20.アデルが導く道
テレーナが尻尾を振りながら、こちらに寄ってきた。その様子は犬に似ていた。直前まで犬と関わっていたせいで、余計にそう見える。
テレーナは興奮しているようで、目が見開かれていた。
「うわぁ、こんなところで会うなんて、偶然って凄い!」
「テレーナこそ、なんでこんなところに?」
ソラが問いかけると、テレーナは悔しそうな顔をして、包帯が巻かれている腕を押さえた。
血が滲んでいないので、怪我をしたのは前のことだろう。
「私、あいつに戦いを挑んだんだけど、負けちゃって。それで倒れてたら、ここの人達が介抱してくれたんだ!」
「へぇ、そんな偶然あるんだな」
ロロが感心した声を上げる。テレーナの言うあいつというのは、ハクのことだろう。あれから数日しか経っていないのに、もう勝負を挑んだことにソラは驚いた。あの冷酷な青年にテレーナが殺されなくてよかったと、ソラは胸を撫で下ろした。
それにしても、ここの人達はかなりお人好しらしい。人間族しか住んでいないというのだから、普通は獣人に対して警戒しそうなものだが。彼らは種族の違いは気にしないようだ。
「お、アーチじゃん。寝てるみたいだけど、大丈夫?」
テレーナはロロに背負われてあるアーチェに気が付いたようで、心配そうにアーチェに近づいた。相変わらずアーチェの名前を正確に記憶していない。
口調からして、悪気はないのだろう。アーチェが起きていたら、またテレーナに対して名前を間違えていると、ツッコミを入れそうだ。
「大丈夫だと思う。さっき、ダリオさんに治療してもらったんだ」
「あ、私も! ダリオさん本当にいい人だよね」
テレーナは目を輝やかせた。テレーナもダリオに助けられたのだろう。
「ほぉ、お二人はお知り合いだったか。テレーナ、この人達は今日ここに泊まるので、寝室に案内してあげてはくれないか?」
ドアを閉めて部屋に入ってきたダリオがニコニコとして、テレーナに声をかけた。テレーナはダリオの存在に気が付くと、ビシッと額に手を当てた。
「了解! 来て、ソラ」
テレーナが部屋の右奥にあるドアを開けた。テレーナに導かれるがままに部屋の中に入ると、そこにはベッドがいくつか置かれており、患者を寝かせる場所だということが分かった。
一番奥のベットはテレーナの白い毛にまみれている。そこがテレーナのベットであることは一目瞭然だ。
花のいい匂いがする。窓辺には、桃色の花が花瓶の中に添えられていて、心を落ち着かせた。見たことがない花だったが、金木犀の匂いに似ていた。
部屋には小さな白い鳥が、棚の上で羽を休めている。こちらに驚くことはなく、ジッとしていた。
ロロは一番手前のベットにアーチェを寝かせた。アーチェの呼吸はだいぶ落ち着いている。目が覚めるのも、そろそろだろう。
「君、名前なんて言ったけ?」
テレーナがロロの方に振り向いた。
「ロロだよ」
「へぇー、変な名前」
「この名前は気に入ってんだ。二度と馬鹿にするな」
テレーナの名前の感想を聞いて、ロロが機嫌を悪くする。
「ごめん、ごめん。私、思ったことはつい口に出ちゃって」
テレーナが謝りながら尻尾を下げた。そういえば、思い返してみるとロロとテレーナが話しているの見るのは初めてだ。会ったことはあるが、確かあの時は一言も言葉を交わしていなかった。
けれど、短気なロロと素直なテレーナはあまり相性が良くなさそうだ。
「皆さん、ソダシ様に挨拶に行ってきてはどうだろうか?」
「ソダシ? 誰だ、そいつ」
二人のやり取りをニコニコとしながら見守っていた、ダリオはある提案をした。ソダシ。前々から思っていたが、この地には変わった名前をしているものが多い。何か意味がある言葉なのだろうか。
考えてみれば、ソラ達が使っている言語と同じ言語を使っているのは少し奇妙な気がした。
