31.誰のことも信じるな
ソラはノックをして、病室に入った。ロロの様子が心配だった。ロロはベッドで寝ていたようだ。ソラは安堵して彼に近づいた。
ロロは少しうなされているようだった。先程の反応といい、彼には何か悩みがあるのかもしれない。しかし、それをソラには打ち明けてはくれない。病室の端のベッドにはテレーナが座っていた。
「あ、ソラ。ロロの様子を見に来たの? 何かうなされてるみたいなんだよね。何でだろ?」
テレーナがニコニコと笑みを浮かべた。ロロを心配しているような、その様子を喜んでいるような不思議な表情だった。
「テレーナ、ちょっと二人にしてもらってもいいかな?」
ここは二人っきりの方がいい気がした。テレーナは悪い人ではないのだ。だけど、ここでは少し席を外して欲しい。テレーナはソラの言葉を聞いて口元に手を当てた。
「なるほどね〜。でも、私もロロの寝顔を見てたいな」
テレーナがロロに近づいた。テレーナの手がロロの頬に触れようとしている。普段のソラならそれを止めようとはしなかった。
「テレーナ!」
ソラの口から自分でも驚くぐらいの大声が出る。ロロにその手を触れさせてはいけない気がした。その声にテレーナの目が見開かれる。
「……。分かった、分かった。そんなに怖そうな顔しないでよ。ソラ」
テレーナは少し不満そうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。ソラの横を通り過ぎていくと、ドアの閉じる音が聞こえた。ソラは苦しむロロの側に近寄った。
「……」
「ロロ?」
ソラはロロに声をかけた。ロロは眠りについているが、汗を大量にかいていた。
「……そ……そら」
何かを呟いていたが、ソラの名前を呼んでいることだけは分かった。何となくロロを放って置くことが出来ずに、手を握りしめた。
少し迷って、左手を触る。男性の手とは思えないほど、細長くて小さな手だった。彼の左手には傷が多くある。剣で出来た傷だ。ここまで来るのに一体どれだけの鍛錬をしたのかが、伺える。
多くの人間は右利きだ。ロロは左手で剣を握るが、本来は右で剣を振るっていた可能性が高い。利き腕を変えるのはかなり大変だったはずだ。
そんなロロの腕を見ていると、心がチクッとした。こんな感情は今まで感じた事がない。なぜ、こんなに心がざわつくのだろう。
「そ…………そ……ら?」
それは何かを問いているようだった。ソラは手を強く握りしめると、彼に声をかけた。
「どうしたの? ここにいるよ」
その言葉にロロの目がゆっくりと見開かれた。少し怯えていた目が徐々に安堵したものに変わる。彼は震える声で呟いた。
「……、ソラ?」
「う、うん。あ、ごめんね。手を握っちゃって」
ソラは慌てて手を離した。ロロが触れられるのが苦手な事を失念していた。手を離すソラを見て、ロロが上半身を即座に起こした。ソラを強く抱きしめる。
その手にかすかな震えと安心感を感じて、ソラは戸惑った。行き場のない手を彷徨わせながら、恐る恐る言葉を紡ぐ。
「えっと、ロロ?」
ロロはまだ寝ぼけているのだろうか。いつもの彼らしくない。
「偽物じゃないよな?」
「?」
その問いにソラは意味が分からず、言葉がすぐに出てこない。しかしロロは答えを求めていないようだった。ソラを強く抱きしめて、安心したように呟く。
「本物だよな」
「うん。そうだよ」
ソラはそう答えると、ロロの背中を撫でた。昔これと同じことをロロにしたような気がした。いや、したことがある。ソラが忘れているだけだ。
「……、嫌な夢を見てたんだ。凄く――」
「そうなの? でも、大丈夫だよ。ここには何も危険な事なんか――」
「ソラ、俺のこと信じないでくれよな」
ロロは体を元に戻すと、ソラの言葉を遮った。彼の目はまだ不安そうな光を放っているが、寝ぼけているわけではないようだ。
「誰のことも信じるな。たとえ俺のことだって。アーチェだってそうだ」
ロロは真剣に言い放った。ロロの言葉は真面目なもので、ロロはソラのことを本心から心配しているのが伝わってくる。
「でも、私はロロは悪い人だって思わないけど」
「……。アーチェと何か話したのか?」
まずい。アーチェから聞いた話をロロに言うわけにはいかない。ロロがアーチェを口止めしたのだから、もしアーチェの話を伝えれば、ロロがアーチェをどうするか分からない。
アーチェと話した別の話に切り替えよう。
「あ、うん。これからのことなんだけど、このカーデランで魔法を習うのはどうかなって話になって」
