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6.銀髪の狩人に目をつけられた少女、一四歳

 銀髪の青年はこちらを見つめていた。顔を近づけてくるため、自然と後ろへと仰け反る形になる。


「貴様、歳は幾つだ?」


 威圧的な声だ。周りの人達が怖がるのも理解出来る。しかし臆してはならない。少しでも弱みを見せたら、舐められる。


「十四歳です」


 そう心がけたはいいが、やはり声が震える。ソラがたどたどしくそう答えると、青年は姿勢を元に戻した。


「そうか、目の色が違うな。しかし、同族に会うとはな。人狩りにはせいぜい気をつけることだ」


 青年は目を伏せると、何事もなかったかのようにその場をあとにしようとした。何もされなかったことにソラはホッとした。


「おい! お前、無視すんな!」


 やり取りを目撃していたロロが青年に拳を振り上げたが、腕を軽く叩かれただけで、地面に打ち落とされた鳥のようになった。ロロは地面に突っ伏すと、苦しそうに呻いた。

 青年はロロに一度も目をくれることがなく、行くぞと仲間に声をかけて露店街から出ていく。


「いたた」


「ロロ。大丈夫?」


「くそ、なんで俺はいつもこんな」

 

 ロロはブツブツと呟くと立ち上がった。ロロは何か思い詰めたような顔をした。今は何を言っても耳には入らなそうだ。

 ロロが落ちつくのを待っていると、離れていたところで怯えていた一人の青年が話しかけてくる。


「いやー、あんた、よく殺されなかったね。あれはハクっていって、凄く乱暴で残虐なんだ。あんた、あいつの仲間かい?」


「え、知りません。あんな人」

  

 ソラはそう答えるしかなかった。そもそも、知っていたとしても、覚えていないだろう。彼はソラのことを同族と言っていた。

 それはどういう意味だろうと思ったが、あまり深く考えないことにした。そもそも自身が何者かなどもうあまり知りたくはなかった。


「ロロ?」


「……。あ、悪い。アーチェの奴、そろそろテントを立てた頃じゃないか。この辺の奴等は怯えてて話にならないし、帰ろう」


 ロロはベンチから手をつけられていない麺料理を手に取った。恐らく、アーチェにあげるものだろうと、買ったときから思っていたが正解であったらしい。ロロもアーチェのことをなんだかんだ気にかけているようだ。それを知り、少し嬉しくなる。

 先程のハクという青年のことは少し不穏だが、関わらないようにすればいいだろう。


************************

 

 アーチェの元に向かうと、既にテントが建設されていた。ちょうど固定が終わったようで、工具を片付けていた。

こちらに気がついていないアーチェの頬にロロがお土産を押し付けた。


「わ、熱!」


 アーチェは驚いた様子でこちらを上目遣いで見た。ロロがいたずらっぽい笑みを浮かべる。こういうところは年相応だ。


「お土産、上手いぞ」


「ありがと。なにか情報は手に入った?」


「ご、ごめん、それが手に入らなかったというか、なんというか」

 

 ソラは口ごもった。ロロは地面に寝転がり、天を仰いでいる。さっきまでの態度が嘘のように呑気な顔をしている。アーチェへの報告をすっかり忘れているようだ。


「えっと、ハクっていう人の情報なら少し……」


「ハク……。探検隊の中でも有力者の一人だね。彼には目をつけられないように気をつけないと」


 アーチェは麺料理を口に頬張った。建設作業で疲れたのか、いつにもまして食欲旺盛だ。

 アーチェは他に何も聞いてこなかった。ロロが渡した麺料理に夢中だ。これはもしかしてロロの策略だろうか。

 

