80.始まりの終わり(2章完結 3章に続きます)
ソラは靴紐を結び直した。支度はできている。あの騒動から、数日が経過した。あの影の襲撃で、数人の民が犠牲になったようだ。あの惨事でそれだけの人数に抑えられたのは、この国の兵士が優れていることを意味する。
あれからロロとは一言も会話をしていない。必要最低限の会話をすることはあるが、私語をすることはない。ティティールに関しては、次の日にはもういつも通りに話してきたので、ソラもそのようにしている。
今、一番話すのはアーチェだろう。彼はよく話しかけてくる。ソラはあまり話すのは好きではないが、対応していた。
今日は旅立ちの日だ。いつまでもここにいるわけにはいかない。
ソラは客室から飛び出した。最後に国王に挨拶だけを済ませて、この王国から出よう。
◆
「ほう、旅立つか」
国王は自身の少ない髭を撫でながら、そう呟いた。
民を失ったとはいえ、王はずっと悲しみに暮れているわけにはいかない。ある意味、残酷な立場ではある。
ソラがいるのは謁見の間だ。そこにはロロたちはいない。
国王の付近にはトーナゲ王子がいる。彼は残念そうな顔をしていた。彼は善良な王子だ。いずれ、立派な王になるだろう。
「はい。あと、宣言したいことがありまして」
「何だ?」
「もっと早く言うべきことでした。私は――魔王を倒します。その軍勢も一人残らず」
その言葉に彼は嬉しそうに顔をほころばせた。人々を脅かす、魔王を倒すと言ったのだから、それはそうだろう。ソラの目的は魔王ではなくその配下だが――。
しかし、彼女ならいずれ魔王にでもなってしまうかもしれない。
「おぉ、そうか。決心が固まっていない様子で心配していたが、それならば安心だ。この世は平和になるだろう」
「ソラ、淋しくなりますね。この東側にはレトリエという国がありまして、そこに行くといいかもしれません。そこは魔法研究の聖地なんです。風魔法や土魔法、炎魔法、いろんな魔法の属性が発展しているんです」
トーナゲ王子の言葉に、ソラは頷いた。カーデランでは魔法の属性という概念すら聞いたことがない。つまり、あそこでは魔法があまり発展していなかったのだ。数百年の間に、カーデランでの魔法の認識はそこまで落ちてしまったのだろう。
ソラはカーデランでのことを久しぶりに思い出した。そして、服の中に隠しているペンダントを取り出した。
これだけは聞いておかなければ。
「あと、もう一つお聞きしたいことが。このペンダントの持ち主をソダシ様というのですが、この方の弟を知りませんか?」
これはソダシとの約束だ。彼の弟に託された言葉を伝えなくてはいけない。
「ソダ……シ?!」
王の目の色が変わる。
「ソダシとは、四百年前の勇者の名前! 何と、彼は生きているのか?」
「はい」
勇者。その言葉に彼はただ者ではないということを、認識させられる。確かに彼からは並々ならぬ波動を感じた。その事実には少しも驚かなかった。
「おぉ、それは喜ばしい。彼の弟か……。いるとしたら北のモンスタータウンだろうか? そこには、人の人格を持ったモンスターが住んでいると聞いたことがある」
モンスタータウン、安直な名前であるが、覚えやすい。
「ありがとうございます」
ソラはペンダントを服の中に戻した。そこにもいずれ向かわなければいけない。
「では、私はもう向かいます」
ソラは一礼をすると、両開きの厳重な扉から出た。
王の間を出た瞬間、ソラは思わずまぶたを細めた。
廊下の大窓から差しこむ朝の光は、夜明け直後の柔らかな金色をしていて、まるで彼女の足を外へ急かしているかのようだった。
まだ空気は少し冷たい。
王に報告を終えた緊張がようやくほどけ、胸の奥に沈んでいた重石がゆっくりと形を変えていく。
歩きながら深呼吸をすると、城の中にも関わらず、草の匂いがかすかに混じっていることに気づく。
どうやら庭園の花々が、朝露に濡れて香りを強くしているらしい。
衛兵たちは黙って見送るだけで、誰も声をかけてこない。
ソラの足音だけが、まだ薄暗い廊下に規則的に響いていた。
階段を降りるたび、城内の空気は少しずつ外のそれに溶けていった。
ようやく大扉の前まで来ると、扉の隙間から白い朝靄が流れ込んでくる。
衛兵が左右から扉を押し広げると、冷たい朝の風がソラの頬を撫でた。
外はもう青く、澄んだ朝だった。
城門へ向かって歩き出すと、石畳に落ちる影が徐々に伸びていく。
太陽がまだ低い位置にあるせいで、ソラの影は細く、長く、まるで遠くへ導く道しるべのように続いている。
何度踏みしめた道なのに、今日はなぜか足取りが軽く感じた。
王の間で受けた重責は確かに胸にある。
それでもソラの真の目的は、彼等が望んでいるものとは違う。
城門が見えてきたとき、ソラは短く息を吐いた。
朝の光の中、ようやく「自分の場所」へ帰ってきたような気がした。
「ソラ、遅いぞ」
「随分と話し込んでたね。僕たちはもう挨拶を済ませたけど。一緒に話した方が良かったんじゃないかな?」
「もう、アーチェ! 王様はきっと勇者様と二人きりで話し合いなのよ!」
ロロ、アーチェ、ティティールがソラに声をかける。一人で旅立つことも考えた。けれど、それは誰も許してはくれなかった。しかし、妙に落ち着いている自分がいる。
ロロと目を合わせる。彼は髪を切っていた。彼の隠れていた右目が容易に確認できる。その目を他人に晒すことをロロはいつも嫌がっていた。
それをアーチェやティティールの前で晒すというのは、つまりそういうことなのだ。
「ほら、行こうぜ」
ロロが手を掴んだ。かつて、銀髪の少女が同じように、小さな少年の手を引っ張っていた。弱々しい頼りない少年の姿はもうそこになかった。
ソラは足を踏み出した。
新たな旅路へと向けて――。
それは長きに語り継がれる勇者の旅路の始まりだった――。
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