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7.放たれた矢と決意の獣人

 すっかりと静まり返っていたが、やがて状況を理解した一人が立ち上がった。獣人だ。左の耳が欠けており、頭にくっつくほど耳を寝かせていた。

 白と黒の縞模様の尻尾は彼女の胴体よりも大きく膨らんでいた。少女の側には心臓を矢に撃たれ絶命した獣人の姿があった。容姿は少女と瓜二つだった。


「な、何してんだ。兄貴もみんなも操られていただけだぞ」

 

 獣人の少女は牙を剥くと、ハクに向かって唸った。他にも何人か同じ気持ちの者がいるようで、ハクを恨めしく睨んだ。

 広場にいる人の人数はだいぶ減っている。射抜かれた者の中にはハクが連れていた一人もいた。エルフの成年だ。ハクはその発言を聞いて、笑みを浮かべた。


「操られるものなど、生かしておいて得などない。文句があるのなら、俺に勝ってから言え」


 ハクは弓矢を背に背負う。獣人の少女は悔しそうに牙を噛み締めた。ソラはハクを責める気持ちにはあまりなれなかった。

 ハクがそうしなければより惨事になっていた可能性だってある。いや、確実にそうなっていた。ロロは黙ってハクを睨みつけていた。


 他の者はしばらくして、黙って遺体を埋葬し始めた。彼に歯向かうことがどんな結果をもたらすのか分からない者はいない。


「あ、あの手伝うよ」


 ソラは獣人の少女に声をかけた。少女は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、ありがとうと言って、はにかんだ。

 アーチェは無言で埋葬を手伝ってくれた。ロロは埋葬に参加する気はないようで、テントに腰を預けている。

 

 死んだ人々全員の埋葬にはかなりの時間を要した。エルフとドワーフは全員死亡している。操られた者の数には種族によってかなりの差がある。 

  

 ハクはテントのハンモックに寝転がり、こちらを蔑むかのようにしばらく見ていたが、やがて仲間と共に休憩地を出て行ってしまった。ここにもう用はないのだろう。


 埋葬が終わると、少女はテントの中で横になっていた。


「ふぅ、ソラもアーチもありがとう。私の名前はテレーナ、仲良くしてね」


「僕、アーチじゃないんだけど」

 

 アーチェは不満そうな顔をした。テレーナはハッとした顔をして口元を押さえた。 


「あ、ごめんごめん。ちぇって発音、私の部族だと慣れなくて」


 そう言うと、テレーナはいきなり目に涙を浮かべて泣き始めた。突然のことに驚いたが、兄弟を失ってからまだ半日も経っていない。

 辛い現実を不意に思い出して悲しむのも無理もないことだ。アーチェも黙り込んでしまう。


 ロロは自分には関係がないと言わんばかりに、テントの中で寝転んでいた。テレーナを気にかける様子は全くなさそうだ。

 テレーナはしばらくの間、泣きじゃくっていたが、いきなり立ち上がった。目は真っ赤に染まっているが、その目には決意の表情が宿っていた。


「え、どうしたの?」


 ソラが驚いていると、テレーナはパシッと自身の頬を両手で叩いた。


「こうしちゃいられない。私、あのハクっていう男より強くならなくちゃ」


「どうしてそうなるの?」


 ソラはテレーナの思いが理解できず、首を傾げた。テレーナは目をキリッとさせた。


「あいつが言ってたでしょ! 文句があるなら俺を負かしてからって。だからあいつより強くなって一言文句言ってやるんだから」


「た、たくましいね。もう少し落ち込んでてもお兄さんは怒らないと思うけど」


 珍しくアーチェも動揺している。彼女の切り替えの早さには驚くものがある。テレーナは頬の涙を拭き取ると、ソラとアーチェの手を片方ずつ握ってブンブンと上下に振り回した。その力は流石、獣人というだけあって抗うことができない。


「どうもありがと! でも、私はもう行くよ」


「行くって、でも君はもう仲間いないでしょ? 危ないんじゃ」


 テレーナは状況から把握するに、仲間は兄だけだったと思われる。たった一人でしかもこんな夜に休憩地を飛び出していくなど危険なことではないかと思った。そもそもアデアの地に安全な時などないのかもしれないが、用心に越したことはないだろう。


「そうだよ。少しここにいた方がいいんじゃ――」


 テレーナはアーチェが言葉を言い切る前に、首をフルフルと横に振った。


「ありがたいけど、断るよ! それじゃ、私はもう行くね!」


 そう叫ぶと彼女はテントを凄まじい勢いで出ていってしまった。慌てて垂れ幕を上げ、外の様子を確認すると、彼女は視界で捉えるのも難しいぐらい遠くに走っていってしまっていた。もう呼び止めるのは無理だ。


