88.血の違い
突然の言葉にソラは驚く。リトはどうしてそんなことを言われているのか。その言葉の続きを聞こうと、かすかにその身を玄関に近づけた。
リトはそれに対して、怒った様子も戸惑った様子もなかった。彼はただ、嵐が通り過ぎるのをずっと待っているように、目を瞬かせていた。
「す、少しだけ待ってくれませんか。まだ、支度が終わってなくて」
その言葉に女性はため息をついた。
「申し訳ないけど、もう十分待ったわ。それに……」
言葉を濁す。その先の言葉を彼女は慎重に選んでいるように見えた。その様子から、険しい顔をしつつも、今から言うことは本心ではないと感じた。
「貴方がこのレトリエにいると、みんな迷惑するの。こればっかりはどうしようもないのよ。私もいつまで、長老たちを止められるか分からないもの」
レトリエ。トーナゲが言っていた魔法の聖地だ。しかし、彼女の雰囲気から住心地の良さそうな土地であるとは思えない。
「ごめんね。アユリア。俺のせいで迷惑ばかり」
彼は肩を落とした。その言葉はまるで小さな子供のようだった。アユリアと呼ばれたその少女は顔を顰める。その言葉はアユリアにとって、気分のいいものではないと物語っていた。
「そう思うなら、早く出ていって。それに!」
アユリアは目を釣り上げると、ソラたちの方に目を向けた。正確にはソラたちが隠れている半開きのドアの後ろだ。
「妙な波動ね。家に入ると、いることが分かったわ。また、捨て人でも拾ったの? これ以上、治安を悪くしないで!」
アユリアがこちらに近づいて来る。ソラはアーチェを置いて、反射的にベッドの後ろに隠れた。ちょうどその音にヘリオが目覚め、こちらに駆け寄ってくる。小さな声を上げながら、ソラにその体を擦り寄せてきた。鱗がチクチクとして痛い。
リトの反応から、シルバーブラッドはここではよく思われていない気がする。姿を見せることは、避けたい。実際に彼女の波動の検知内にいるのだから、それは無意味だが。ソラの嫌な思い出が引き戻されようとしているのを感じる。
アユリアが部屋に入ってきたのが分かった。アーチェが少しだけ、彼女の剣幕に戸惑い、身を引く。
少しの間沈黙があった。それは長いのか短いのかよく分からない。そして、彼女はこう言った。
「何これ! 可愛い! しかも金髪、もしかして噂の勇者様?」
「え」
直後に間の抜けたアーチェの声が聞こえた。ベッドから少しだけ目を向けると、アユリアがアーチェを抱きしめていた。身の軽いアーチェは簡単に彼女の腕の中に入る。
「私と結婚して!」
その言葉は率直で裏表がない。意気揚々としている声は先ほどと同じ人間だとは思えない。
「えっと、ごめん。僕、好きな人いるから」
アーチェは率直なその言葉を断る。彼に好きな人がいるというのは初耳だ。一体、誰のことだろう。年の差から考えて、ティティールであることはなさそうだ。アデアの外の人間だろうか。
ソラが考えを巡らせている間もアイリスは止まらない。
「えー、残念。あ、私の名前はアユリア・アルバート。本気で結婚してくれる人探してます!」
「えーと」
アユリアの反応にアーチェは口ごもる。彼女は断られたというのに少しも落ち込んだ様子がない。アユリアは婚約相手を探しているだけのようだ。しかし、無作為ではないことは確かだ。アーチェに対する第一声が可愛いというものだった。
確かにアーチェの顔はかなり整っていて、非常に均整のとれた顔をしている。これで、目がキリッとしていればカッコいい部類なのだが、まん丸とした目なので、可愛いという感想になってしまうのだ。
「というか、こんなに匿ってるの? ベッドの後ろにも誰かいるようだし! 本当に追い出されるわよ!」
アユリアはベッドを見渡すと、人数を確認してため息をついた。直接見てはいないが、その様子は容易に想像できる。しかし、アユリアはわざわざベッドの裏に回ることしなかった。こんな人にも少しの配慮はあることにホッとする。
リトは玄関から、部屋の中にやって来ていた。
「アユリア、一週間以内には出ていくよ。本当さ」
最初こそは、敬語でオロオロとしていた彼だったが、今は堂々としていた。その口調から、リトとアユリアは昔馴染ではないかと思った。
