48.勇者が現れた
一瞬で店内が静まり返る。人々の目は突然現れた王女に集中した。
「えーと、君は……」
アーチェが言葉に詰まると、彼女は天に指を指し示した。
「私の名前はティティール。知っての通り、この国の第一王女です! さぁ、一緒に来てもらうわ! 衛兵、この者を捕らえるのです!」
ティティールがアーチェに指を向けると、背後に控えていた衛兵がアーチェを抱え込んだ。いきなりの暴挙にロロが食べるのを中断して、立ち上がった。
「おい、何やってんだ! お前たち!」
「あら、この者の連れですの? ほら、お前たち! この人をお城に連れて行くの!」
「は!」
「ちょっと、離してよ!」
命令された衛兵はアーチェは引きずって連れて行く。アーチェは抵抗していたが、それも虚しいものだった。
ロロが衛兵を止めようとしたが、ティティールから腹に蹴りを喰らった。それは、ただの子供の一撃に見えたが、その威力は絶大だ。ロロはカウンターまで吹き飛ばされて、壁に激突した。
「乱暴は辞めるのよ!」
「乱暴してるのはお前だろ!」
ロロが割れて肩にかかったグラスの欠片を払い落とした。
「あの、ティティール様? これはどういうことなんですか?」
ソラは目の前で何が起きているのか分からなかった。アーチェはどうして連れて行かれてしまったのか。それは髪色と何か関係があるのだろうか。
困惑するソラにティティールはその瞳を向けた。それはまだ幼いが、確かに聡明さを感じさせていた。
「お前たちはあの金髪の連れですの? では、一緒に来てもらうわよ!」
彼女が持っていた扇子を広げた。綺麗な装飾がついた随分と立派な扇子だ。
ティティールの振る舞いはなんとなくセザールに似ている。だからこそ懐かしさを覚えた。しかし、まだ話が分からない。理由をしっかりと説明してほしいものだ。
「来てもらうって……話が分からないんですけど……?」
「説明している時間はないのです。しかも、旅人と見ましたわ。話はじっくりと城で聞いてもらいます」
城。こういう状況では行くしかなさそうだ。ソラなら衛兵を追いかけて無理やり、アーチェを引き剥がすことができそうだが、この街ではあまり騒動を起こしたくはない。そもそも相手は王族だ。
「分かりました。ロロ、怪我してない?」
ソラは身を起こしたロロに声をかける。かなり激しく背中をぶつけていたようだが、大丈夫だろうか。
「何とか、まだ腹が痛いけど……。こんなの誘拐だぞ」
ロロが口を尖らせた。それはその通りだ。しばらくすると、放心状態だった女将が近づいてきた。目には怒りを滲ませている。
「ちょっと! ティティール様! 店内が滅茶苦茶じゃないの!」
彼女は王族だからといって、口調を手加減することはなかった。ティティールはそれを見ても悪びれた様子すら見せない。
「騒ぐのではありませんの。あとで、賠償はしますから……いたた! 何をするの!」
「全く! 王女様だからって容赦しませんからね!」
頬をつねられたティティールは女将を睨みつけた。女将の瞳はそれでも揺るがない。他の客の間にも次第に笑いが起こった。どうやらよくある光景のようだ。ティティールは不満気な表情を作ると、ソラの手を引っ張った。
「ほら、早く父上に会うのよ!」
「わ、ちょっと待ってください!」
ぐいっと引っ張られて、ソラはバランスを崩しそうになる。幼いが、凄い力だ。
「おい、手を離せ!」
「お前もついてくるのです。これは歴史的瞬間なのですよ」
さっぱり意味が分からないが、今はついて行くしかなさそうだ。ソラたちはティティールに導かれるまま、城へと向かった。
◆
大きな城の両扉が開く。まるで空気が変わったかのように感じた。
