33.才能に屈する者
セザールの言葉をソラは反芻した。訓練。彼は何を言いたいのか。
「セザール? 訓練っていうのは?」
「おぉ! うっかりしておった。してソラよ。魔法の事をもっと知りたいのだろう?」
藍色の目が全てを見透かしているかの如く、ソラを見透かした。セザールにはいつも何でもお見通しだ。彼に隠し事しようするのは無駄な行為だ。
そもそも、隠す必要もない。話そうとしていた事だ。セザールから話を振ってもらえて有り難いとも言える。
「実はそうなの」
「君の目がそれを物語っていた。そんなソラには実に朗報だろう。ソダシから、特別訓練の許可が出たのだ」
「特別訓練って?」
ソラの言葉にセザールは両腕を天へと掲げるポーズをした。そのおかげでアーチェの腕が解放される。
「よく聞いてくれた。特別訓練は本来カーデランの人しか受けられない魔法の訓練だ。その訓練をすれば、魔法をかなり使えるようになる! ロロもアーチェも参加してもらうぞ!」
セザールはロロとアーチェに目を向けた。三人で受ける事が出来てホッとする。アーチェが腕が無事か、確認しながらセザールを見上げた。
「そんな訓練、僕達に受けさせてくれるのってどうして?」
確かに、ソダシがどうして魔法の訓練を受けさせてくれるのかが気になった。有り難い話だが、何らかの意図を疑ってしまうのは仕方がない事だ。
「君達は恐らく、この地を隅々まで探索したいのだろう? カーデランの人々も長きに渡り、紅竜に苦労してきてな」
「その、紅竜を俺達に倒して欲しいって事か……」
紅竜の話はこのカーデランにいれば、嫌でも耳に入る話だ。二百年程前に現れた真っ赤な鱗を持つ竜。その竜のせいでカーデランの人々は何度も苦汁を飲まされてきたらしい。
「悪くない話であろう? 我もカーデランの地は好きなのでな! 勿論、やる気があればの話だが……」
セザールの目がソラに注目する。ソラの言葉を待っている。ソラ達の意見はもう決まっていた。
「受けるよ。セザール、ロロもアーチェも」
「それは有り難い話だ。では、訓練場に来てもらおう」
彼はその言葉に笑顔を浮かべると身を翻した。ロロが慌ててベットから起き上がると、地面に降り立った。
「それってどこにあるんだ?」
「案内しよう! 付いてくるがよい」
セザールが先導し始めた。大部屋の中央で椅子に座っていたテレーナが駆け寄って来る。もう棺桶は片付いている。都の埋葬人が遺体を受け取りに来たのだ。
都の墓に埋葬するらしい。
「あ、ねぇ。ソラ! ちょっと話を聞いちゃったんだけど、魔法って凄いんだね。私も受けたいなぁ」
テレーナが腕に抱きついて来た。尻尾を左右に激しく振っている。
「すまぬが、テレーナとやらよ。この訓練はソラ達だけなのだ。今は身を引いてくれると助かる」
セザールはテレーナに対して紳士的に対応した。ソラもテレーナに申し訳なく思った。仲間外れにしているようで気が引ける。
「ごめんね。テレーナ」
「ふーん、じゃあ。しょうがないか。あーあ、私は何してようかな」
テレーナは大人しく身を引くと、迷って部屋をグルグルと回り出した。
「ホッホ、じゃあワシの薬作りでも手伝ってもらおうかのぉ。ちょうどレシテア草の塗り薬の在庫が切れておってのぉ」
「え、それ少し羨ましい」
側でそれを見ていたダリオが笑顔で話しかける。薬作りという言葉にアーチェが目を輝かせて反応した。
レシテア草はこの地特有の薬草だろう。アーチェにとってはかなり貴重な体験のはずだ。
テレーナがニコニコしながら、アーチェの顔に目を向けた。
「アーチェ、変わる?」
「……今は辞めておくよ」
アーチェは少し迷っていたが、断った。貴重な訓練なのだから、仕方がない。
「そっか。気を付けていってきてね。三人とも!」
「うん。行ってくるね。テレーナ」
「何か嫌な感じだな。早く行こう」
ソラがテレーナに対して手を振ると、それを見ていたロロが肩を押さえた。セザールの背中を早くしろと言わんばかりに押す。