その言葉にアユリアは淡々と答えを返した。
「そう、早くしなさいよ。本当に限界なんだから」
「分かってるさ」
少しの沈黙が流れる。アユリアはドタドタと床を踏み鳴らすと、部屋から出ていった。やがて、扉を乱暴に閉める音が聞こえた。家の外に出たのだ。ソラは使われていないベッドの裏から立ち上がった。ヘリオを踏まないように気を付けて、足を運ぶ。
ヘリオはパタパタと足を動かすと、アーチェのフードの中に潜り込んだ。彼のフードはもうボロボロなのだが、ヘリオにはそこがお気に入りらしい。
「さっきのは誰?」
アーチェがアユリアのことを恐る恐る尋ねた。リトと彼女の関係は今の短いやり取りからも、そう尋ねてしまうのは仕方のないことだった。リトは視線を彷徨わせると、重たい口を開いた。
「アユリアは村長の娘だよ。俺に何度もレトリエを出ていくように宣告してる」
「どうして?」
つい気になってしまい、言葉が飛び出す。
「まぁ、色々と事情があるのさ。気にしないで」
リトは言いにくそうにそう言った。何か深い事情があるのだろう。リトが話したくない以上、こちらも聞くわけにはいかない。
「この街がレトリエなのか。ちょっと街の様子を見てみたいな」
アーチェが窓から少しだけ顔を出した。太陽の光が差し込む。その光の強さに僅かに目を細めた。
「いいんじゃない? ここには、目を引くものがたくさんあるよ。例えば、大図書館とかね」
「図書館……」
その単語にソラは興味が惹かれた。実際にはそんな言葉で表せないほどの興味だったのだが口に出すことは、はばかられる。
「うん。あっちの大通りを抜けた先にあるんだよ」
リトが窓の向こう側を指差した。その指の先には大きな建築物があった。丸い形をしていて、どこか荘厳だ。図書館というとあれだろう。しかし、ここからは十分に離れている。ソラの銀髪は目立つだろうか。銀髪は周りと血が違うことを明確にはしないが、シルバーブラッド以外の銀髪は珍しい。
思い返せば、ハクもセザールと同じでソラの種族に気が付いた。あれは何だったのだろう。同族だから、分かるものなのだろうか。それとも、彼は既に波動を無意識に習得していたのか――。
どちらにせよ、今のソラには関係のないことだ。もう二度と会うこともない。ソラはアーチェに目を向けた。
「アーチェだけでも行ってきたら?」
悔しさを飲み込み、発言する。しかし、それに言葉を返す者が他にいた。
「それは駄目だ」
「!」
ソラが振り返ると、ロロが起き上がっていた。目は眠たそうに上下している。髪は寝起きだというのに、サラサラだ。アーチェと打って変わって、ロロはいつでもストレートだった。ソラもそうだが、髪質というものがあるのだ。
「ロロ、目が覚めてたんだ」
アーチェが驚いて窓から転げ落ちそうになった。
「あの、やっかいそうな女の人に絡まれたくなかったからな。ここは、治安が悪そうだ」
リト本人の前で言うのもどうかと思ったが、リト自身も否定はしないあたり、それは本当のことのようだ。それ以上に彼はロロの瞳の色を物珍しそうに眺めていた。
ティティールが言う魔眼の話は本当だったらしい。彼はまるで、人間以外の者を見るように、ロロを見つめていた。
「何だよ! 文句あるのか!」
そんな彼に対して、ロロの罵倒が飛ぶ。いつも通りの光景だ。ロロの反応にリトが慌てて笑顔を取り繕う。
「いや、失礼! 珍しかったものだから、それ生まれつきかい?」
「そうだよ」
投げやりな言葉だ。昔はそんな感じではなかったのに、いつからこうなってしまったのか。
「へー、凄いな」
リトはまじまじとロロを観察していた。魔眼持ちはあのように見られるのだ。そう思うと、魔眼持ちであることもあまりいいとは思わない。アーチェが羨ましそうにソラとロロを見ていたが、そんな風に思うことはないのだ。
ソラたちが魔眼を持っていることを教えてくれたのはティティールだった。彼女はまだ目覚めていないのかと、少しだけ瞳を動かした。
「ティティール……?」
ソラはその顔色を見て、ティティールに駆け寄った。彼女の顔色は真っ青になっていたからだ。
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