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30.ロロと小瓶の秘密

 小屋に帰ると、埋葬の準備が行われていた。急な展開にソラは驚いた。どうやら、森の中で焼け焦げた死体が見つかったようだ。

 アーチェとテレーナがそれを発見したらしい。けれど、アーチェは少し元気がない。テレーナは見かけない。


「物騒な話だよな」


 ロロは腕を腰に当てた。森。それはハクが昨日去って行った森だった。

 これは偶然ではない気がした。しかし、ハクのことを話せば、何を言われたかを話す流れになるかもしれない。だが、背に腹は代えられない。ソラはロロの方を振り返った。


「あの、ロロ」


「うん?」

 

 ロロは義手をいじる手を止めた。


「昨日のことなんだけど、私もあの森の手前でハクに会ったんだ」


「ハクって確か、あのムカつくやつか」


 ソラの言葉にロロは頭を捻った。


「うん、ごめん。話さなくて。でも、そのことが関係あるのかなって思ってさ」


「そうか……。でもそのことは確定するまで言わない方がいいぜ」


 ロロの意外な言葉にソラは疑問を持った。


「どうして?」


「あいつもソラと同じだろ。もし同じって思われたら、関係を疑われるかもしれない」


 ロロの言葉にソラは驚いた。今までハクのことばかり気にしていて、自分のことについては考えたことがなかった。しかし言われてみれば、言わない方が得策なのかもしれない。

 死んだのが都の人間かは分からないが、例えそうでなくてもあまり言わない方が良いだろう。 ロロは意外と頭が回る。


「確かにそうかもしれない。というか、気づいてたんだ、ロロ。あの人がその――」


 シルバーブラッドであることをと言おうとしたが、上手く言葉にならない。しかし、ロロは言いたいことを悟ったようだ。


「あぁ、お前に同族とか言ってたし、それ以外の銀髪は珍しいからな」


「そういえば」


 初めてハクと会ったとき、彼らソラのことを同族と呼んでいたことを思い出した。


「……。アーチェの奴でも慰めてやるか」

 

 ロロはアーチェに近づくと、肩を軽く叩いた。その威力にアーチェが軽く転ぶ。やはり少し元気がないように見える。ソラは心配になった。

 ロロが手を伸ばして、アーチェを立ち上がらせる。


「おい、アーチェ。大丈夫か?」


「あ、ロロ。ソラ。うん、大丈夫」


 アーチェはようやく二人だと気が付いたようで、頷いた。しかし、目は虚ろだ。


「テレーナはどこ行った?」


「小屋にいるよ。今、棺に死体を入れたところさ」


 小屋から少し変な匂いが漂ってくると思っていたが、遺体が保管されているようだ。


「そうか。ここの連中だったのか?」


「いや、鳥人だったからそれはない。この都に鳥人はいない」


 鳥人。アーチェと同じだ。そういえば、ハクの仲間には一人鳥人がいた。どんな容姿だったかは思い出せないが、長いローブを被っていた。


「鳥人……。焼け焦げてるのによく分かったな」


「鳥人の骨格は分かりやすいよ。それに、たぶんその片翼だったから分かりやすかった」


 その言葉にロロの様子が豹変した。右腕を震わせ、顔面は蒼白だ。

 片翼というのは確かに珍しいと思うが、そんなに焦ることだろうか。


「か……片翼?」


「うん、珍しいよね。多分、死体の状態から生まれ持ってのものだと思う」


「そ、そいつは女か?」

 