「そう急ぐでない。そうだ。向かう間、ロデンの恋愛についての話をしてやろう」
外に出ると、セザールがピンと指を天に向けた。ロデン。記憶を辿ってみたが、その名前に聞き覚えはない。ロロも同じだったようで、訝しげ気な顔をした。
「誰だよ。ロデンって?」
「大通りの裏に住んでいる手紙屋の息子だが」
セザールは、なぜそんな当たり前の事を聞くのだと言わんばかりに、首を傾げた。ソラ達は勿論、手紙屋の息子とは面識がない。しかし、恋愛の話には興味がある。
「そんな奴の恋愛の話を聞いたってどんな得があるんだよ」
「私、聞きたい!」
「ソラ?!」
ロロが驚いた声を出す。ロロには申し訳ないが、どうしても聞きたい。それに対して、セザールが嬉しそうに頷いた。
「うんうん、ソラは良い子だな。では話そう――」
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「着いたな」
訓練場は殺風景な場所だった。都の端にあり、他にも訓練をしている人がいた。こちらの様子が気になるようで、視線を少し感じる。
何も遊具がない広い公園といった感じで、周りには何もない。少しは訓練に使う物が置かれていると思っていたが、違うようだ。
「はぁ、やっと解放される」
ロロが疲れ果てた様子で呟いた。ロデンは向かいの服屋の娘に密かに思いを寄せている。好きになった理由は幼い頃に転んでいるところを助けてもらったという、シンプルな理由だ。
しかし服屋の娘はその隣の若い戦士が好きらしく、見事な三角関係になっているようだ。それ知ったロデンは戦士になろうとしているという話だった。
「どうして知らない人の恋路について詳しくならないといけないの」
アーチェも知らない人の恋愛話には興味がないようで、退屈な顔をした。ロロとアーチェの意見が合うのは今日が恐らく初めてだ。
しかしソラはそうは思わなかった。とても心が揺さぶられる話だった。
「凄くいい話だったね。二人はくっつくのか気になるな」
「そうだろ? また機会があれば話そう」
ソラの感想にセザールはニヤリと笑うと、腕を振り上げた。
「さぁ、では魔法の訓練開始だ。まずはソラはもう波動について知ってるいるからな。ソラは第一段階クリア済みだ。次のステップに入ってもらう」
次のステップに進める事は嬉しいが、ロロ達と一緒の訓練が出来ないのは残念だ。セザールは息を吸い込んだ。
「そして、ロロ!」
「何だよ? そんな大声で言わなくても、聞こえてるって」
いきなりの大声にロロは耳を塞いだ。
「ロロは既に魔法が使えているな?」
「あぁ、あぁ。その通りだよ。何だ? 俺もクリアか?」
「フフ、クリアなわけないだろう。魔法が使えても波動の事を理解していなくては、走り方を知っていて歩き方を知らないものだ。まずは基礎を知ってもらう。
アーチェもだ」
どうやらロロ達は基礎を学ばされるらしい。アーチェも背筋を正した。
「さて、ソラ。君はこのカーデランに魔法を使える者が何人いるか調べて来てもらう」
「それが訓練?」
ソラは突拍子もない訓練に疑問を持った。それに何の意味があるというのだろう。そもそも、魔法の訓練機関係があるのか。それに対してセザールは首を横に振った。
「これは立派な訓練だ。工夫するのだぞ。では、行って来るがよい」
「は、はぁ」
追い出されるかのように、訓練場を出たソラは言う通りにするために足早にその場を立ち去ろうとした。
「ちぇ、何か面倒な事になりそうだな。断っとけば良かったかな」
「ロロ、それは僕が許さないからね」
後悔しているロロにアーチェが声を低くして言った。ロロは気を悪くした様子もなく、手をやれやれというように動かした。
「はいはい、真面目だな。アーチェは」
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「うーん、でも。魔法を使える人ってどうやって調べればいいんだろう。声をかけるとか?」
