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22.血の色と心の距離、俺はかつて◯を救えなかった

「やぁ、二人共。遅かったね」


 小屋に戻ると、アーチェが目覚めていた。顔色は貧血のせいか、青ざめていたがベッドから上半身を起こすまでに回復していた。

 テレーナは看病で疲れてしまったのか、アーチェのベッドに頭を乗せて小さな寝息を立てている。


「アーチェ、良かった。無事で」


 ソラが駆け寄ると、アーチェは申し訳なさそうな顔をした。


「心配かけたね。でもだいぶ良くなったよ」  

  

 アーチェのベッドの横の椅子には飲み干したスープが置かれている。食欲もあるようだ。


「さっき、ダリオと話をしてたんだけど、魔法を回復に使ってるって言ったから驚いたよ。魔法なんて本の中だけの話かと思った」  


「私も。でも、こんなもの見せられたら信じるしかないね」

 

 アーチェの傷を一瞬で癒した不思議な力。あれは紛うことなき魔法だ。そうともしなければ、あんな超人的な力は説明がつかない。


「俺はまだ信じてないぞ。どうせ単なる手品だ」

 

 ロロは未だに信じていないようだ。ソラは少し疲れたので、病室で少し休むことにした。ロロとアーチェの会話を聞いていると、あっという間に眠りについていた。


************************


 疲れが取れた頃には、すっかり夜になっていた。その日は目覚めたアーチェを交えて、食事を取った。ダリオがロロの手土産の野菜で食べやすい食事を作ってくれた。


 ソラ達とテレーナ、ダリオとセザール、そしてカダでテーブルを囲むと、テーブルはあっという間に狭くなってしまった。カダはあいかわらずセザールにベッタリで、冒険の話を延々と聞いていた。


 アーチェはテレーナに食べさせられそうになっており、それを恥ずかしがって断っている。それを見ていたロロがアーチェをひやかすと、ロロとアーチェの口喧嘩がまた始まった。

 それはとても穏やかな時間だったように思う。こんなに心が落ち着く時間は今まであっただろうか。なぜかソラは居心地の悪さを感じた。


 ソラは気が付くと、会食から抜け出していた。小屋の隅に座り込むと、アデルが駆け寄ってくる。


「アデル、ごめん。今は一人にして」


 アデルは賢い。言葉を理解したのか、一言吠えると犬小屋に戻っていった。犬小屋の前にはミルクが入ったお皿が置かれている。

 ソラは立ち上がると伸びをした。長いこと姿を消すと、いないことに気付かれてしまう。

 ソラが小屋のドアノブに手をかけると、草むらから音がした。波動は感じない。が、確実に誰かがこちらを見ていた。


「だ、誰かそこにいるの?」


 ソラは草むらに近づいた。そこは木々が密集しており、暗いこともあってよく見えない。  

 草むらの側まで来ると、ソラは少し中を伺った。その瞬間、暗闇から現れた手に首に巻くスカーフを思いっ切り、引っ張られた。抵抗することができず、草むらに引きずり込まれる。


「だれ――」


「俺だ。叫ぶな」

 

 その声には聞き覚えがあった。数日前に聞いたことがある。威圧的な冷徹さを感じさせる声だ。


「ハク?」


 そこにいたのはハクだった。翡翠色の瞳はこちらを睨みつけていた。予想外の人物にソラは目を見開いた。ハクの目は暗闇でも間近で見れば、綺麗に光り輝いていた。


「危害は加えない。叫んだら殺すぞ」

    

 ハクの目には殺気が宿っていた。本気だ。ソラは分かったというように頷こうとしたが、暗闇ではソラの反応は見えないだろうと思い、返事をした。


「わ、分かった」


「よし」


ハクが掴んでいたスカーフを急に離した。その反動で草むらに倒れ込む。ソラは自然にハクから見下される形になった。


「あの、ハクはなんでここに?」


「あのテレーナとかいう女を追ってきた。そしたら、ここに連れて行かれるのを見てな」 


「なるほど」


 テレーナの兄が操られていたとはいえ、ハクはテレーナの兄を殺している。

 テレーナがこんなにも近くにいる状況で、ハクがいるのはあまりよくないことだ。心がざわつく。


「次は俺の質問に答えてもらうぞ」


「質問?」

  

 ハクに質問されるようなことなどあるだろうか。ソラは意表を突かれる。


「なぜ、赤血あかちと行動を共にしてる?」  


「赤血っていうのは、ロロ達のこと?」  


「それがあの無鉄砲な馬鹿達を指しているのならそうだ」


 赤血。単純な言葉だからこそ意味は分かる。しかしその言葉には種族を分けるというよりも、差別的なニュアンスに思えた。

 ソラはハクがどういった返事を求めているのかが、分からずに混乱する。どうしてハクはそんな事をソラに尋ねるのだろうか。


「なぜって、それは仲間だから」  


「ハ、馬鹿にするな。なにか意味があるんだろ?」

 