「ソダシ様はこのカーデランの勇敢な戦士でしてな。彼と話すことで、なにか有益な事が得られるかもしれない」
カーデラン。ダリオの言い方からして、この都の名前だろう。なんとなく不思議な響きの言葉だ。
「上の立場の奴ってのは苦手なんだけどな」
「ソダシ様は偉い立場ではないよ。ただ、カーデランで一番信頼と尊敬が厚い戦士と言うべきだろうか」
ダリオは穏やかな顔をしてそう言った。戦士。カダという少年もその言葉を口にしていた。
言葉の意味は分かるが、戦士という言葉はあまり聞き慣れない。
「じゃあ、少しだけ顔出すか。とこにいるんだ?」
「カーデランに入って来たときに、大階段があっただろう? ソダシ様はそちらにおられる。ワシがそなたらが行くと、鳥を飛ばしておこう」
ダリオは服の中から小さな笛を取り出すと、笛を鳴らした。ピューという不思議な音色が響く。
その音が鳴り響くと、棚の上に佇んでいた白い鳥がダリオの腕に止まった。恐らく、伝書鳩のような生き物なのだ。
「じゃあ、失礼します。ダリオさん」
ソラはダリオに頭を下げると、アーチェの方を振り返る。大丈夫だとは思うが、置いて行くのは気が引けた。
「大丈夫! アーチの事は私が見ておくよ!」
テレーナはソラの思いを感じ取ったようで、ソラに向かってまかせとけと拳を握りしめた。
「うん、ありがとう。テレーナ、よろしくね」
「任された! ほらほら、アーチ。癒やされるお花だよ」
テレーナは花を勝手に花瓶から抜き取ると、アーチェの元に近づけた。アーチェは花の匂いを無意識に感じ取ったのか、体を背けた。
アーチェをテレーナに任せて大丈夫だろうかと、不安になったが、テレーナは良い子だ。きっと大丈夫と自分自身に言い聞かせた。
小屋から出ると、先程懐いていた犬がソラの元に嬉しそうに駆け寄って来た。ステップを刻むようなその歩みに少し笑ってしまう。
犬小屋の側では、セザールとカダが冒険話に夢中になっていた。こちらには気が付いていない。放っておくことにしよう。
犬小屋にはアデルと書かれている。この犬の名前だ。
「随分と、懐っこい犬だよな」
ロロは左手でアデルの頭を撫でようとしたが、アデルは険しい顔をして、唸った。そして、またソラの体に頭を擦り寄せてくる。
この犬が特別、人懐っこいというわけではないらしい。少し安心した。
「なんだよ、ソラにだけかよ」
ロロは不満気な顔をしたが、無理矢理アデルを触るようなことはしなかった。ロロなら、無理に触ろうとすると勝手に思っていたことをソラは恥じた。
ロロはソラに甘えるアデルを羨ましそうに見つめた。
「ここの犬、アデルはいいよな。繋がれてないんだぜ」
「……普通は繋がないんじゃないの?」
ソラはロロの発言に疑問を持った。犬を飼う家は番犬として飼うことが殆どだ。
番犬を繋ぐことは普通はしないのではと思える。ソラの返しに対して、ロロは意表を突かれた顔をしたが、やがて言葉を紡いだ。
「そっか……そうだよな」
ロロは納得したようで、セザール達をスルーすると、歩き出した。ソラも歩き出したが、アデルは舌を出しながら、ソラのあとを追ってくる。尻尾をはち切れんばかりに振っている。
「ワン!」
アデルは大通りに向けて歩き出すと、ソラ達の前にその体を滑り込ませた。ソラ達が近づいてくるのを待っているように感じられる。
「もしかして、案内してくれるんじゃない?」
「賢い犬だな」
ソラ達の前をアデルが先導し始めた。大通りまでの茶色い道がやけに小さく見えた。
************************
ここまで読んでくださってありがとうございます!
面白かったと思ってもらえたら、ブックマークやポイントを入れていただけると嬉しいです。
次回もよろしくお願いします!




