42.予言と旅立ち
ソラは包帯が巻かれた自身の腕を見つめた。塗り薬が効いてきたようでかなり痛みはなくなっている。
「ソラ殿、体調はどうですかな?」
目の前に現れたのはソダシだ。目に優しい光を浮かべている。彼はよたよたとソラの隣に座った。ソラは焼け焦げた大階段の残骸に座り込んでいた。
「かなり良くなってきました」
「おうおう、それはよかったです」
「紅竜、倒しましたね」
「えぇ、それは本当に良かった。しかし、ここまでの犠牲は考えていなかった」
彼の目が涙で潤む。こんな景色を見れば、長く住んでいる者は涙の一つぐらい流すだろう。
悲しんでいるところ申し訳ないが、ソラにはどうしてもソダシに聞いておきたいことがあった。
「ソダシ様、セザールから予言の事を聞いたんですけれど……」
その言葉にソダシは目を細めた。予言。そんなものは信じがたいが、魔法を経験してきたソラは超人的な力の存在を信じていた。
「ソラ殿にも知ってるもらわなければ、いけませんな。しかし、その前にまず我々の昔話を知ってもらう必要があるのです。聞いてもらえますかな?」
「はい、もちろん」
ソラは頷いた。昔話を知る必要があるのなら喜んで聞こう。
「我々は元々、紅竜が道を塞いでたずっと向こう側に住んでいたのです。しかし移動の際、紅竜が当然現れて我々は帰る道を失ったのです。戻れなくなった我々は都を作り、そこで暮らしました」
その言葉にソラは驚いた。ソダシの話をそのまま解釈するのなら、北に人が住んでいたということだ。いや、住んでいるという方が正しいだろう。この地にはこのカーデランの都だけではないのだろうか。
「では、あの向こう側にもまだ人は住んでいるんですか?」
「そうです。貴方が想像もできないほど多くの人間やモンスターが住んでいるのです」
聞き覚えのない言葉が出る。モンスター。その言葉をソラは初めて聞いた。ソラはその言葉を繰り返した。
「もんすたー?」
「ここに来るまでに色々な不思議な生物に出会ったことでしょう。それを我々はまとめてモンスターと呼びます。都の人間は私以外はもうここで生まれ育った者ですからね。この言葉は使いませんが……」
ソラは今まで会ってきた生き物の存在を思い出した。色を変化させる大蛇に人を狂わせる怪鳥、鼠の頭を持つ蜘蛛、砂漠を泳ぐ鯨。それらは全てモンスターだったのだ。そしてそう思うのと同時に、一つの疑惑がソラの頭に浮かんだ。
「あの、言いづらいんですけど、ソダシ様ってもしかして……」
「えぇ、私はモンスターの一種です」
「やっぱり!」
予想していた通りの言葉が返ってきて、ソラはつい声が出てしまう。ソダシの見た目は変わっていると出会った時から思っていた。その理由はソダシがモンスターだったからなのだ。
しかし大きな驚きはない。話すモンスターなら、シュトラーゼがいた。洞窟を壊してしまったが、生きているだろうか。少し安否が気になる。
「私は弟共に昔、人に育ててもらいましてね。すっかりと人間に溶け込んでしまいました。さてと、話の続きですね。我々はもう諦めていたのです。定期的に来る紅竜、それに塞がれた道。しかし、半年前に予言をもらったのです。それは外から来る者が道を開かんという言葉でした。」
「それがラーフラのことだったんですね」
紅竜を一撃で撃ち落としたラーフラ。予言とは彼のことを言っていたのだ。
「どうでしょう。こればかりは誰であったか分かりません。それにあのラーフラという少年には何か異様なものを感じます。まぁ、我々の恩人の一人ですので、そんなことを言ってはバチが当たりますが……」
ソダシはいつもの表情に戻った。ラーフラは確かに不気味な子だが、都を救ったことは事実だった。ソラはラーフラのあの言葉を思い出した。「俺と壊そう、手伝って上げるよ」。あの時の感情までもが蘇ってくる。ソラはその思いを払拭しようと、思い出を振り払った。
「ソダシ様は戻るんですか?」
どこにとは言わなかった。それは彼が一番分かっているはずだ。
「……。今は都の人間を放っておいて行くわけにはいきませんな。子供が多く長旅は出来ませぬ。故郷に戻りたいと思っている者ももういませぬ。それに弟も生きているか分かりません……。ソラ殿、貴方達は北に旅立つのでしょう?」
「そのつもりです」
ソラ達は旅を続ける。北にも行くことになる。ソラは頷いた。
それを聞いたソダシは首から下げているものを外した。それは石のアクセサリーだった。確かこういう物はネックレスというはずだ。もっと正しい言い方ならペンダントだろう。
「では、私の弟に会ったらこれを渡してはくれませんか?」
ソダシの手からペンダントが渡される。ソラはそれを壊さないように最新の注意を払いながら受け取った。重い。ソダシの長い思い出がそのペンダントを重くしていた。
「これは……」
「私のとても大事にしている物です。これを見せて私は元気に生きているとお伝え下さい」
ソダシの目にもう涙はなかった。彼は決意を固めたのだ。長きにわたり想っていた故郷を諦め、ここで生き残った人々を再起させることに決めたのだ。
それはどれだけ辛い決断であっただろう。自身の夢を諦めて他人の為に尽くすとういうのはどういう感覚なのだろう。ソラにはそれがあまり想像できなかったた。
「ソダシ様……」
何かを言わなければと思った。しかし、相応しい言葉が出てこない。しかし、彼は気にした様子もなく笑った。
「そんな残念な顔をしなくても大丈夫ですよ。出会いもあれば別れもあるもの。私は自分の道を歩みますので」
その瞳は決意に溢れていた。それは一つの選択なのだ。間違いではない。ソラはペンダントを見つめた。
ところどころ傷ができている。かなり古いものだ。それでもなお、残っているのはソダシがとても大事に持っていたからだった。
「約束します。これは必ず渡します」
ソラはペンダントを優しく握りしめた。
「ありがとう、ソラ殿」
これは約束だった。
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