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50.その者、勇者となり

 ソラは輝く刀身を眺めた。その剣はとても美しい。ソラ自身も自分が何をしてしまったのか、分からなかった。ただ、自身の声に従っただけなのだ。しかし、何やら、とてつもないことをしてしまったという実感だけがあった。


「きょ、今日は国を挙げての祝いだ! おい、宴の準備をしろ! 倉庫にため込んだ酒を全て持って来い!」


 王の威勢のいい声に王の間の兵士が全て動き出した。


「ソラ、勇者だって。凄いね」


 アーチェが呆気にとられたように言った。彼は自身の身を包むその鎧を脱ぎ始める。地面に置かれた鎧が重厚な音を立てる。アーチェは普段着ている服の上からそれを着せられていたようだ。


「まだ、状況が飲み込めてないよ」


 真実は理解できるのだが、それは飲み込めるということにはならない。


************************


 しばらくして、広間の扉は開け放たれ、外の庭園から花の香りが漂い込む。民衆や貴族、騎士たちが順に長い列を作り、王の前に進むと、盛大な拍手と歓声が彼らを迎えた。太陽が夕暮れに傾むき、やがて夜がくる。


 長机には、王国中から集められた食材が並ぶ。香ばしいロースト肉の香り、甘く煮詰められた果実の香り、焼きたてのパンの湯気が漂い、人々の食欲をそそらせた。ワインのグラスが触れ合うたびに軽やかな音を立てる。


 音楽隊が奏でるリュートやティンパニの旋律に合わせ、街の人々は優雅に踊る。踊り手たちの衣装は色鮮やかで、刺繍や宝石が揺れるたびに光を放つ。 

 子供たちは無邪気にテーブルの間を駆け回り、笑い声をあげながら小さな紙風船を追いかけた。


 ソラは王の隣に座らされ、周囲を見渡す。騎士たちも酒を酌み交わしている。老王は穏やかに微笑み、剣を引き抜いたソラの肩に手を置いた。


「お主のおかげで、世界は安らぎを得るだろう」


 ソラは返す言葉が見つからず、辺りを見渡した。人々の目は希望に満ち溢れている。


 民衆の笑顔、音楽、食卓の賑わい、その全てが、戦いの疲れを癒す祝福の光となり、王国を包み込んだ。


「さて、ソラよ。街の人々と話してくるがよい」


「は、はい」


 ソラはようやく王から解放され、近くで酒を飲んでいるロロを見つけた。アーチェは遠くで若い女性に絡まれている。なかなか振り払えないようだ。女性はかなり美人で、赤い豪華なドレスを身に纏っていた。


「ロロ、まだ未成年でしょ! 飲んじゃ駄目!」

 

 ソラはロロがちびちびと飲んでいたお酒を取り上げた。そのグラスには紫色の液体が入っている。


「あ! せっかくブドウの味がして美味しかったのに…… 。というか、いつここから抜け出す?」


「抜け出すの?」


「当たり前だ! こんな所にいられるか! アーチェの奴は何をやってるんだ。おい、アーチェ!」


 ロロがまだ女性に絡まれているアーチェの元に行くと、女性から引き剥がした。アーチェはだいぶ疲れ果てた様子だ。手には飲みかけのワインが握られていた。少し顔が赤い。酒を口にしたようだ。


「おい、うちのに何か用か?」


「あら、貴方もいい男ね。でも、ごめんなさい。私はそこの金髪の子がいいの」


 どうやら彼女はアーチェをナンパしていたようだ。


 赤いドレスに身を包んだ女性が立っていた。ドレスは深紅で、光を受けるたびに宝石のように煌めき、彼女の曲線を優雅に際立たせる。


 彼女の髪は肩に柔らかく流れ、顔にはほのかな紅潮が浮かんでいた。目の端にかすかな潤みがあり、微笑む口元はわずかに弛んでいる。グラスを片手にゆっくりと歩く姿は、まるで踊るかのように軽やかで、しかし足元にはほんの少しのふらつきがある。


「ふふ……今日の宴は、なかなか……楽しいわね……」

  

