソラとアーチェは砂の中に引きずり込まれた。


************************


ここまで読んでくださってありがとうございます!

面白かったと思ってもらえたら、ブックマークやポイントを入れていただけると嬉しいです。

次回もよろしくお願いします!

 

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