18.極地で目覚めた魔法と赤い血
「す、凄ぇ」
モデラートが倒れ込む様子を見て、ロロが驚きの声を上げた。
ソラはモデラートの死体を見つめた。この力は凄まじい。こんな危機的状況だというのに、ソラはセザールに感謝をしてすらいた。
セザールが身を以て教えてくれなければ、一生この極地には辿り着けなかっただろう。
ソラはモデラートの死体の向こうに、草原が生えているのを確認した。洞窟内を彷徨っている内に、かなり砂漠の奥に来ていたらしい。
セザールは砂漠の奥にモデラートが出るといっていたため、早く気が付くべきだった。草原なら砂漠を泳ぐモデラートは近づけないだろう。今なら目前に何もいない。
「アーチェ、あそこで落ち合おう!」
ソラは大声をあげると、遠くにいたアーチェに言い放った。アーチェはまだ崖の上だ。アーチェなら、近くの崖に飛びうつりながら、そこに辿り着くことはできるだろう。
アーチェは返事をする代わりに、草原へ向かって移動し始めた。ソラは近くまで来ていたロロの手を引っ張った。
「着いてきて! ロロ!」
ソラはロロの手を引っ張って、連れて行こうとしたがロロに抱き上げられた。
「な、なんで」
「……ここでは俺が走った方が早いだろ」
ロロは草原に向けて走り出した。ロロの言う通り、確かに砂漠ではロロの方が速いが、ソラを抱き上げながらより、二人で走った方が速いのではないかと思った。しかしロロは凄まじい速さで草原に近づいていく。
目的地まであと一歩のところで、横からモデラートが飛び出してきた。
しかしモデラートは遠くからの攻撃にすぐに木っ端微塵になった。
恐らく、セザールだ。背後から飛び跳ねて来る。
「さぁ、背中は我が守ろうではないか」
「元はと言えば、お前のせいなんだから、守るのは当然だろ!」
ロロは地面を強く蹴り飛ばすと、草原に向けて転がり込んだ。セザールもあとへと続く。モデラートは草原に逃げ込んだ獲物を見て、悔しそうな目をしたが、やがて砂の中へ帰っていった。
ロロはソラから手を離すと、地面に座りこんだ。そこは湿地帯だった。
「ハァ、ハァ、危機一髪か」
「ロロ、ありがとね。頼りになるね」
「……! あ、当たり前だろ」
ロロはそう言って、ソラから少し離れると、木に手をついて呼吸を整え始めた。
それを見ていたセザールがニヤニヤとした笑みを浮かべる。
「青春だね。実に素晴らしい。あぁ、我も初恋の人に告白をすべきだった。なぜ、あのときリーザルを置いていってしまったのか――」
「うるせぇ」
ロロは地面から石を拾い上げると、セザールに向けて投げ飛ばした。それはセザールの頭に直撃する。
ソラは二人がなんの話をしているか、分からず首を傾げた。そしてあることを思い出した。
「あ、そうだよ! アーチェは? アーチェはどこ?」
「鳥の少年か。我も途中で見失ってしまったな。そうだ、ソラ。波動で探してみるといい。先程、習得したのだろう?」
セザールはソラに向けて、手を広げた。確かにセザールの言う通りだ。
ソラが意識を集中させると、先程より鮮明に景色が変わる。こんなにもすぐにできるようになっていることに、ソラは驚いた。
景色が透けて見えると同時に、付近にあるであろう池のそばに一人の少年がいることを察知した。
「あっちにある池の近く?」
「あっちに池なんてあるのか?」
ソラは自信なさげに、セザールに確認を取った。ロロは不思議そうにソラが指差した方角を見ている。
この力はまだ不十分だ。間違っている可能性だってある。それをジャッチできるのはセザールだ。
セザールはアコーディオンを少しだけ弾くと、指を弾いた。
「当たりだ! ソラよ、君はかなり才能があるな。どうだろうか? 私と一緒に魔法を極めて――」
「セザール、ちょっとどいて!」
ソラは慌てて、セザールを押しのけた。飛ばされたセザールが木に激突する。申し訳ないが、今はセザールを気にかけている場合ではない。アーチェの元に急いだほうが良さそうだ。ロロもセザールを気にかけることなく、ソラを追いかけて来る。
「どうした?」
「アーチェの波動が――かなり弱いの。もしかしたら怪我してるのかも」
ソラの発言にロロの顔が険しくなる。池が見えてきた。側にはアーチェが倒れ込んでいる。
「アーチェ!」
ソラがアーチェに駆け寄ると、その様子にソラは硬直した。アーチェの体は大量に出血していた。
服が破れて下腹部が少し焼け焦げている。恐らく、モデラートの赤い魔力の一撃を喰らったのだろう。魔法が使えたソラには分かる。この地の生き物は魔法を使っているのだ。だからこそ、あそこまでの威力が出るのだ。
もっとしっかりとアーチェを気にかけるべきだった。ロロも普段の態度をすることなく、アーチェの元に近づいた。アーチェの鞄をひったくると、赤い箱を取り出した。
中には救急に使えるものが入っている。ロロは包帯を取り出すと、アーチェの体にきつく巻きつけた。包帯が一瞬で真っ赤に染まる。血は止まることがない。
「おやおや、これは緊急事態だね」
セザールはいつも通り、いつの間にか近くに来ていてアーチェの開かれた鞄を一瞥すると、小さな瓶を取り出した。
その瓶は砂漠の下の洞窟で一度見たことがあった。赤い液体が入っており、半分程使われている。
「おや、これは……?」
「勝手に触んな!」
ロロはセザールから小瓶を奪い取ると、自分の鞄にしまい込んだ。
「お前のせいで、アーチェはこんなことになってんだぞ! この状況を何とかしろよ」
ロロはセザールに詰め寄った。そんなことをしている場合ではないのだが、ロロの言うことも最もだった。セザールは顎に手を当てた。
その様子と態度からセザールはその言葉を聞いても、少しも心を痛めていないことが分かった。そもそも、セザールに助けてもらったことは事実なので、ソラはなにも言えない。
「この湿地帯を進んだ先に、回復魔法を使える部族がいてね。その部族に頼めば、もしかしたら――」
「そこに案内して! セザール!」
ソラはアーチェを抱き上げると、セザールに頼み込んだ。医者がいない状況では、最適な治療はできないだろう。
「おい、こいつの言うことを信用するのか!」
「今はそれしかないよ。アーチェの命がかかってるんだもん」
血の量からして、かなりの重症だ。一刻も早く治療をしなければならない。
「……、こっちだ。ソラ、着いてくるがよい」
セザールが歩み始める。ロロはセザールに懐疑の目を向けていたが、諦めてセザールのあとを追う。
湿地帯は不思議な光で包まれていた。地面には不思議な草が生えていて、それらが光を放っているのだ。
低木で羽を休めていたフクロウがこちらを真っ直ぐに金色の瞳で見つめていた。
ソラが歩むたびに、血の跡ができる。まだ目的の場所に着かないのかと、ソラはソワソワし始めた。
少しすると、セザールは足を止めた。そこには大きな岩があり、小さい池や滝など水で溢れていた。一見、行き止まりのように見える。
ロロが剣に手を当てるのを、ソラは肩を押さえて止めた。
「ううん、森に水を。地に草を。空に日を!」
セザールが咳払いをしたあと謎の言葉を放つと、大きな岩が真っ二つに割れた。
割れた岩の中に下には洞窟が続いており、中から無数の波動を感じられた。
「さぁ、ようこそ。森の民の都に」
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