ソラは都の大通りまで来ていたが、どうやって調べたらいいのか分からずに混乱していた。そもそも、何の意味があるのか分からない。
「あ、ソラ?」
「カダ! こんな所で会うなんて偶然だね」
そんなソラに声をかけてきたのはカダだった。昨日の事で心配していたが、少し元気がないだけでそんなに心配する必要はなさそうだ。カダは手に水が入ったバケツを抱えていた。カダはバケツを地面に降ろした。
「そうだな。ソラはここで何をしてるんだ?」
「今はセザールに特別訓練ってやつを受けさせられてて。その訓練中なんだ」
ソラの言葉にカダが顔を伏せた。どこか悔しそうな顔だ。
「そうなんだ。ソラは凄いな……」
「カダだって凄いよ。こんなに幼いのに、戦士になろうとしてるんだもん!」
カダを少しでも元気付けようと声を張り上げたが、カダは言いにくそうに言った。
「あ、その話なんだけど……。オイラ、戦士になるの辞める事にしたんだ」
その言葉にソラは驚いた。カダはあんなに戦士を目指したがっていたのに。
もしかしてソラが原因だろうか。昨日勝負をした時、一生ものの怪我を負わせて始末まったのだろうか心配になった。
「そうなの? もしかしてこの前、怪我させちゃったから?」
「そうじゃない! そうじゃないんだ! オイラの問題だから、気にしないで大丈夫だ」
カダは首を横に振った。その言葉にソラはそれ以上聞けなくなってしまう。カダが決めた事だから、仕方がないが、やはりソラが悪いのだろうか。
しかしカダはすぐにいつもの表情に戻った。明るく活発な顔だ。その顔立ちはやはりリーザルに似ていた。
「ソラは今は何の訓練をしてるの?」
「それがよく分からなくて、セザールからこのカーデランで魔法を使える人がどれくらいいるか調べて来いって言われたんだ」
セザールの訓練の事を言ってもいいかと一瞬迷ったが、隠すのも違うと思ったので真実を伝える。
「そんなの理屈は簡単だよ」
カダはあっけらかんと答えた。
「え、カダは知ってるの? あ、やり方聞いちゃ駄目か……」
やり方をぜひ、聞いてみたいがそれではズルになってしまう。ソラは慌ててカダの言葉を遮ろうとした。
しかし、カダは平然と言い放つ。
「ヒントぐらいなら、セザールも怒んないと思うぜ。波動の事はもう知ってるだろ? それを上手く使うんだよ」
「上手く使う……。あ、そうか!」
ソラはセザールの言葉を思い出した。セザールは工夫しろと言っていた。それより前にも波動で生物の情報が読み取れると言っていた。
それで、ソラやアーチェの種族も彼は知る事ができたのだ。答えは簡単。波動を使ってそれを探れと話だったのだ。思えば単純で簡単な話だ。
ソラは目を瞑ると、波動を読み取ることに集中した。目を瞑る必要はないが、そうした方が視界がシャットアウトされて波動に感じやすくなる。色々な光を都全体からバラバラに感じる。
それらが魔法を使える人々なのだ。この都の人口は五百人程なので、思っていたよりも魔法を使える人々がいる。勿論、側にいるカダにも反応している。
都の外も探ろうとしたが、どうやらソラが感じ取れる波動は都ぐらいの広さしかないようだ。
「百八人かな? 少し曖昧だけど」
「それで合ってるよ。オイラも魔法使える奴知ってるしな」
カダの言葉を聞いて、ソラは嬉しくなった。カダの言う通り、理屈が分かれば簡単なのだ。
「そっか……! ありがとう、カダ! セザールの所に行ってくるよ!」
ソラはカダに手を振ると駆け出した。カダはソラに向けて手を振り返す。
「うん、気ぃつけてな」
一人になったカダはバケツを再び持ち上げた。セザールが課した訓練は理屈こそは簡単だが、それは容易ではない。歴戦の戦士でも都全体の波動を感じ取ることは出来ない。
あのセザールだって、都の八割の敷地しか感じ取れないと言っていた。これが才能の差なのだ。
「やっぱり、ソラは凄いや」
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