87.謎の少年、リト
体を包み込む優しい光を感じる。その光は以前にも感じたことがある。あれは、ローズマリー王国で治療を受けた時だろうか。心臓を裂かれるような痛みが、徐々に揺らいでいく。
「おや、気付かれました?」
顔を覗き込んできたのは、フードを被った人物だった。その声は優しく、顔は見えないが安心した。ソラはベッドに寝かされているようだった。上半身を起こすと、体の痛みがすっかりとなくなっていることに気付く。
「あれほどの、傷を受けてこの回復力。おみそれしましたよ」
彼の瞳は見えない。しかし、それが本心からの言葉なことは分かる。声音は不思議で、年齢判別することはできなかった。マントで体つきも隠れているが、恐らく男性ではないかと推測できる。
「あの……、貴方は?」
「俺の名前はリトです。どうぞ、仲良くしてください」
「は、はぁ」
いきなりの状況にソラは困惑する。ここまでの過程をゆっくりと思い出す。ジャガーという魔王軍の幹部に襲われ、そこで銀髪の少年と出会った。そうして、今ここにいる。状況がよく理解できない。そして何よりも気になることがある。
「ロロたちは無事なの? 私と一緒にいた人たちは……」
あの時、三人はかなりの致命傷を負っていたはずだ。ソラよりもずっと危ない状況であった。リトはその言葉を受けると、頷いた。
「隣の部屋に寝かされてますよ。まだ誰も目覚めてません。でも、命に別状はないかと思います」
その言葉にソラはホッと胸を撫で下ろした。目覚めていないのは気がかりだが、命を失うことはない。
「リト? 助けてくれて、ありがとうございます」
あの危機的状況から、どうここまで来てのかは分からないが、彼がソラたちを助けてくれたことは確かだった。リトはその言葉に不思議そうに首を傾げた。
「いやーまぁ。助けたのは俺なんですけどね。でも、ここまで運んできたのは別の奴じゃないかなーと」
彼の口調は敬語だったが、どうにも親しみやすい口調だった。
「というと?」
「俺が門の前を通った時は、誰もいなかったんですよ。でも、その十分後ぐらいにそこを通ると、貴方たちが血だらけで倒れていたんです。傍に小竜がいましてね。鳴いていたもので、場所はすぐに分かりました」
「……」
ソラは考え込んだ。リトが運んできたわけではないとなると、助けたのはあの少年ではないか。しかし、何のためなのか理解できない。銀髪の少年にとって、ソラは真っ先に殺さなくてはいけない存在だ。同族意識というやつだろうか。人間を滅ぼそうとしている少年がそんなことをするだろうか。
しかし、考えても答えが出るものではない。運んでいないとなっても、リトはソラにとっての恩人だ。
「それでも、ありがとうございます。これ、回復魔法ですよね?」
「あぁ、そうですよ。俺、あんまり得意じゃないんですけど。はっきり言って、おたくのことは秘密裏に匿ってるんで、医者を呼べなかったんです」
その理由は何となく察することができた。あの時、ソラは出血していた。自分とは異なる銀色の血を、リトはその目で見たのだ。
「シルバーブラッドってなると、危ないですからね。まぁ、君のことは秘密というわけです。気を悪くしたら、すみませんね」
「気にしてないですよ」
リトの口調は淡々としていて、朝の献立の内容を話しているときのように穏やかだ。それが、ソラには逆にありがたいものだった。
シルバーブラッドとなれば、あらゆる危険に遭うだろう。アデアではそんな目には遭わなかったが、油断はできない。
ソラもアデアに来る前にそれを何度も体験してきた。その度に、ロロが守ってくれたものだ。そのために、永住は叶わなかった。
逃げなくてもいい、安心な家が欲しい。けれど、その思いはきっと死ぬまで叶わないだろう。自分の人生にロロを巻き込んでしまっていることに、ソラは申し訳なさを感じた。
波動を完璧に感じ取れる者なら、ソラがシルバーブラッドであることもすぐに気付くだろう。常に警戒しなければならない。波動を感知できないあのペンダントが欲しいと心から思った。
「他の三人の様子を確認したいんですけど」
ソラは悪い考えを取り払うように話を逸らした。リトは快く頷いてくれた。
「いいですよ。正し、あんまり無茶な動きはしないと約束してくださいね。失った血は戻らないんですから」
リトがベッドから降りるソラの体を支えてくれた。その体つきは頼りなく、まだ成人はしていないのではと思わせる。
床に立ち上がったことで、部屋の様子がしっかりと確認できた。そこは少し狭かったが、お洒落な部屋だった。天井からはガラスの飾りが吊り下がっており、それがカラカラと耳心地のいい音を立てていた。周辺は綺麗に片付いてはいるが、そこら中にガラス細工の小物が置かれていた。
