19.別れがなければ君に会えなかった
割れた岩の下へ足を踏み入れると、その先には洞窟が続いている。洞窟の中とは思えないほど、明るく天井には小さな太陽のようなものが地面を照らしていた。
地面には光る草が溢れており、小動物が不思議そうにこちらを観察していた。
洞窟の中を少しだけ歩くと、目の前の光が段々と大きくなってくる。抜け道だ。ソラは光の中に入るとその光景に目を奪われた。そこには大きな都が広がっていたからだ。
ソラは都を見たことがないが、これを都と言わずして何と呼ぼう。
家が数え切れないほど、建てられており、屋台からはいい匂いが漂ってくる。真ん中には長い階段が続いており、その先には大きな建造物が佇んでいた。水場が多く、まさに水の都と言うべき場所だ。
太陽が都を照らしており、これは洞窟の向こう側に作られた都だということが分かった。
普段は岩で塞がれているので、誰もこの都の存在には気が付かないのだろう。
人が何人も行き交っており、人口はかなり多いことが察せられた。ここに住んでいるのは人間族だけのようだ。一人の少年がセザールの姿を見るなり、こちらに駆け寄ってくる。灰色の髪に青い目をしており、やんちゃそうな顔をしていた。顔に絆創膏が張られている。
身に纏っている服は布が何枚も重ね着されており、不思議な服装だった。
「セザール! 久しぶり!」
「おや、誰だったかな?」
「オイラだよ! カダさ!」
カダという少年は腰に手を当てると、ニヤリと笑った。セザールはしばらくの間、ポカーンとしていたが、やがて声を上げた。
「おぉ! カダであったか! 大きくなったのものだ!」
「セザール、五年も音沙汰なしなんだから! 少しは尋ねてくれよな。……その人達は?」
セザールに夢中になっていた少年はソラ達の存在に気が付いたようで、セザールの影に隠れながらこちらをチラチラと見てきた。
「あぁ、そうであった! カダよ、こっちには重症人がいてな。医者を呼んでくれないか?」
カダの目がソラに背負われているアーチェに向く。
「え、そりゃ大変だ。オイラ呼んでくるよ」
カダは言い終えることなく、通りの向こうに走っていった。彼の姿はすぐに見えなくなってしまう。
「こんなところに都があるなんてな。上の奴等、未知の地って言っておいて、ガッツリ人が住んでるじゃないか」
「我も最初は驚いたよ。大丈夫、彼らは好意的さ」
セザールの言う通り、都を行き交う人々の中にはソラ達の元に興味本位から寄ってくる者もいた。ロロは警戒していたが、人々に敵意はなく全員が優しげな口調をしていた。
寄ってくる人々に混乱していると、数分ほどで、カダが医者を連れて来た。
医者は大きな帽子を被っており、木でできた箱を両手で抱えている。白髮に長い白髭を生やしており、かなり年を召していることが伺えた。
「あそこだよ。ダリオさん」
カダがダリオと呼ばれた老人の背中を押した。ダリオはカダに引きずられる形でこちらに辿り着く。
「おう、おう、これはこれは。そこに寝かせてみなさい。お嬢さん」
ソラが言われた通り、アーチェを地面に寝かせると、ダリオは容態を観察し始めた。かけていた眼鏡をかけ直す。
「腹部の損傷じゃな。ちょっと待っておれ」
ダリオは両手の箱を前に出すと、アーチェの体に近づける。彼は目を瞑ると、箱が緑色に光り始め、アーチェの体を包み込んだ。
アーチェの傷はみるみる塞がっていく。その様子にソラは釘付けになっていた。魔法は傷をも回復させることができるのだ。ダリオは箱を媒体として、魔法を使用したのだろう。
アーチェの苦しげな呼吸が穏やかなものに変わった。
「これで、安心じゃろう。しかし、失った血は戻らんでな。少しの間、療養した方が良いじゃろう」
「あ、ありがとうございます。ダリオさん」