「魔法なんかないさ。あんなのおとぎ話だ」
ソラとアーチェの提案を聞いて、ロロは顔を背けた。
「もう! 強情なんだから。じゃあ、モデラートを倒せた時のあれは何だったって言うの」
「……」
ロロは言葉を返さなかった。流石にあの状況を見て、魔法が存在しないというのは無理がある事は誰にだって明らかだ。ソラはロロの目を真っ直ぐと見据えた。
「ロロはもう魔法を知ってるんじゃないの?」
「どうしてそう思うんだ」
「私の目は誤魔かせないよ!」
アーチェから聞いた事はあんまり話したくないが、そうでもしないとロロから本当の事を聞き出せない。ロロはそれに堪忍した顔になる。
「不思議な力が時々使える時はある」
ソラは真実をすぐに教えてくれたロロに驚いた。やはり、彼は悪い人間でない。
「じゃあ、やって見せてくれない?」
ロロの魔法がどんなものか興味がある。ソラはもう魔法の虜になっていた。ロロが魔法を使えるのならぜひ、見てみたい。
「いや、俺あんまり好きじゃないんだ。あの時の感覚が」
「そっか、残念。ロロの魔法見たかったんだけど……」
残念だが、本人が嫌なら仕方がない。強要するわけにはいかない。落ち込んだ様子を目にした彼は意外な発言をする。
「ちょっとだけならいいぜ。あんまり上手く出来ないかもだけど」
「ほんと! お願い」
どうして気が変わったのか、不思議だが、見せてくれるのなら遠慮している場合ではない。感覚が好きではないロロに魔法を使わせるのは少し申し訳ないが、本人がせっかく見せてくれるというのだ。
「……。感覚が難しいな」
ロロは右腕を構えながら、怪訝な顔をした。そうしていると、少し経ってロロの掌の部分から、火が出た。青い火だ。綺麗だし、驚きもしたが、火というと嫌なことを思い出した。
「ほら、こうやって火が出せるだけなんだ」
「……」
ロロはソラの様子に気が付かず、火を消したが、ソラの目を見て慌てて言い訳をした。
「違うぜ! 俺じゃないって! 何でそんな目で見るんだよ。こんな状況だからこそ、言いたくなかったのもあるんだ」
「あ、違うよ! 今日の事件の事を思い出して暗い気分になっちゃって! というか、ロロはその時間私といたんだから、ちゃんと分かってるよ」
「そうか、それならいいんだけど」
「でも、どうして物が無いのに出せるんだろ。あ、そっかそれが媒体になってるのかも」
「何の話だ?」
「魔法は物を媒体にして使えるんだよ。多分、ロロは義手が媒介になってるんだと思う」
魔法を使う際は義手も媒体の対象になるようだ。考えてみれば、当然だが、義手を使うという発想はなかった。そうすると、左足からも魔法が出せるのだろうか。
「ふーん。じゃあ、俺は便利だな。いつでも使える」
ロロもソラと同じ考えに辿りついたようだ。ロロに顔を近づける。
「その力、もっと鍛えてみたくない?」
「ソラがそうしたいならいいけど。俺は別にここにいてもいいって思ってたしな」
予想外にも、彼はカーデランにいることは別に構わないようだ。その様子に少し驚く。
「意外。ロロは早くアデアを攻略したいのかと思ってた」
「俺は安寧の地が欲しいだけなんだ。ここはかなりいい所だしな。ソラもそう思わないか?」
その問いにソラは少し考え込んだ。その言葉に即答出来ない自分がいる。
「うーん、でも私はやっぱりアデアを攻略してみたいな。ロロには悪いけど、多分こういう冒険が好きなんだと思う」
「あ、ああ。そうだよな」
ロロは別に腹を立てたりはしなかった。そのぶっきらぼうな口調に安堵する。
「ロロ、いつもの調子に戻って良かった」
「悪ぃ。さっきは取り乱しただけなんだ」
ロロは居心地が悪そうにそう返した。さっきはきっと調子が悪かっただけなのだ。
「うん。辛かったら遠慮せずに言ってね」
「お邪魔するぞ! ソラ、ロロ!」
ソラの言葉を合図にするかのように、ドアが勢いよく開いた。アーチェが一緒だが、手袋の部分を強く引っ張られている。突然前触れもなく、現れたセザールの姿にソラは意表を突かれた。彼はどこか興奮しているようにも見える。
「せ、セザール? どうかしたの?」
「ちょっと、セザール! 引っ張らないでよ。抜けちゃうって!」
アーチェが文句を言いながら、彼の腕を振り払おうとしたが、振り払えない。セザールはそんなアーチェの様子を気にしてはいない。
「君達の試練の許可が下りたぞ! これから、忙しくなる!」
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