38.その人物、強者なり
「何が起きているの?」
ソラは暴風に飛ばされないようにカダを抱きしめた。紅竜が撃ち落とされたのだ。誰かによって。ソラは波動を辿る。それはソラの勘違いでなければラーフラによるものだ。恐ろしいほど、綺麗な魔法だった。
それは光魔法の一瞬だ。光魔法は一番使い手が少ない魔法の一つで、その魔法を使う持ち主は貴重だとされる、とセザールが言っていた。この訓練中にソラの魔法の知識はかなりついていた。確かそのような説明であったはずだ。
カダの震えが伝わってくる。カダはまだ幼い。一ヶ月前に十歳になったばかりだ。そんなカダがこんな目に遭っていることが耐え難い。そうだ。ソラはそう思っているはずだ。
一瞬でも、ラーフラの言葉で意味の分からない事を口走ってしまったが、ソラの本心はそうではないはずなのだ。
カダの目を早く治してやりたい。しかし、ソラに回復魔法は使えない。ダリオの波動はどこにもなかった。彼はこの時間帯は都にいたはずだ。それが何を意味しているか、理解は出来るが認めたくはない。アーチェが逃がしてくれているはずだ。都の外まではソラも波動が感じ取れない。
ソラはこの惨状に胸を痛めた。カダは広範囲で波動を検知出来ないから気が付いていないが、カダがソラに真実を話した時にはもうリーザルの波動は消えていた。その側にセザールがいるのが分かったが、助けられなかったのだろう。強い彼とて神ではないのだ。
ソラは意識をしないと波動を検知する事が出来ない。そもそもソダシ以外は全員そういうものだとセザールは言ってはいたが、もし意識しなくてもずっと感じ取れているのなら、リーザルの命を枯らす事はなく、すぐに助けに行けたのかもしれない。そう思うと、ソラは奥歯を噛み締めた。
「紅竜、動かないな」
「うん、でもまだ息がある」
ソラは立ち上がった。地面に影が出来る。大階段の上からソダシが大剣を持って跳躍していた。彼の細長い黒目は大きく見開かれている。ソダシはそのまま、紅竜に向かうと、大剣を振り払った。大剣から氷の刃が飛び出て、紅竜の体を突き刺した。波動が弱まった。しかし、まだ事切れてはおらず、紅竜は立ち上がろうともがいた。また空へと飛ばれては、今度こそおしまいだ。
しかし凄まじい速さでやって来たセザールがそれを許さない。セザールは地面で絶命していた戦士の剣を走りながら奪い取ると、飛び上がって攻撃をした。無数の剣技が紅竜の急所を突いた。
何気に彼の剣技を見るのは初めてだ。それは洗練されていてとても美しいものだった。
紅竜はまだ絶命していない。翼を広げて飛び上がろうとしている。ソラもまだ見ているわけにはいかない。走り出し、風の刃を放つ。
それとほぼ同時に炎の剣技が撃ち込まれる。ロロだ。ソラとロロの連撃により、紅竜は大きな悲鳴を上げた。
それは倒れ込んだ。今度こそ動かない。目からは光が失われている。ソラは一番近くにいたセザールに駆け寄った。
「セザール、大丈夫?」
セザールの目はかなり虚ろだった。理由は分かっているが、やはり心配でつい声をかけてしまった。
「あぁ、ソラ。念願の紅竜を倒したというのに、我の心は満たされまい」
「セザール、悲しかったよね。そんな時なんだけど、カダが怪我をしちゃって――」
セザールの心の内を思うと、申し訳ないが、今はカダの様子が心配だ。
「カダ!」
ソラが言い終わる前にセザールはカダの方へと駆け出した。彼の目が迷子の子供を見つけた父親のような目になる。彼等は血が繋がってなくても家族なのだ。 カダもセザールの姿を見て、安心したように抱き付いた。
彼はカダの両親が亡くなった襲撃を知らなかった事に陰ながらショックを受けていた事を知っていた。だからこそ、今回の紅竜被害を全力で防ぎたかったのだろう。一つの場所に留まるのが苦手なセザールが長い事、このカーデランにいたのがその証拠だ。
ソラはアーチェの気配を探した。アーチェは都の人を外に避難させていたはずだ。そうすると、アーチェがソラの元に近づいて来ているのが分かった。
「ソラ!」
「アーチェ。無事で良かった! ダリオさんを知らない? カダを治療したいんだけど」
