43.翼を広げて
ソラはペンダントを無くさないように首にかけた。ソダシは残った人々に声をかけるのだという。そういえばロロの様子を見かけたない。どこに行ってしまったのだろうか。体はかなり疲れていたようで波動を読み取ることができなかった。仕方がなくソラは歩いてロロを探した。
「うるせぇな。命令すんなよ」
「私がそんな汚いものに触れるわけがないだろう? お前がやれ」
「何だよ。くそ……」
少しするとロロのぶっきらぼうな口調とやけに偉そうな話し方をする少年の声が聞こえてくる。声のもとに辿り着くと、やはりロロとエドワードだった。ロロは残骸を片付けさせられていて、それをエドワードが見下ろしている。
「あ、ソラか。さっさとこの都を出ようぜ。こいつと一緒にいるのはもう懲り懲りだ」
ロロが助かったと言わんばかりに残骸をエドワードに投げつけた。彼の豪華な服が一瞬で真っ黒になる。しかし、ロロはそんなエドワードを気にした様子もなく、ソラの元に駆け寄ってきた。
「おい! 何をする!」
仮にも王族にそんなことをしていいのかと不安になるが、ロロは遠慮がない。
「ソダシから話は聞いたんだろ? ソラもここから出たいよな?」
ソラは都を見渡した。この都は居心地が悪い。それにソラ達は旅を続けなければいけない。紅竜がいなくなった今、ここにとどまる理由はないのだ。出発するなら早い方がいい。
「うん、治療が一通り終わったら、出ようと思うよ」
「そりゃあ、よかった」
アーチェは少し休むと言って、どこかに行ってしまった。怪我人が完治するにはまだ時間がかかるだろう。特にカダの目が心配だ。
エドワードが服の汚れをはたきながらソラ達に視線を向けた。その目には威圧感がある。王族の威厳だろうか。それに対してソラは息を詰めた。
ソラもあまり立場が上の人間が好きではないのかもしれない。
やりとりを聞いていたエドワードは予想外の一言を言った。
「なるほど、では私たちも同行しよう」
「え!」
「おい! 何勝手に決めてんだ! 大体、お前王子だろ! 王子様がこんな所にいていていいのかよ?!」
「こちらとて事情はあるのだ」
「ふーん」
ロロは口を紡いだ。
エドワードは興味がないというように、手を振ると歩いていった。彼の目はどこか寂しげだった。誰かに似ている気がする。あの目を昔、どこかで見たことがあった。
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アーチェは屋根の上で翼を休めていた。こうして定期的に手袋を外さないとすぐに羽根が傷んでしまう。その羽根自体は他の鳥人と変わらないのだ。しかし、翼が小さ過ぎる。
これでは空を飛ぶことはできない。だからこそ、何かをしたかった。何かの役に立ちたかった。そして医者になった。薬学や医術の知識を多く身につけた。
ここの地に来たのもひとえにアーチェの夢のためだった。
けれど、この地で魔法というものを知った。魔法があればより多くの人の役に立てる。そう考えて、魔法を習っていたがやはりその道の才能はないようだ。セザールは才能がない者は多くの時間がかかると言っていた。
あのセザールも特別性能があるわけではないようだ。魔法を使えるようになるのに三十年かかったというのだから。寿命が長いセザールならばそれでもいいのかもしれないが、アーチェの寿命はそんなに長くないのだ。三十年も待っていられない。
都の人々の治療は終わった。もうアーチェがいなくても大丈夫だろう。地図はまだ少しも埋まっていないのだ。地図を見ればこのアデアがどれだけ広い大陸かが分かるだろう。かなり歩いたはずなのに全然地図が描かれていない。
「バァ!」
「わ! あ!」
目の前に突然現れた人物に驚きアーチェは体勢を崩して屋根から落っこちそうになる。目の前の相手はそんなアーチェの手を掴んで、体勢を元に戻してくれた。赤い翼が宙に広がる。
「やぁ! アーチェ!」
「誰? 君……」
「俺の名前はラーフラ。背高いね。仲良くしよ!」
ラーフラはアーチェの横に体をピッタリとくっつけて座った。やけに馴れ馴れしい少年だ。翼を隠していないときに現れたのは非常に不快だ。しかし、今さら隠すのも目立つ。それにもう見られてしまったのだから、隠すのは意味のない行為だ。
ラーフラ。確かソラの腕を診ていたときにソラが言っていた名前だ。紅竜を撃ち落とした少年。こうして間近で見るとあまり強そうには見えない。
「君、翼小さいね。それじゃあ、飛べないでしょ」
「はっきり言うね」
ラーフラの言葉はアーチェのコンプレックスに関わっていたが、アーチェが腹を立てなかったのはラーフラの言葉に悪意がなかったからだ。ラーフラはニコニコとしていて、気を悪くすることはなかった。本当の鳥人を知ってしまうと、この程度では全く腹は立たない。
「君、鳥人にしては嫌味がないね」
「俺、人間に育てられたんだよ。もう死んじゃったんだけどね」
ラーフラの言葉にアーチェは父親のことを思い出した。人間で空を飛べない彼を――。
アーチェはすぐにその思いを払った。思い出しても意味がないのだ。父親はもうこの世にいないのだから。
人間に育てられた。なるほど、彼からは鳥人特有の偉ぶった態度を感じないわけだ。
「アーチェも都を出るでしょ?」
「え、何の話?」
急に話を変えられ、アーチェは戸惑った。やけに調子がいい子だ。落ち着きもないし、アーチェと同い年に見えるというのにやけに子供っぽい。
そんな人物をアーチェは知っている。
「アーチェはソラと、……あとあの黒っぽい灰色の髪の子とこの地を冒険してるんでしょ?」
ロロのことだろう。名前を覚えられていない彼が不憫だ。
「そうだけど。それが何か君に関係あるの?」
少し棘のある言い方になってしまった。しかし、ラーフラは気にした様子もない。
「関係あるよー。俺もエドワードも一緒に行くからね」
エドワードという名前を聞いてアーチェはぐらりとした。なぜ、彼が旅に同行するのだ。あの悪名高きローテリア王国の王子とはあまり近寄りたくない。
「エドワードってローテリヴァの王子でしょ? 何でそんなことするの?」
「いいじゃん。何でも! 俺の予想だと、怪我人の手当が一通り終わったら、ここを出ると思う! きっとソラならそう考える!」
ラーフラの言い方がアーチェは引っかかった。
「ソラと知り合いなの?」
「うん? 会ったばかりだけど!」
「そうなんだ……。知ってる感じだったから……」
会ったばかりの人の思考など分かるものだろうか。ラーフラは少し変わっている。ラーフラが肩を組んできた。彼の羽がアーチェの顔をくすぐる。
「アーチェも行くでしょ? 何か悩んでる感じだったから」
「よく分かったね。まぁ、魔法のことでちょっとね」
あまり悩みを打ち明けたくはない。そもそも会ったばかりだ。ラーフラはそれを聞いて嬉しそうな顔をした。
「魔法、俺使えたよ! 楽しかった!」
「どうやって使えたの?」
外から来たラーフラは魔法を知らなかったはずだ。どうやって魔法を使うことができたのか気になる。それを知れば、アーチェにも魔法が使えるようになるかもしれない。
「んー、何かバーンってやったらできた!」
「抽象的だなぁ」
ラーフラの言葉はあまり、いや役には立たなかった。効果音で言われても訳がわからない。
「魔法は理屈じゃないよ。頭で考えちゃだめなんだ、きっと!」
彼はそう言うと、飛び上がった。その綺麗な飛び方にアーチェは羨望の目を向けた。
「いいなぁ」
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