 ロロは遺体のことがかなり気になるようだ。明らかに普通の様子ではないのだが、顔を伏せるアーチェは気が付いていない。


「いや、性別は分からなかったよ。鳥人は男女の体格差がほとんどないから、確定したことは言えない」


「そ……そんなこと……あるはず」    


「ロロ?!」


 ロロは言葉を詰まらせると、ドアを乱暴に蹴り開けた。置かれている棺の前に立ち、それを勢いよく開けた。それを見てロロの目が見開かれる。

 ソラはその遺体に心を痛めた。焼け焦げたとは聞いていたが、原形が分からないほどになっている。こんなになるまで焼かれるなど、大層辛かっただろう。


「これは、いや確かに……」


「ロロ、駄目だよ。勝手に棺を開けちゃ」


「…………。俺は、僕はここまで来てもまだ囚われるのか……」


 ソラはロロを止めようとしたが、ロロはもう、ソラのことなんか見えていなかった。ブツブツと独り言を言い始める。小さくてよく聞こえない。


「ロロ?」


「あれ? ソラとロロ帰って来てたんだ」


「!!」


「テレーナ!」


 声の主はテレーナだった。ロロが驚いて背後に現れたテレーナから距離を取る。それはソラがテレーナの名を呼ぶ前だった。何かを恐れている。

 テレーナが心配そうな顔をしてロロの肩に触れようとする。


「触るな!!」


 ロロは瞬時に激昂し、テレーナの体を振り払った。激昂しているようにも見えたが、それは怯える子供のようだった。

 どうしてロロがそんなに困惑するのか分からず、ソラはロロの方に触れた。


「どうしたの? ロロ、テレーナでしょ?」


「て、れーな?」


 ロロはその言葉を信じられないというように繰り返した。一体どうしたのか。

 しかしテレーナはそんなことを気にした様子はない。いつもより笑顔だ。

 

「いやー、びっくりしたよ。森を調べてたら死体を見つけたんだもん」


 それはそんなに明るく言うことだろうか。テレーナのことだから、無理して明るく振る舞っているのかもしれない。しかし、その笑顔に少し違和感を覚える。


「そうなんだ。この人、可哀想だね」


 ソラは遺体を眺めると、目を細めた。テレーナは近寄って来ると、ソラの横に並んで遺体を眺めた。


「可哀想? うーん、ソラは優しいね。あいからわず」


 テレーナは変わらず笑顔だが、ソラはロロのことが気がかりだった。


「ロロ、体調悪い?」


「いや、でもこれでようやく解放されたんだよな。そうだ、僕はホッとすべきなんだ。ソラ、ごめんね。しばらく一人にして」


「え、う、うん」


 ロロの弱々しい声を聞いて、ソラは拍子抜かれつつも、頷いた。ロロは病室に入ってしまった。 

 理由は分からないが、今は一人にしたほうが良いだろう。テレーナがソラの両手を握ってきた。


「ソラ、そういえば」


「ソラ、ちょっといいかな?」

  

 テレーナの声と同時にアーチェが小屋に入って来た。ソラはテレーナの手を離す。


「アーチェ、ごめんね。テレーナ。ちょっと行って来る」

 

 テレーナは黙りこくって、何も言わなかった。ソラが外に出るとアーチェが小屋の壁に背を預けて座っていた。ソラも真似して隣に座る。


「何? アーチェ」


「あのさ、今後のことでちょっと相談があるんだけど。これはモデラートにやられたときからずっと考えてたんだけど、僕はもっと波動とか魔法のことを知るべきだと思うんだ」


「うん」


 アーチェが今後のことを話したがっているのは予想がついていたので、特に驚かない。


「だから、しばらくここで教わるのもいいかなって」


「そうだね。私もそう思う。ロロが他の人から聞いたんだけど、この大陸の地図はこの都には無いみたい。紅竜がいるから、活動範囲が狭いみたいで」  

 

 それは少しズルい気がしたが、ロロは帰り道に躊躇いなく道行く人に聞いていた。地図がないというのは驚きだ。都の人の話によると、端的に言えば紅竜というのはとても強い竜らしい。