その言葉にアーチェは悔しそうに顔を俯かせた。その様子からソラはアーチェが言おうとしていることを察した。
「ダリオさんは助からなかった……。ごめん。僕が避難させる事が出来たのは二十人程なんだ。それぐらいしか生き残ってなくて……」
二十人。その数字にソラは倒れそうになった。かなりの人数が犠牲になったようだ。想像はしていたが、かなり被害が大きい。しかし、アーチェは何も悪くはない。彼は最善を尽くしたのだ。
「アーチェは悪くないよ。大丈夫!」
「僕が行くよ。回復魔法はついぞ使えるようにならなかったけど、普通の治療なら出来るから」
アーチェが常時、携帯している医療用具を取り出した。回復魔法だけが全てではない。アデアの外の地の人間は常にそうやって怪我を治してきたのだ。アーチェは魔法を使えない事をとても気にしているが、それを負い目に感じる必要は全くない。
カダの目はもう元には戻らないだろうが、あのままにしておくのは、危険だ。細菌感染する恐れもある。
「それでも十分だよ! お願い! あ、私は大丈夫だから!」
アーチェがソラの火傷に目を留めたのを見て、ソラは慌てて首を振った。本当はかなり腕は痛かったが、カダの方がどう見ても重傷だ。しかも年上のソラが先に診てもらうわけにはいかない。
アーチェは少し迷っていたが、カダの元に駆け寄った。アーチェに任せておけばもう大丈夫だ。腕っぷしの強いセザールだって側にいるのだ。
ソラはカダの事を他二人に任せて、紅竜の元へと駆けた。
その場に駆け付けると、ロロが地面に座り込んでいるのが一番に目に入る。ロロはソラに気が付いたようで顔を上げた。体はかなり火傷している。当然だが、ソラよりも酷い傷だ。
「ソラ、無事だったか」
ロロは安心した表情になった。心からソラの無事を安堵している顔だ。強気な表情が穏やかなものに変わる。そんなロロを見ていると、込み上げてくるものがある。
「ロロも良かった。無事で……」
「さっきの剣技、ソラだよな?」
「そうだよ。同じタイミングになっちゃったね」
「俺達の連携勝利だな。まぁ、他の奴等も頑張ったけどさ」
ロロは目の前に佇んでいる人物に目を向けた。それはソダシだ。黒目はいつも通りの横長に戻り、顔は哀愁が漂っている。当然だが、かなり落ち込んでいる。
「紅竜でここまでの被害が出るとは……。三年前以上です……」
「ソダシ様……」
そんなソダシにかける言葉が見つからず、ソラは声を落とした。一体、何を言うというのか。何も良い言葉が思いつかない。
「ねぇねぇ、ソラ。僕、凄かったでしょ」
そんなソラに近づいて来たのはラーフラだ。目は嬉々として輝いている。
「ラーフラ? 最初の攻撃はやっぱり貴方だったんだね」
それは分かりきっていたが、信じたくはなかった。ロロが二人が話す様子を見て、立ち上がった。
「何だ。やっぱり知り合いか」
「うん、さっき森で会ったんだ」
「仲良しだもんねー」
ラーフラはソラの体に抱きついた。その重さはアーチェよりも軽い。フワフワとした羽毛の感触が気持ちいい。不思議と不快ではなかった。
「おい、何してるんだ! ソラから離れろ!」
ロロがラーフラに突然、敵意を剥き出しにした。どうしてロロは急に送り出したのだろう。困惑するソラにラーフラは纏わり付いて、ロロを挑発する。
「何、嫉妬? けど、残念! ソラは俺と一緒にいるんだ」
「何言ってんだ! 殴るぞ!」
ロロは怪我をしていて動くのが辛いだろうに一気に活力を取り戻したようだ。ラーフラを攻撃したがっているが、ソラを盾にされているため攻撃ができない。しばらくそんな攻防戦が続く。
「酷い有様だな……」
聞き覚えのない声。それは森の中から聞こえた。ローブをかぶった少年が姿を現したのだ。声だけしか情報がないが、恐らく少年だ。波動が少し幼い。ラーフラ達に気を取られていて近づいて来ているのに気付かなかった。
「あ、エドワード! もう、まだ出てきちゃダメなんだけど!」
ラーフラがソラから離れて、彼の名を呼んだ。
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