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空白のアデア―空を継ぐ者たち―  作者: 月夜 ダイヤ
3章 勇者の目覚め
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86.圧倒的な力と謎の声

 突然、現れたモンスター。その存在に一斉に警戒をする。ソラは勇者の剣だけを右手で引き抜いた。相手の目が僅かに見開かれる。


「おぉ、その剣は勇者の剣! 申し遅れました。私はジャガーと申します。魔王軍幹部の一人です」


 ジャガーと名乗ったそのモンスターは、深々とお辞儀をした。それだけ見れば、単に礼儀正しく害のない生き物のように思われる。しかし、彼らの目にはこちらに対する確かな殺意と敵意があった。 


 魔王軍幹部と名乗ったその男はただ者ではない。刺すような波動を感じる。魔王側のモンスターなのだから、こちらに悪意のある感情を向けることは当然のことだ。


 しかし、その中には少しだけ、羨望の眼差しが伺ええた。そして、その色はアーチェに抱きついているヘリオに向けられていた。


「そちらは紅竜様のお子であらせられますな? その子をこちらに渡してもらおう」


 その言葉にロロが反応する。


「何を言ってるんだ? ちなみに嫌だって言ったら、どうする?」


「……。その場合、貴様らを殺す」


 ジャガーの体が真っ直ぐにこちらに飛んでくる。それは目で追えないほどのスピードだ。ロロは剣で防ごうとしたが、強く弾かれ、体を切られた。血が飛び出す。その速度のまま、ジャガーは身を翻すと、ティティールの元に移動する。


 ティティールは扇を構え、風を発動させる。しかし、ジャガーがその手に持つ鎌で体を引き裂かれた。

 彼は止まらない。そのままソラの懐に瞬時に飛んできたが、剣でそれを受け流す。その剣の重さは想像以上だ。


 ロロとティティールのことが心配だが、今は少しでも気を抜いたら殺されるだろう。鍔迫り合いが起こり、耳をつんざくような鋼の音が響く。


「キュキュ!」

 

 ヘリオがそのかん高い音に耳を後ろに立てる。ソラとジャガーの二人の間に、風が巻き起こり、アーチェは飛ばされないように足の筋肉に力を入れる。彼の羽根が空中に舞う。


「ほぉ、これが勇者の力。案外、大した事ないな」 

 

「!」


 ソラの力はジャガーには及ばない。それは体が押されていることからも、明らかだった。

 しかし、ソラにはやらなければいけないことがある。あの恨めしい女の魂を、テレーナの体ごと闇に葬らなければならない。


「ソラ!」


 ソラを圧倒的な力で押し出す、ジャガーに向けてアーチェがブーメランを飛ばした。それは相手の首元を狙ったが、強く弾かれ、アーチェの手元に戻る。ジャガーの赤い目が、アーチェを捕らえた。アーチェのフードの中にヘリオが収まっている。


 ジャガーと同じ赤い瞳が、ジャガーを覚えた様子で見つめていた。しかし、その瞳には敵意が宿っている。ヘリオは渡すわけにいかない。当の本人もこうして拒絶しているのだ。


「竜神様の御子を人質にするとは、なんと卑怯な。恥をしれ」


 ジャガーの瞳に怒りが宿る。先ほどまで、ソラしか映っていなかったのにも関わらず、彼の瞳にはもうソラは映っていない。その瞳はアーチェに向いていた。


「アーチェ! 右!」


 ソラは慌てて、言葉を飛ばす。ジャガーの動きはソラでさえ、目で追うことはできない。アーチェにもそれは同じだろう。


 アーチェはソラの言葉が終わるのと同時に、ジャガーの右側からの攻撃をブーメランで受け止める。しかし、その威力は絶大だ。アーチェは木の根元まで飛ばされると、うつ伏せに倒れ込んだ。フードから出てきたヘリオが心配そうに鳴き出す。


