3.知らぬ世界の水面の自分
ソラは水面に映る自身の顔をまじまじと覗き込んだ。銀色の髪、青い瞳。どこか他人のようにも見えるその顔は、記憶を失った今の自分には得体の知れない存在だった。
「記憶がなくても、自分の顔を見れば…思い出せるかもしれないと思ったんだけどな」
そんな期待を胸に、水面に手を伸ばした。指先が水をかき混ぜると、揺らめく波紋に自分の顔が歪んで映る。そうしていると、妙に落ち着いた。
「わっ!」
慌てて後ろに倒れる。草木が柔らかく受け止め、体の痛みを和らげる。水面から飛び出したのは、一匹の魚。見たことのない色合いだった。アデア特有の生き物なのだろうか。
心臓が高鳴る。未知なる世界に足を踏み入れた感覚。それは、どんな記憶よりもリアルにソラの胸を揺さぶった。
好奇心に駆られ、ソラは再び水に顔を突っ込む。ゆらめく水中、光を反射して泳ぐ魚たち、見慣れない海藻。息が苦しいことも忘れるほどに、その光景に夢中になる。しかし、すぐに呼吸が苦しくなり顔を上げた。
その時、水面にもう一つの影を見た。ロロが背後に立っていた。義足の特徴的な金属音も、考え事に夢中だったソラには聞こえなかったのだ。
「そこの川は安全だと思うけど、気をつけろよ」
「あ、ごめん。つい…」
ロロは肩をすくめ、いたずらっぽく笑った。
「昨日のことは気にするなよ。俺もアーチェも、探検したいと思っているのは同じだ」
その言葉に、ソラは少しだけ心を軽くした。無骨だけれど頼れる相棒ロロの存在は、記憶の断片を失っても、どこか懐かしい気配を残している。だからこそ、ソラは気になった。
「ロロと私は昔どんな関係だったの? ……少し気になって」
ソラがそう言うとロロは言いにくそうな顔になった。彼のアメジスト色の瞳が泳ぐ。アーチェとは探検隊を組む時に知り合ったらしいが、ロロとはそれ以前の知り合いだったようだ。どういう関係なのかはソラも気になるところだ。
「俺との関係については気にしなくていいぜ。というか、あんまりいい出会い方をしてないんだよ。だから、気にしなくて大丈夫だ」
ロロは昔のことを話すのがそんなに好きではない様子だ。ロロがあまり触れてほしくないのなら、そのままにしておこう。ソラにはもう一つ気になることがあった。
「私、本当にリーダーだったのかな? なんだか実感がなくて」
「そんなに不安なのか? じゃあ、手合わせしてみようぜ。アーチェ、審判頼む!」
突然の宣言。遠くでこちらのやりとりを見守っていたアーチェがやって来る。ソラは驚きつつも剣を握った。自然と剣に手を伸ばしたことに驚く。
「今、ここで?」
「記憶喪失でも、身体は覚えてることがあるだろ? 実戦前に確認しておくのが安全だ」
手に馴染む剣の感覚に、ソラは胸が高鳴る。初めて触れるはずの武器なのに、自然と力が入り、動きが身体に馴染む。まるで、昔の自分がそこにいるかのようだった。
ロロが先に動く。義腕と義足を使い、ソラの懐に飛び込む。圧倒的なスピードだがソラは動じない。剣を左手に持ち替え、直感的に攻撃を受け流す。力ではなく、身体感覚で対応する。それが、記憶に残らない技術の証明だった。
ロロはよろめき、体勢を崩す。だがソラの剣先は容赦なく迫り、喉元に触れた瞬間、勝負は決した。
「勝負あり! ソラの勝ちだ」
アーチェが慌てて二人の間に割り込む。周囲の木々は切り裂かれ、地面には小枝や葉が散乱していた。ソラは息を整えつつ、胸の奥で覚えのある高揚感を感じた。身体に染みついた強さ。それは記憶がなくても揺るがない。
ロロは悔しそうに顔をしかめていたが、すぐに笑みを浮かべた。
「な? 大丈夫だって言ったろ?」
ソラは剣を握ったまま、水面の揺らぎを思い出す。昨日までの自分は、この水面のように揺れていたのだろう。今は少しずつ、自分を取り戻しつつある。そんな感覚があった。
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アーチェは布でできた地図を広げ、今後の行動を説明する。歩いた地形が刻まれる不思議な地図を見つめ、ソラは再び冒険心を刺激された。記憶を失っても、この胸の高鳴りは本物だった。ソラはきっと冒険が好きなのだ。
「リーダーはソラのままでいい。僕は医者としてサポートする。戦闘はロロが指示してくれる」
「う、うん。よろしくアーチェ」
アーチェの言葉は淡々としているが、ソラの頭には昨日の水面と戦闘の感覚が残っていた。記憶はない——けれど身体は覚えている。それを実感する瞬間だった。
ソラは水面に映る自分をもう一度見た。銀色の髪、青い瞳、得体の知れない顔。だが、心の奥底では、この身体の力で世界を切り拓く自分を信じられるようになっていた。
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