45.旅立ち、そして不穏
「よしっと」
ソラは鞄を確認した。最終確認はバッチリだ。あとは、揃っていない人を待つだけだ。今いないのはラーフラだけだ。
「本気でエドワードたちと行動するのか?」
「目的は同じだし!」
ロロは、エドワードたちが旅について来ることにまだ不満を持っていた。本人が後ろにいるのに凄い度胸だ。彼は絶対に聞こえているだろうに、ロロを裁くことはしない。思っていたよりも寛容なようだ。
「ソラよ、気を付けて行くがよい」
「セザール、お前本当に行かないのかよ」
「おぉ、ロロ。すまない。できれば、もっと演奏を習いたかったが叶わないようだ」
セザールはカーデランに残ることにしたようだ。カダのためにもそれがいいだろう。だが、淋しいものがある。まだ三カ月の付き合いだが、セザールの人柄にはもう十分に触れていた。ロロは魔法を習いながら渋々アコーディオンの演奏を教えていたようで、寝ている時もその演奏が聴こえてきた。
カダはセザールの手を握っていた。紅竜の襲撃からすっかり大人しくなってしまった。当然だ。唯一の身内の祖母が死んで、天涯孤独の身となってしまったのだ。兄を失ったテレーナはすぐに再起していたが、本来はこれが普通の反応なのだ。
片目は視力を失ってしまったらしく、アーチェにはもう手の施しようがないらしい。アーチェは落ち込んでいたが、たとえ回復魔法であっても視力をもとに戻すことはできないのだという。だから、そんなに落ち込む必要はないのだ。
「カダ、元気でね」
「うん、ソラもな。またここに戻ってくるよな?」
カダは恐る恐る聞いてきた。戻る――。それはずっと先のことのように思えた。このまま北側に向かうのは帰りは行きと反対の道で帰ることで、効率よく地図を埋められると思ったからだ。
カーデランに寄るとなると、遠回りになってしまう。だがそんな事は些細なことだ。ソラは彼の手を握りしめた。
「もちろん!」
カダのはにかんだ笑顔をこれから先も忘れないだろう。すっかりと英気を失ってしまった都を見て、ソラは多少の罪悪感があった。あの日、おかしなことを考えてしまったからだろうか。
カダの背後に隠れていたアデルがカダに自身の頭を擦り寄せた。アデルは森に隠れていたようで無事だったのだ。運の良い犬だ。
「ラーフラはまだか。遅すぎる……」
エドワードが苛立ったように首から下げている時計を眺めた。時計を見るのは珍しい。一般人はなかなか持てない貴重な品なのだ。一度見せてほしいものだが、贅沢は言えない。それに太陽の眩しい光を浴びることで大抵の時間は分かる。
彼と出会った時から、既に数週間経っていたが、ソラ達は彼等とあまり関わる機会がなかった。アーチェとラーフラがよく話していたのは見たが、ラーフラは結構誰とでも話すので特別仲良くしているようには見えなかった。
だからこそエドワードの人格がまだ分からない。彼は怪我人の治療が終わる間、どこかに姿を消してしまうことが多く、不思議な存在だった。
彼と行動をしたがらないロロの思いも分かるが、せっかくだから一緒に行動してた方がメリットが多いだろう。
「あいつを置いていくか」
「ロロ、それは酷いよ」
アーチェが箱の中の医療用具を整えながら言った。箱の中にはカーデランで採取した色んな薬草が入っている。
「何だよ、アーチェ? 同族意識か?」
「そんな理由じゃないよ」
旅立ちのメンバーは、ソラ、ロロ、アーチェ、エドワード、ラーフラの五人だ。本来、ここにテレーナもいただろうかと、残念な気持ちになる。彼女はどうして姿を消したのか誰にも分からなかった。
置き手紙があるのだから、誘拐や事件といったことはないだろうが、やはり心配だ。旅をしていればまた出会うことがあるだろうか。
ロロはテレーナがいなくなったことに対してどこかホッとしていたようで、アーチェは複雑な表情を浮かべていた。そこからは何を考えているのか読むことができなかった。
ダリオはそんな二人とは対照的にかなり心配していて、そんな彼の様子を見ていると忍びなかった。今となってはもう見ることもできない景色だ。
「おーい、お待たせ!」
空中から声がする。ラーフラが飛んでこちらにやって来ていた。彼は着地をすると、待たせてしまったことを悪びれる様子もない。エドワードが口を尖らせた。
「襲いぞ」
「王子は厳しいなぁ。ちょうともたついててさ。もう大丈夫」
気のせいだろうか。彼の赤い髪と赤い翼がいつもより鮮明に見える。しかしこれは太陽の光のせいかもしれない。
「じゃあ、セザール。今までありがとう」
ソラは別れを告げた。残された都の人々も口々に別れの言葉を口にする。それはソラたちの旅立ちを本心から淋しいと感じているようで、彼等の心根のあたたかさが伝わってきた。ここは本当にいい都なのだ。
「ソラ、ロロ、アーチェ! 息災であれよ!」
「みんな、元気でなー!」
背後からセザールたちの声が聞こえてきた。ソラは後ろを振り返らないことにした。そんなことをしては余計に名残惜しくなってしまう。
ソラは新たな旅立ちに歩み始めた。
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「ソラたちは行ってしまったか」
「うん、淋しくなるね」
カダが俯いた。未だに彼から昔のような元気な笑顔を取り戻せないでいる。セザールは改めて、自身の非力さを感じていた。どんなに強くなって魔法を極めても、結局子供一人すら笑わせることはできないのだ。
セザールは一つの場所に留まるのが苦手だった。だからこそ、家族も捨てて旅に出たのだ。
北の大陸にも興味はあった。いずれ世界中を冒険することがセザールの夢だったからだ。しかし、もういいのだ。この幼い少年の導き人こそが最も価値あることだ。いや、価値などという言葉でまとめるのは正しくない。
ソダシもそう思ったのだ。だからこそ、長年夢に見た帰郷を諦めたのである。だからといって悲劇では決してないのだ。それにしてもソダシは見送りにはこないのか。セザールは少し不審に思った。
大階段の上にある建物に彼はいるだろう。しかしそこまでセザールは波動を感じ取れない。ソラのように広範囲の波動を感じ取るのは一千万人に一人の才能だろう。
「カダよ。少しここで待てるな」
セザールの言葉にカダは頷いた。セザールは大階段を少しずつ登っていった。この上の建物は奇跡的に火の難を逃れたのだった。嫌な予感が沸き起こる。この予感は何だ。気づくと彼は走っていた。波動を読み取る。それはとても小さく弱々しいものだった。彼の身に何かが起こっている。
「ソダシ!」
ドアを乱暴に叩く。いつもはこの両開きのドアは開かれていた。何かがおかしい。セザールはドアを蹴破った。
「……! ソダシ……」
セザールは地面に横たわっているソダシに駆け寄った。彼の腹部からは大量に出血をしていた。喉も切られており、言葉が発せられないのだ。もう死の直前だ。
回復魔法でも直せたかどうか定かではない。セザールは彼を抱え込んだ。動かすのは良くないことだ。しかし、放っておくことはできない。
「ソダシ! 何があった!」
彼が答えられないことは分かっている。だが、言葉以外にも伝える方法はある。ソダシはその震える手で、飾られていた壁画を指差した。ところどころ燃えているが、彼が指差したものを読み取ることはできた。それは――。
「鳥……の絵?」
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