一見粗末な木造家だが、それらが置かれていることにより、ささやかな華やかさを醸し出していた。
リトはソラの視線に気が付くと、声を緩めた。それは、過去を懐かしむ声だった。
「綺麗でしょう? 亡くなった姉の趣味だったんですよ。そこら中に、こんなもの作っちゃってね」
「お姉さん、器用だったんだね」
ソラは呟いた。リトの和やかな言葉に自然と敬語が外れる。亡くなった姉。何か事情がありそうだ。ソラの寝かされていた部屋もリトの姉のものなのかもしれない。深く追及するのも、野暮な気がする。ソラはそのことに関しては何も言わなかった。
「でしょ? 少し貰っててもいいよ」
「それは、流石に遠慮しておくよ」
ソラは苦笑した。亡き姉が作ったものだとしたら、それはとても大事な物だろう。もう新しい物を得ることができないのなら、今ある物を大事にした方が良い。
「そう? あ、着いたよ。ここが、仲間たちの部屋だよ」
リトが赤く染まった扉を指差した。少し傷がついている。何と書かれているのかは、難しくて読めなかった。ここでの字はまだ簡単なものしか読むことができない。早くこの地の本も読みたいものだ。
そんなことを考えながら、ドアノブをゆっくり回す。部屋の温かい光が漏れ出る。その部屋にはガラス細工はなく、簡素なベッドが五つ置かれているだけだった。
リトがソラを三人と別室にしたのは、ソラがシルバーブラッドであることが理由だろう。それは差別ではなく、思いやりによるものだ。ソラはそのことに安堵していた。
ベッドには、ロロ、アーチェ、ティティールが寝かされている。そのうち、ロロとティティールだけがゆっくりと寝ながら、呼吸をしていた。アーチェは少しベッドから身を起こしていた。その様子は今しがた目覚めた人間のそれだ。
その横にはヘリオが小さな翼を畳み、彼の体に自身の体をくっつけて寝ていた。
あの時、二人がジャガーの攻撃に意識を失ったのに対して、アーチェはまだ少しだけ意識があった。アーチェの受けた斬撃は二人に比べて、やや軽いものだったのだろう。ヘリオをフードに入れていたアーチェには、攻撃が無意識に緩んだのだ。
彼は少し疲れ切った目をしていたが、ソラを見ると、その瞳に生気が宿った。その瞳はリヴォルネとよく似ていた。そのことに少しゾッとしつつも、すぐに考えを改める。血筋で相手を判断する人間をソラは誰よりも嫌ってきた。自分が嫌った人間と同類にはなりたくなかった。
「ソラ。無事だったんだね。あの後、何があったの?」
アーチェから安堵の声が漏れる。その反応にソラは少しだけ罪悪感を覚えた。
「アーチェ……。私も途中で意識を失ってよく覚えてないんだ。あと、こっちは私たちを助けてくれたリトだよ」
ソラはリトに手を示した。魔王やジャガーのことは、リトの前ではできる限り話したくない。
「どうも! リトです!」
ソラの紹介を聞いたリトは、病室の雰囲気には到底合わない声で自己紹介をした。リトの表情は見えないが、きっと笑顔だろう。そんな気がした。そんなリトに対して、アーチェは少し距離を置きつつも、頭を下げた。
「どうも、アーチェです。助けてくれてありがとう」
「気にしないでください。俺は駆け出しの医者ですので」
「へー、医者か。僕も医者なんだ。よろしくね」
「よろしく!」
アーチェの伸ばされた手をリトは掴み取ると、握手をした。この二人は気が合いそうだ。職業が同じということも、それに拍車をかけているのだろう。
二人の微笑ましい様子を見守っていると、突然ドアを乱暴に叩く音が聞こえてきた。そのあまりの強さに家が少しだけ揺れる。リトはちょっと待っててと言うと、慌てて部屋から出ていった。
ソラとアーチェはお互いに顔を見合わせると、部屋の外からリトの後ろ姿を目で追った。
リトが向かった先は家の玄関だった。彼は急いで、ドアを開けた。
そこには長い帽子を被り、おまけに派手なローブを着けている女性が立っていた。遠目からだが、顔は確認できる。薄いクリーム色の髪に、碧眼の女性だ。髪は短くまとめられていたが、それでも綺麗なことだけは伝わる。ウェーブがかった髪が印象的だった。年齢はソラとそう変わらないだろう。
気になるのは、その彼女の表情だ。彼女は険しい顔をして、リトを見下ろしていた。
「リト。何度も言うようだけど、ここから出ていってほしいの」
彼女は冷たい目をして言い放った。
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