「ホッホッ、老人にできるものなど、これぐらいでな。気にすることない」
ダリオは髭だらけの顔に笑顔を浮かべた。優しげな老人だ。周りの人々もよかったなや、流石ダリオさんと声を上げている。
世の中にこんなに優しい人々がいることにソラは驚いた。今まで戦いの場にばかり身を置いていたので、こういった空気に慣れていないのだろう。
セザールが前に出ると、自分よりか遥かに背の低いダリオの頭をくしゃくしゃと撫でた。
それは自分より歳下にする仕草のように思えた。
「ハハ、感謝するぞ。ダリオ」
「おぉ、セザール様。お懐かしい」
ダリオは懐かしい目になった。セザールとダリオは知り合いのようだ。ダリオの反応から、かなり友好的な関係だろう。
「私の家に来なされ。ちょうど、他にも患者がいるでな。ちょい、狭いが」
「サンキュー、世話になるぜ。爺さん、というかこいつ軽っ!」
ロロがアーチェを抱き上げるなり、あまりの軽さに驚いている。元々軽い上に、血がかなり抜けているのだ。それは軽いだろう。
ソラも背負っていたが、アーチェは二五キロもないだろう。鳥人は空を飛ぶために骨密度を減らしているそうなので、アーチェはあんなにも軽いのだ。
アーチェは未だに目が覚めていない。心配だが、少しすれば目が覚めるだろう。
「オイラも行くよ。セザールさんの話聞きたいし」
カダがセザールの元に駆け寄ると、服をぐいっと引っ張った。その様子はまるで親子のようだ。
「おぉ、カダよ。では、我が荒れ狂うモデラートの群れに勇敢に立ち向かった話をしようではないか」
「すげぇ、俺も早く戦士になりたいなぁ」
カダの尊敬の眼差しに、セザールは得意気になった。カダはセザールに憧れている様子だ。
そのまま二人で戦闘の話をし始める。恐らく先程の話だろうが、我の攻撃に十体のモデラートが一瞬で消し炭になったなどと、あることないことをカダに吹き込んでいる。カダはその話を疑うことなく、目をキラキラさせて聞いている。その様子はまだ幼い子供で可愛らしい。
「やれやれ、セザールのやつ、本当に呑気だな。呆れるぜ」
「うん、でもああいうポジティブなところは見習うものがあるね」
「あれは呑気すぎると思うけど、それにしてもここの連中はどうなってんだ。余所者が来たっていうのに、なにも警戒している様子がないぜ」
ロロも都の人々の反応にはソラと同じ意見を持っていたようだ。ソラはロロの言葉に頷いた。
「それはそうだね。セザールがいるからかな?」
「そんな感じじゃなさそうだけどな。見えてきたぞ」
ロロの言葉に顔を上げると、小さな木製の建物が見えてきた。質素な家だが、どこか見ていて落ち着く外装だ。家の前には小さなぶち柄の犬がいて、番犬の役割など果たすこともなく、ソラの元に頭を擦り寄せてくる。
手が犬のよだれで一瞬でベタベタになった。ソラが頭を撫ぜると、犬がまたもや頭を繰り寄せてくる。
犬と聞くと噛まれたり、吠えられたりなど怖いイメージがあったが、この犬は大丈夫そうだ。
それはこの都の犬がそうなのか、この犬の本来の性格なのかは分からなかった。
ダリオがドアを開けると、手招きをした。ソラ達が家の中に入ると、木の香りがした。犬はそのままソラのあとを着いてくる。懐かれてしまったらしい。
部屋の中央には丸いテーブルがあり、部屋が何個かあるようで、ドアがいくつか設置されている。
奥のドアからこちらを見ている金色の目が見えた。ダリオが言っていた他の患者だろう。
こちらを警戒している様子だったが、なにかに気が付いたように金色の瞳が見開かれた。
「あ、あれ! ソラじゃん!」
「え、あ! テレーナ!」
ドアから飛び出してきたのは、手に包帯を巻いていたテレーナだった。
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