84.魔王として相応しきか
「う、うーん」
シルヴァは窓ガラスからの光を受け、目を開けた。もう朝だ。シルヴァはあまり明るい時間が好きではない。彼が好きなのはいつだって暗い夜だった。明るい時間よりも、人が少ないからだ。
「ジャー」
シルヴァの相棒のレースがその柔らかい体を押し付けてくる。青いプヨプヨとしたその姿は、スライムだ。まん丸の小さな瞳がこちらを覗いている。レースは幼い頃からの友達。いわゆる、幼馴染だ。彼の存在には何度も助けられてきた。
モンスターの中では最弱と名高いスライムだが、シルヴァにとって彼がどんなに弱くても気にしない。
レースはシルヴァの体を何度も押してくる。しばらく前から、そうしているようだ。
「分かってるよ、起きる」
シルヴァはベッドから起き上がった。くしゃくしゃになった布団を乱暴に投げ捨てる。自室の壁には大きな鏡が備え付けられていた。
その鏡に映るのは、銀色の髪に銀色の瞳。その姿は他の種族とは決定的に違うことを表している。幼い頃は、この外見が好きではなかったが、今では気に入っている。
誰かが扉をノックする音が聞こえた。シルヴァは慌ててマスクを付けた。彼等に素顔は見せない。銀髪は隠せないが、それは仕方がない。
「入れ」
自室に龍の頭を持ったモンスターが入ってくる。目がギラギラと光っている。その姿は普通の人間なら怖がるだろうが、幼い頃からモンスターと育ってきたシルヴァにとっては、それは親しみの証しだった。
「ジャガーか。どうした?」
口が上手く回らない。どうにも魔王の口調というものは、性に合わない。
彼は礼儀正しく、敬礼をした。ジャガーとは知り合ってから、まだ少ししか経っていないが、彼の同族愛は本物であった。
「は! 先日のことですが、生まれたようなのです」
「生まれたとは何だ?」
「竜神の名を継ぐものでございます! 我ら竜族の長がその存在に気が付きました!」
その言葉にシルヴァはため息をついた。勇者が誕生したことといい、最近は考えることが多い。しかし、竜神は代々、魔王に仕えるものと定められている。それが生まれたということは、シルヴァにとって得なことなのだ。
「その者をこちらに招き入れろ。そやつは赤子だろ? 上手くこちらに連れて参れ」
「わ、分かりました!」
ジャガーは嬉しそうに、敬礼すら忘れて部屋から出ていってしまった。通常なら、不敬罪で即刻死刑だ。
だが、シルヴァは目を瞑った。ただでさえ、人のシルヴァは肩身が狭い。
シルヴァがモンスターではなく、人であることは皆に隠しているつもりだが、気が付いている者もいるだろう。実際、ジャガーは気が付いているが、黙認している可能性がある。それでもなお、態度を変えないジャガーは非常に優秀な部下だ。
彼等にとって、新たな希望になる竜神の子なのだ。
紅竜が討たれた以上、そのことに興奮するのも無理はない。
「シャー?」
レースがシルヴァに抱きついてくる。その触り心地でシルヴァは落ち着くのだ。
レースを、彼を見ていると昔の出会いのことを思い出した。その前後のことも。最近は思い出していなかったというのに。
あれはシルヴァが七歳か八歳であったことだろう。いつだったかは定かではない。
この血の珍しさに惹かれた者たちが、シルヴァの両親を殺した。銀目のシルバーブラッドは貴重らしく、彼等はまだ幼いシルヴァを捕らえようとした。
父と母は激しい抵抗をしたあまり、殺されたのだ。幼いシルヴァは動くことができず、うずくまった。
シルバーブラッドは敬われる種族であり、本来そのような扱いを受ける立場ではない。しかし、それは表向きであり、裏では多くの同胞が狩られていた。
銀の血を持つシルヴァたちは、あらゆる病気にかからない。そのことから、血が万能薬として扱われるのだということを、シルヴァが知るのはずっとあとのことだ。
シルヴァは死を覚悟した。赤い血に染まった刃が振り下ろされる。
その時だった。
レースを連れたモンスターが現れたのだ。彼はシルヴァを助けた。その剣の腕前は目を見張るものがあった。幼いシルヴァにでさえ、それが長い時により培われた技術だということを理解した。
強盗はすぐに両断された。それはあっという間の光景だった。まばたきをする間と言っても、差し支えがない。
彼は怯えるシルヴァに手を伸ばした。シルヴァが呆気に囚われ、その手を受け取れないでいるとレースが抱きついてきた。
レースの曇りなき瞳にシルヴァはその手を恐る恐る握った。彼は優しい笑顔になった。
彼はそのままシルヴァを育てた。彼は優しかった。その外見は人とは懸け離れていたが、人の言葉を操り、誰よりも人らしかった。少なくとも、あの強盗よりもよっぽど人なのだ。
彼は名を名乗らなかったが、幼い頃に人間に育てられたのだという。だからこそ、シルヴァを拾ったのだ。
シルヴァは剣を習いたくて仕方がなかった。彼は、大剣を背負っていたが、その腕を必要以上に、シルヴァに見せることはなかった。
それが残念でならなかった。あの力さえあれば、シルヴァは誰にも何も奪われないのだ。
「シュー?」
レースが首を傾げた。実際には首はないのだが、恐らく人で言うと首を傾げている仕草になっているだろう。シルヴァはレースの頭を撫でた。
彼はいつだって、シルヴァの親友だった。言葉を発することはできないが、考えていることはすぐに分かる。
「大丈夫だ。俺にはまだお前がいるからな」
シルヴァを育てた彼は突然、姿を消してしまった。しかし、シルヴァは彼の動きを見様見真似し、力を身に着けていた。
「人間を亡ぼす。それが俺のすべきことだ」
人生の大半を、モンスターと過ごした彼にとって、人間は情をかける存在ではない。親を奪われた怒りが、モンスターへの情が彼を魔王へと駆り立てた。
シルヴァは魔王になり、人間を滅ぼすために、力を尽くすのだ。シルヴァはレースを抱きしめた。
「レース、勇者の姿を見せろ」
レースの水色の体が透明になり、ある景色を映した。これは、スライムの隠された能力の一つだ。
その中には銀髪の少女がいた。傍には、他に三人いるようだ。しかし、それは目にする価値もない。シルヴァの瞳には映らない。
「銀髪か……」
銀髪はシルバーブラッド唯一の特徴ではない。銀目はシルバーブラッドの決定的特徴だが、銀髪はそうはいかない。しかし、人間族での銀髪は非常に珍しい。もしかしたら――。
「いや、決めつけるにはまだ早い」
「シャー?」
「レース、しばらく出かける。俺のフリでもしておけ」
「ジャ!」
レースの体がグニャグニャに歪み、人の体を作り出す。銀髪に銀色の瞳。その姿はシルヴァそのものだ。話すことはできないが、いるだけならこれで十分だろう。
「レース、ヘマをするなよ」
シルヴァは自室の扉を開いた。
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