 ロロはその様子を傍観していたが、やがて口を開いた。


「獣人は身内以外と馴れ合うのが嫌いだからなのに、あいつは愛想が良かったな」


 その直後、ロロは腹部を押さえた。


「お腹減った」


「ロロ、散々食べてたでしょ」


 ソラは今日のロロの食べた量を思い返していたが、一人分以上は絶対に食べている。

 

「足りないね。成長期には栄養も必要なんだ。アーチェもそう思うだろ?」 


 ロロはそう言うとクルクルとペンを回しながら、アーチェに話を振った。


「僕はもう成長期が終わってるから、何とも言えないね」


「終わってるって。幾つだよ、お前」


「十六」


「「十六!?」」

 

 ソラとロロの声が重なる。確かにアーチェはしっかりしていると思っていたが、童顔で小柄なためとても十六歳には見えなかった。種族は人間だと思うのだが――。

 まさか三人の中で一番年上とは思いもしない。アーチェはその反応に慣れているのか、気に留めた様子はなかった。


「僕は鳥人だから、成人年齢はもう過ぎてるよ」  


「鳥人か……。あまりいい思い出がないな」


 鳥人のことはソラも少し記憶していた。両腕に羽毛を生やし、飛翔する種族。隊の中にも少数存在していた。

 アーチェは羽根の部分を隠しているため、気が付かなかった。成人しているのに小さいのは、種族が理由だったのだ。見た目から人間だと思ったが間違いだった。


 鳥人の平均的な体格は正確には覚えていないが、男性の場合、百五十センチもないはずだ。アーチェはそれより十センチ近く高いため、鳥人でいうとかなり高身長な方だろう。実際、アーチェの身長はソラと全く同じだ。


 アーチェの告白を聞いて、ロロがいいことを思いついたという顔をした。


「思ったんだけど鳥人なら、飛んで地形を把握できるんじゃないのか」  


「それは無理だね。この地図は歩かないと記憶されないから」


「ふーん」


 ロロはあまり興味がなさそうに返答した。飛べるという事が役に立たないと分かれば、ロロにはもう興味を感じる要素はないのだろう。


************************


 夜空に星がきらめく。無数の金の星と赤い月が地面を照らしていた。そのため、街灯がなくても十分に外を歩くことができた。ソラが退屈しのぎに散歩をしていると、見慣れた背中を捉えた。


「あ、アーチェやっぱりここにいた」


「……ソラ」


 アーチェは草むらに座り込んでいた。どことなく寂しそうな目をしているのは気のせいかもしれない。辺りのテントはだいぶ少なくなった。

 今日の出来事で何人かの隊員が離脱したのだ。友達や家族で来ている者も意外にも多く、大事な仲間を失い戦意喪失したのだろう。帰っていく人々の足取りは重かった。


「あの、ソラ。ごめんね」


 アーチェは罰が悪そうな顔をする。


「ごめんって?」


「いや……その」


 アーチェは口ごもった。言いにくそうだ。なにか謝られるようなことをアーチェはしただろうか。

 

「えっと、何の事?」


 ソラが首をひねると、アーチェは目を逸らした。何を言うべきか迷っているようだ。


「……。僕、嘘をついたから。本当はハーフなんだ。鳥人と人間族の。それで翼が小さいんだ。服で隠せるぐらいにね」

  

 アーチェは両腕を強く握りしめた。


「鳥人と人間の間に子供ができるの?」


「稀だけどね。でも――」


 アーチェは言葉を続ける。


「僕は父さんのことが嫌いだよ。人間で飛べないくせに弱くて、いつもヘラヘラしてて何にも出来やしない木偶の坊さ」

 

 アーチェは星を見つめた。その目に悪意はなく、彼が父親を本心からそう思っていないことは明らかだった。


「どうして私にその話をしてくれたの?」


「……罪悪感なのかな」


「え、なに? ごめんね、小さくて聞こえなかった」


「な、何でもないよ。単なる気まぐれ。それより、ソラ。さっき、テレーナを見て驚いてた。何を驚いていたの?」


 アーチェはこちらに目を向けることなく聞いていた。ソラはテレーナに対してそんな反応しただろうかと、記憶をもう一度辿ってみる。そして一つだけ印象に残ったことがあったことを思い出した。


「テレーナの血の色が変だったから驚いただけだけど」


「変?」


「血が真っ赤だったんだよ。変だよね、赤なんて」


 アーチェは目を丸くしてしばらくの間、ソラを見ていたが、あぁと声を漏らすと星の観察に戻った。


「そうかもね」


 流れ星が夜空を通り過ぎていく姿が見えた。


************************


ここまで読んでくださってありがとうございます!

面白かったと思ってもらえたら、ブックマークやポイントを入れていただけると嬉しいです。

次回もよろしくお願いします!

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