石造りの天井は高く、床のタイルは銀色に輝いている。紅の絨毯は玉座へとまっすぐ伸び、その両脇には無言の騎士たちが整然と並んでいた。
兜の奥に隠れた目は、客人を値踏みするように冷ややかだ。
けれど、彼等の鎧には一点の汚れもなく、王国の誇りがそこに宿っていた。
玉座は高段の上。純白の石で組まれた台座の上に、金と紅で飾られた椅子が鎮座している。
そこに座す王は、長い歳月をその身に刻んだ壮年の男。だがその眼光は未だ鋭く、剣よりも鋭い意志を帯びていた。ティティールに容姿がそっくりだ。親子だろう。
彼がひとたび手を挙げると、空気が震えたような気がした。
背後に控える文官たちが一斉に頭を下げる。沈黙が支配するその瞬間、まるで時が止まったかのようだった。ロロも空気を読んで言葉を発することはしなかった。アーチェの姿はどこにも見えない。心配だ。
「――面を上げよ、旅の者よ。」
その声は堂々としており、不思議と温かみがあった。声が広間の壁に反響し、何度もこだました。
ソラはおそるおそる顔を上げる。
頭上で揺らめく巨大なシャンデリアの光が、王の金の冠を照らした。
彼は一瞬だけ、ソラの髪色を見た。けれど、それは気の所為だったのかもしれない。
「私の名前はハプセルブルク・レオナード」
「変な名前……」
「し!」
すぐに口を開いたロロに対して、ソラは口を紡がせた。幸い、小さな声だったので王には聞こえてないようだ。ソラも変な名前だと思ったが、ここは黙っているのが吉だ。
「長きにわたる停滞がやっと終わる。ティティールよ、よくぞあの子を連れてきた。流石、私の子だ」
王の目が側で控えていたティティールに向けられる。その瞳は愛情に満ちていて、親の愛が伝わってくる。
「このティティール、王族として当たり前のことをしたまでです!」
父の賛辞の言葉を聞いて、ティティールは控えめな笑顔を浮かべた。
「フフ、自慢の娘だな。さて、お主たちは、旅人だろう? どこから来たのだ?」
王の言葉の先はソラたちに向けられる。威圧感はティティールとの会話で少なくなっていた。
「私たちはカーデランから来ました」
「カーデラン? 聞いたことがない名だな。まぁ、よい。あのアーチェという少年にはしばらくここに留まってもらう」
「なぜですか?」
「金髪碧眼は特別な力を持つ証なのだ。まさか知らぬとは言わせぬ」
特別。この地ではそのようだ。アーチェは確かに金髪だが、碧眼ではない――。
「でもアーチェは私たちの仲間で、それに彼は碧眼じゃないんですけど……」
「そんなことは分かっておる! 金髪であれば十分だ! おい衛兵! アーチェをここに連れて参れ」
「かしこまりました!」
王の側にいた近衛兵が王の間から、退出したと思うとアーチェを連れてきた。アーチェにはなぜか、鎧が着せられていた。その鎧は金属でできていて、頑丈そうではあるがアーチェには重いだろう。
「アーチェ!」
「ソラ、これ重いよ」
「さぁ、アーチェ! これが勇者の剣だ。お主なら抜くことができるはず! やってみるのだ!」
王は自身が持っている剣をアーチェに投げ飛ばした。アーチェはそれを受け取ったが、剣の重みに前のみりになる。それは眼を見張るほど美しい剣だ。
勇者の剣、それはただの金属ではなかった。
柄は白銀に輝き、中央には青い宝玉が埋め込まれており、その奥で淡い光が脈打つように明滅している。
鍔には古代文字の刻印が走り、かすかに金の線が脈動する。近くで見れば、その線はまるで生きているようだ。
この剣を知らぬ者でも、これがただの剣ではないと分かるだろう。
アーチェは諦めた顔で、その剣の柄に手をかけ、ゆっくりと引き抜こうとした。
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