 低く甘い声が、彼女の周囲の空気を震わせる。グラスの中の赤い液体が光を映し、揺れるたびに魅惑的な煌めきを作る。その姿にロロが少し目を逸らした。

 ロロに対して、彼女は目を細めた。


「ねぇ、私の瞳は何色に見える?」


「何だ? 哲学の話か? ……青だろ」


「……もっと的確に言うと碧眼よ。私と彼の子が結婚すれば金髪で碧眼の子が生まれると思うのよね。勇者はもう生まれたようだけど、生まれる子かその子孫がその次の勇者になるかもしれないでしょ?」


「そんな、馬鹿げた話あるか! 結婚は好き同士でするものだろ!」


「あら、意外と純情なのね。ねぇ、どう? 坊や? 私、綺麗じゃない?」


 女性が前のめりになって、アーチェを誘惑した。しかし、彼の目はそれをうっとおしく思っているようだった。


「悪いけど僕、君のことタイプじゃない。それに僕は鳥人だから……」


「あら、そうなの? 珍しい……。通りで軽いと思ったわ。でも、いいじゃない? 鳥人の勇者なんて聞いたことがないけど……。でも、私と付き合わない?」


 女性はあまり気にした様子がない。どうやら、こちらの世界にも鳥人はいるようだ。カーデランでは見かけなかったが。


「断る」


「えー、私結構綺麗なのにな。残念……」


少しもなびかないアーチェに対して彼女は涙を流す仕草をした。その様子にロロは少し慌てたが、アーチェには演技だと見抜けたようだ。彼は裏路地を指差した。


「少し離れようよ。ここじゃ、よく絡まれるんだ」


 その言葉通り、彼の髪色に誰もが眼を見張る。特に女性が。先ほどの彼女と同じことを考える者は少なくないようだ。

  

「アーチェ、人気だね」


「勘弁してよ。あぁいう人は苦手なんだ」


「舐めた態度の奴だったな。逃げるなら今だぜ」

 

 ロロの言葉にソラは顔を上げた。街の人々も兵士もかなり酔っ払っている。もちろん、王もだ。今、姿を消せば誰も気が付かないだろう。暗闇に乗じるのなら今がチャンスだ。


「エドワードもラーフラもいないみたいだしね」


 アーチェが宴を見渡す。確かに彼等の姿は見かけなかった。彼等はすぐにこの街を旅立ったのだろうか。


「じゃあ――」


「何をしてるのです!」


「!」


 ソラの言葉を遮ったのはティティールだった。その深紅の瞳は怒りに燃えている。今の話を聞かれてしまったようだ。


「逃さないわよ!」


 瞬間、空気が鋭く裂けた。

 風が唸りを上げる。透明な刃が十数本、螺旋を描きながらソラへと襲いかかる。


 ソラは咄嗟に身を低くし、体を滑らせるように横へ跳んだ。

 頬をかすめた風が、冷たい線を刻む。遅れて空気が爆ぜるような音が響き、背後の柱が斜めに切断され、白い粉塵が舞った。


「くっ……!」


 息を呑む暇もない。次の瞬間、ティティールの扇が再び翻る。

 彼女の動きは優雅でありながら、致命的な正確さを持っていた。扇が描く弧のたび、風が形を変えて刃となり、光を反射しながら迫る。


 ソラは剣を抜き、反射的に構えた。刃が風を受け、甲高い金属音が響く。

 しかし、空気の刃は形を持たない。受けた瞬間に裂け、別の方向からまた一撃が襲う。


「逃げたら刺激にするわよ! 父上! この宴、多少面白みに欠けるとは思いませぬ?」


 ティティールの声に街の人々、兵士、国王が反応した。彼女の透き通る声は人々の耳に容易に届く。皆の目がティティールの方に注目した。


「我が娘よ、ではどうすればよいというのだ?」


「簡単なことです。この者は勇者なのですよ。その力、ぜひ見てみたいと思いません?」


「ほぉ……」


 王の赤い瞳が見開かれた。


「このティティールが勇者の力を、引き出してみせます! さぁ、ソラ! 決闘ですよ!」


 ティティールが金色の扇を掲げて叫んだ。


************************



ここまで読んでくださってありがとうございます!

面白かったと思ってもらえたら、ブックマークやポイントを入れていただけると嬉しいです。

次回もよろしくお願いします!

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