「テントで休んできたらどう? 僕、ここで見張りしてるから」


 アーチェは口に麺を頬張りながら、二人に目を移した。休憩地だから、そんなに警戒することはないのかもしれないが、警戒するに越したことはないという口調だった。


「俺はここで日光浴でもしてる」


 ロロは二つ返事で断ると、寝返りを打った。確かに気温はちょうど良いので、絶好の日なたぼっこ日和だ。


「うん、じゃあお言葉に甘えるね」


 しかし、ソラはアーチェの言う通りにすることにした。それにソラはあまり太陽の光は好きではない。

 テントに入ると、部屋の中央にランプが置いてあった。まだ明るい時間なので、当然火はつけられていない。


 ソラはその場に座り込むと、自身の鞄を開けた。確か最初にソラが中身を確認したとき、ソラが一番に目を引くものが入っていたはずだ。


「あった、本」


 それは小さな本だった。かなり読み古してある。以前のソラは本が好きに違いなかった。なぜなら、こうやって鞄に入れてあるし、今のソラも本に目を引かれるのだ。

 何より、この本の状態がそれを物語っている。何度も繰り返し読まなければ、こんなにボロボロにはならないだろう。


 それにこの本は面白いはずという絶対的な自信があった。他ならぬ自分自身がつねに持ち歩く本として選んでいるのだから、それは疑いようもない事実であるはずだ。  

 休憩中に本を読むというのは疑問に思う人もいるかもしれないが、ソラにとってはそれが癒しの時間であることに他ならなかった。


 ソラはパラパラとページをめくった。独特な古い紙の匂いがする。そうしていると、本に何かが挟まっていることに気がついた。


「これ、なんだろう?」


 付箋の代わりかと思ったが、持ち上げるとそれは写真であることが分かった。裏面には思い出!と書かれている。


 写真の中には二人の子供が写っており、銀髪の少女が薄い黒髪の少年に抱きついていた。仲の良い姉弟というイメージだ。その少年はロロに少し似ていた。恐らく、この少年はロロだろう。今より四歳ほど年下に見えた。


 この頃から髪で右目を隠しているため、顔の全容は確認することができなかった。どことなく大人しそうな雰囲気なのが意外だ。

 この頃から義腕と義足は身に着けていたらしい。小さな子供に備え付けられている姿を見ると、より痛々しく感じる。


 この写真をわざわざ持ち歩いていたということは、ソラにとってかなり大事な物であったのだろう。ソラは本にそれをまた挟み込んだ。いつか思い出す時がきた時のために、写真は大切に保管しておこう。


************************


 本の内容はかなり面白く、あっという間に読み終えてしまった。


 本の中では世界を冒険する一人の果敢な青年の人生が書かれていた。冒険を終えた彼はやがて未知なる地を俺が誘っているという言葉を残し、最後にはその姿を消してしまう。未知なる地という言葉にソラは親近感を覚えた。

 そしてその主人公は誰かに似ている気がした。誰だっただろうか。   

 

 しばらく余韻に浸っていると、頭上から耳をつんざくような悲鳴が聞こえてきた。ソラは本をしまい込むと、反射的にテントから飛び出した。

 ロロもアーチェも二人揃って頭上を見上げている。頭上には奇怪な生き物が大きな翼を広げて飛んでいた。


 鳥のように見えるが、羽毛がなく、目は赤色で頭には大きな尖った角が生えている。ギョロギョロとした目は焦点が合わず、気をおかしくさせるような悲鳴をあげている。


 他の隊も鳥に当然だが、気が付いており、騒ぎが段々と大きくなっていく。


 いや、周りの人々はただ騒いでいるのではない。お互いに剣を引き抜き、仲間同士で切り合っている。目は血走っており、明らかに正常な状態とは思えない。 

 この悲鳴が人々の気を狂わせているのかもしれない。そう考えさせられるほど、恐ろしい悲鳴であった。


「ロロ、アーチェ、耳を塞いで!」


 ソラは叫ぶと、アーチェは耳を塞いだが、ロロは剣を引き抜いた。


「あれを殺すほうが早いだろ」


「下がってろ! 邪魔だ!」

 

「おわ!」


 ロロは横入りしてきた人物に肩を叩かれる。今度は倒れずに姿勢を保ったロロの真横に現れたのはハクだった。

 彼が弓矢を引き抜くと、三本の矢が同時に飛んでいく。一つは鳥の喉元に、もう一つは頭に、そして最後の一つは羽を射抜いた。奇怪な鳥は瞬時に絶命し、凄まじい音を立てて地面に落ちた。砂が舞い上がった。


 空の上を飛んでいるときですら、巨大だと感じていたその鳥は近くで見るとより圧倒される大きさの持ち主だった。六メートルはあるだろう。


 あまりにも一瞬の出来事にソラは呆気にとられた。青年は感情がこもっているとは思えない冷たい目で、広場にいる人々を見渡した。

 鳥が死んでもなお、人々はまだ切りつけ合っている。何人か声に狂わされていない者もいるようだが、少数派であり、防戦一方になっている。


 ハクは再び矢を構えると、弓矢から無数の矢が放出される。その矢は狂わされた者の心臓を的確に全て射抜いた。


 残された人々の目がハクに注目する。助けられたというのに、人々はただ唖然として彼を見つめていた。

 


************************


ここまで読んでくださってありがとうございます!

面白かったと思ってもらえたら、ブックマークやポイントを入れていただけると嬉しいです。

次回もよろしくお願いします!

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