「うぅ……」


 アーチェが呻く。かなりの攻撃だったが、即死することはなかったことに、ホッとする。


「さぁ、竜神様。貴方は私と来るのです!」


「ウゥゥ!!」


 ヘリオの元にジャガーが近づく。ヘリオは彼が近づいてくることに気が付くと、歯を剥いて唸りだした。ヘリオの敵意のある声を聞くのは初めてだ。幼い彼女にそんな声を発して欲しくはない。


 ソラは地面を蹴り上げ、剣を喰らわそうとした。しかし当然ながら、ジャガーの後ろ手の斬撃により、背中を切られる。銀色の血がどくどくと流れるのを感じる。、ソラは立ち上がろうと、腕に力を入れた。重傷だ。このまま血が流れ続ければ、死ぬだろう。


 ソラ以外の三人も同じだ。早く、かたをつけなければならない。


「静かにしていろ」


 ジャガーがソラの背中を踏みつけた。遠目から見たら、軽く踏んでいるようにした見えない。だが、立ち上がろうとしても力が入らない。

 このままでは、ヘリオが攫われてしまう。それに魔王の一団に負けている場合ではない。


 今いる、ドラゴンのヘリオは彼と同じ名前だった。そんなヘリオがまたソラの目の前で奪われようとしている。しかも魔王側にはあの女もいるのだ。


 ソラはロロとティティールの方に目を向けた。二人とも倒れている。当たりどころが悪かったらしく、意識がないのが確認できる。


「ま、待って」


「ジャガー、待て」


 ソラとその声は、ほぼ同時だった。


 背の高さほどある草の隙間から、一人の少年が姿を見せる。

 月明かりを浴びたわけでもないのに、その銀髪は綺麗に輝いていた。


 少年はゆっくりと顔を上げた。


 その瞳まで銀色だ。冷たい光を宿している。顔立ちから、ソラよりか少し年上だろう。


「……見つけた」


 銀の瞳がソラを捕らえた。ジャガーが慌てた様子を見せ、ソラの体から足を離した。先ほどまでの威勢は影も形もなく、それは自分よりはるかに上の者に対する態度だ。要するに敬意だ。


「魔王様、なぜこのようなところに……?」


 ジャガーの困惑がこちらまで伝わってくる。その言葉にソラは目を見開いた。この少年が魔王。波動を感じ取れないため、強さは分からない。

 しかし、冗談などではない。この少年がモンスターたちを束ねる者なのだ。そして、リヴォルネが手を貸している人物でもある。


 彼女の手を借りるなど、どんな愚直な王かと思いはしたが、この少年は案外賢そうだ。それに、どこからどう見ても人間だ。

 銀髪はハク以外で初めて見たため、シルバーブラッドである可能性もある。ソラにはあまり同族意識がないが、それでも少し思うところがある。


「ジャガー、悪いな。お前は優秀な部下だった。この俺の見た目を見ても、そのことに対しては何も言わないのだからな」


「……!」


 魔王と呼ばれたその少年は、懐から小刀を取り出した。その行動にジャガーは口を紡ぎ、反応しようとする。


 彼のその行動は遅かった。放たれた黒い靄がジャガーを包み込み、彼の命を散らした。既に魂が抜けたその体が地面に転がる。目の前で行われた光景にソラは呆気にとられた。

 部下であったはずだ。その部下を少年は躊躇することなく、殺した。それが、彼の冷酷さを際立たせていた。


 草を踏みつける音が聞こえる。魔王がソラの元まで近づいて来ているのだ。彼がソラの手に触れたのが分かった。振り払おうとしても反応できない。腕の傷が痛む。いつの間にか、斬撃を喰らっていたようだ。血が音を立てずに落ちる。


「シルバーブラッドか……」


 魔王の呟く声が聞こえた。その声はやけに幼く聞こえた。


「このままでは死んでしまうな。いいだろう。死なれては困る」


 彼は確かにそう言った。その瞬間。ソラの体に電撃が走り込んだ。その衝撃に視界が揺らぐ。元々、重傷だった体にとどめをさされた気分だ。


「力をつけて俺の元まで辿り着け。その頃には気が変わっているはずだ」


 最後にその言葉を聞いたことだけは覚えている。



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