 それが北への道を塞いでるのだという。ソラ達はまだこの大陸の端にしか足を踏み入れていないのだ。


「僕もそれは聞いた。多分この大陸はとてつもなく広いんだと思う」


「あのさ、もしかしてアーチェ。一人でここに残るつもりじゃないよね?」


 ソラはアーチェが僕達ではなく、僕と言っていたことを思い返した。その言葉にアーチェは躊躇うことなく、頷いた。


「そのつもりだよ」


「駄目だよ! 私もロロも残るよ。私だってまだよく魔法のこと知らないし、それにロロだって魔法を使えないし」


 ソラは間髪言わずにアーチェの言葉に反論する。アーチェがいない旅など考えられない。


「……ソラとセザールの魔法を最初に見たとき、ずっと感じてた。ロロは魔法を使えるんだ。でも隠してる」


アーチェの放った言葉にソラは絶句した。一体、ロロはどれだけの隠し事をしてるのだろう。

 ロロに対して少し苛立ちを覚える。しかしそうだとしてもアーチェの言う通りにするわけにはいかない。


「とにかく私達は残るからね! 紅竜がいると、どのみち先に進めないし」


「でも西側は探検できるんじゃない?」


「うっ、痛いところ突くなぁ。でも、駄目! リーダーは私だからね」


 ソラが拒否し続けると、アーチェは諦めたようだ。自分ですら忘れかけていたリーダーという立場を利用してしまったが、今回の場合は仕方がない。


「でも、どうしてそんなことを? アーチェは回復魔法に興味があるのは別として、むしろ早く旅立ちたいのかと思ってた」


「さっきまではそう思ってた。それに少し気になることがあって……。それに魔法が使えれば救える命をあるだろうなって」


 アーチェのその言葉は本心からくるものだと思った。彼が何を思って医者を目指したかは知らない。けれど、それは利己的な感情ではなく誰かを助けたいという慈愛からくるものだとソラは信じることにした。

 ソラは鞄から小瓶を取り出した。もう、これを持っている必要はない。


「そっか……。じゃあ、これ返すね。ロロからすってきたの」


 本当はすったのはセザールだが、それだとセザールに迷惑をかけてしまいそうなので、そこは話を変えた。それにセザールはソラにそのことを伝えるために、小瓶を盗んだのだろう。

 だから、ソラは盗みに対して無関係ではないのだ。


 アーチェはその小瓶を目にして、目を見開いた。元々はアーチェが持っていたものだ。彼がこれを知らないはずがなかった。


「……! これ――」


「いいよ、知ってる」


 アーチェは小瓶を受け取ると、何かを言おうとしたが、ソラは出てくる言葉を遮った。アーチェはしばらく何かを考え込んでいたが、軈て口を開いた。

 夕日を浴びて、赤い液体が変色したように見える。


「この薬は痛みに苦しむ人を寝かすための薬なんだ。麻薬みたいなものさ。でも、濃度を変えると変わる。ソラの知っての通り」


「……」


「迂闊だった。これを取られたときは。気付いたときにはもうね――」


「うん」


 アーチェは言葉を濁した。しかし、何となく予測はついた。


「僕は真実を話そうとした。腐っても医者だからね。自分の不始末でもある。でも、口裏を合わせろってね。そのときの目がとても優しかったのさ。悲しそうでもあったね。だから、言う通りにした。でも、それが正しかったかどうかずっと悩んでた」


「いいよ、気にしないで。アーチェは立派な医者になれるよ」


 迷ったが、話してよかったのだ。ロロ達のことについて詳しく知ることができた。


「……ありがとう。ソラ、ごめんね」

  

 アーチェの声が耳に響く。

 

************************


魔眼まがん持ちが? それは本当でしょうな?」


 彼は持っていた大きな石を撫でた。その前には一人の青年が立っている。


「こんな嘘は言わぬよ。ソダシ、我の見立てだとあともう一人いるな」  

 

 彼は指を一本から二本に増やした。そのことにソダシは驚きを覚えた。魔眼持ちが二人もなどとは、到底想像していなかった。そんな彼の驚きに目の前の人物は得意気な顔になる。


「うーむ、これは奇跡です。紅竜が居着いてから、もうかれこれ二百年、本当に長かった。セザール、その人等を導いてやってくださいね」


「任せろ、ソダシ。我が必ず――」


セザールは目を光らせながら、胸を叩いた。



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ここまで読んでくださってありがとうございます!

面白かったと思ってもらえたら、ブックマークやポイントを入れていただけると嬉しいです。

次回もよろしくお願いします!

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