 ハクはソラの答えに鼻で笑うと、馬鹿にしたようにこちらを見た。


「あの、意味がよく分からないんだけど」  


「貴様は本当に阿呆だな」

 

 ハクはため息をつくと、剣を引き抜いた。ソラは防御姿勢を取ろうとしたが、ハクは自身の腕を剣で切り裂いた。腕から銀色の血が垂れる。痛々しい傷跡と血にソラは心が苦しくなる。

 ハクが顔を近づけてきた。血は止まることなく出ている。


「虫を殺したときと人を殺したときでは、罪悪感が違うのはなぜだと思う?」


「しゅ、種族が違うから?」 


 いきなりの質問にソラは思い立ったことを口にする。ハクはそれ聞いて残念がる。


「半分当たり、半分外れだ。正解は血の色だと俺は思う。血の色が同じだからこそ、相手の痛みに共感することができるのさ。しかし、血の色が違ったらどうか? 相手の痛みには共感できない」


 ハクは言葉を続ける。


「つまり赤血と俺等では分かり合えない。お前はそんなやつらと、どうして平気な顔をして一緒にいられるんだ?」


「ロロとアーチェは違う!」

  

 ソラは語気を荒らげた。なにも知らないハクにそんなふうに言われたことに腹が立つ。


「どうかな? 今、俺のつけた傷を見て、顔を歪めただろう。貴様は仲間の傷にそんな反応をしたことがあるのか」


「!」


 ソラはうなだれた。悔しいが、ハクの言う通りだ。テレーナの傷を見たときは変な色だと思ったが、それ以上の感情は抱かなかった。

 アーチェもモデラートにやられ、かなり出血していたが、驚きはすれ、こんな感情を抱くことはなかった。普通は可哀想とか痛そうとかそういう感情を抱くはずだ。


「貴様の反応が俺が言ったことを証明してるんだよ。さぁ、俺と来るんだ」

  

 ハクがソラの手を掴んだ。


「で、でも嫌だ」

  

「まだ分からないのか。本当に呆れたやつだ。同族の思いやりが分からないのか」

 

 ハクに手を引っ張られたが、ソラはその手を振り払った。ここでハクについて行った方が理解者はできるのかもしれない。けれどそれでもロロ達の方にいたいと思った。

 手を振り払われたハクは瞳に怒りを滲ませると、ソラに向かって剣先を突きつけた。


「手荒な真似はしたくなかったが、抵抗するというのなら、無理矢理にでも連れてくぞ。腕の一本や二本は覚悟してもらう」


「何してんだ! お前!!」


 突如、威勢のいい声が二人の会話に物理的に飛び込んでくる。暗闇に現れた少年がハクの腕に飛び蹴りをした。ハクはその威力に後ろに飛ばされる。

 小さいながらもしっかりと洗練された蹴りだった。


「女の子に乱暴なことすんなって、婆ちゃんが言ってたぞ!」

  

 カダがビシッと指をハクに向けた。茶髪が獣のように逆立っている。青い目は瞳孔が広がっていた。


「邪魔するな、ガキ」  

  

 ハクは突然現れたカダに怒りを剥き出しにした。


「オイラ、強いぞ!」


 カダはハクの威勢に怯むことなく、吠えた。そのまま歯をむき出しにする。


「フン、まぁいい。気が抜けたな。だが、俺の言ったことを覚えておけ。お前の居場所はここじゃない」

 

 ハクはそう言うと暗闇に姿を消した。カダはしばらくの間、暗闇を睨みつけていたが、ソラに手を伸ばして助け起こしてくれた。


「ありがとう、カダ」


「全くあいつなんなんだ。気に食わないやつだな。でも、オイラの気迫に怯えて逃げたんだろうな」


 カダは腰に手を当てると、自慢そうな顔つきになった。ハクはそれで逃げたのではないということは一目瞭然だが、ソラは少し笑うとカダの頭を撫でた。


「そうだね。カダは強いね」

 

「当たり前だろ! というか子供扱いすんなよな! 俺はもうすぐ十歳になるんだから」


 十歳はまだ全然子供だが、カダの中では子供ではないようだ。


「そうなんだ。楽しみだね」

 

「おう! 十歳になったら、戦士になれるかんな、オイラの門出だぞ」

 

 カダは戦士にどうしてもなりたいらしい。しかし、ソラからすればこんな幼い子が戦闘に身を置くことに賛成はできなかった。だが、カダの人生なのだから面と向かって否定はできない。


「そうだね。そのときはお祝いさせてね」


「おうよ! オイラはカーデラン一の戦士になるんだかんな!」

 

 カダはソラの手を引っ張ると、先導し始めた。ソラはハクの言葉を思い返しながらも、自身の居場所に足を進めた。


************************


ここまで読んでくださってありがとうございます!

面白かったと思ってもらえたら、ブックマークやポイントを入れていただけると嬉しいです。

次回もよろしくお願いします!


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