16.六八歳の魔法使いと秘められた悪
「うーん」
アーチェはベットでうなされていた。どうやら、夜の肉料理が効いているようだ。毒がないというのにこれだけ人を攻撃するのはある意味、セザールには料理の才能がある。
ロロも寝付いていたが、ソラはあんまり眠ることが出来なかった。用意されたベットは藁で出来ていて、寝心地はいいのだが寝る気分になれない。セザールが住んでいた空洞にはいくつかの他の部屋があり、寝室を貸してもらえたのだ。
ソラは折れてしまった剣先を見て、落ち込んだ。これから先どうやって戦ったらいいのだろう。
ソラはベットから起き上がると、そっと部屋から抜け出した。案内された道を思い出し、夕食を食べた部屋へと向かう。何となく明るい場所に行きたい。あの部屋には天井にランプが吊りさがっており、移動に不便だからそこの明かりは消さないとセザールは言っていた。
少し歩くと明かりが見えてくる。ソラは忍び足でそこに向かった。夜に物音を立てたくはなかった。
道を抜けると、目的の場所に辿り着く。辺りを見渡すとセザールが椅子をベットのように繋げて、寝転がっていた。寝ているようだ。机の上にはナイフが置かれていた。
ソラは自分でもなにを思ったのか分からない。セザールの元に近づくとナイフを手に取った。握りしめてみるが、あいからわず普通のナイフだ。
やはり、使い手に何か秘密があるのだ。このナイフに価値はない。
「セザール?」
声をかけたが、彼からは返答がない。完全に寝ているようだ。気配をあまり感じない。ソラはナイフを再び握りしめると、セザールの首元に向けてナイフを振り下ろした。
「寝込みを襲うとは、感心しないね」
迷うことなく打ち込まれた一撃をセザールは片手の指一本で受け止めた。ソラは悔しさに歯を噛み締めた。やはり殺せない。ソラはナイフを机の上に戻した。
「あ、私、何を――」
ソラは自信が何をしたか、確信が持てず混乱した。なぜナイフを手に持ったのか。なぜセザールに向けてそれを突き刺そうとしたのか、何一つ理解できない。
「君の中には悪魔がいるね」
セザールはぐいっと顔を近づけた。彼の藍色の目が再び近づく。その目にはなにを考えているのか、ちっとも分からなかった。感情が読み取れない。セザールは少しの間、そうしていたがやがてソラから目を離した。
「ちょっと宗教チックなことを言ってしまったね。ごめんよ」
セザールはニッコリとすると見慣れている笑顔に戻った。
「なかなか、いい攻撃だった。殺気もかなり消せていたね。でも、まだ足りないな」
「あ、すみません。私、こんなことするつもりじゃ――」
「うんうん、分かっているとも。ほんの挨拶だろう? 鬼族風にしてくれたのかな? 嬉しいよ」
セザールは嘘を言っている。そんな挨拶など野蛮な鬼族でもあるわけがない。
「ソラ、君はもっと強くなった方がいいね。君の実力じゃ、モデラートすら倒せない」
「モデラート?」
聞いたことがない言葉だ。ソラはセザールの言葉をオウム返しした。
「砂漠に身を潜める鯨さ。通称、モデラート。我が名付けたのだよ」
「砂漠に鯨なんかいるんですか?」
「いるとも。それは砂の中を雄大に泳ぎ、飛び出して獲物を捕食する」
彼は紙を取り出すと、鯨の絵を書いた。幼さが残る絵でよく分からないが、それが茶色の砂にまみれた鯨であることは理解できた。
「モデラートはこの砂漠の奥地にウヨウヨいる。これを倒せなくては、この砂漠は抜けられないだろう。勿論、我は倒せるが」
ハク達はこの砂漠を通ってはいないだろう。思い返してみると砂漠には一つも足跡がなかった。恐らく森を大回りして、砂漠を回避したのだ。ソラ達もそうすればよかったのたが、そこまで知恵を回さなかった。
しかし、砂漠の中にいる以上、もう戻るわけにはいかない。
「波動を知れば、モデラートを倒せる確率は上がるだろうね」
セザールはナイフをマジシャンのようにクルクルと回して見せた。
「その波動っていうのがよく分からないんですが……」
「簡単さ、ほら」
刹那、セザールの周りに嫌な空気が漂った。ソラは咄嗟に身をすくめた。空気だけで殺されそうになる。
セザールはそれを両手を広げて一瞬で解いた。
「これが波動さ。気配よりもずっと強い。君が望むなら教えてあげてもいいよ」
「どうして、私だけに?」
「君は才能がありそうだから。我は才能ある若き者が好きなんだよ」
「失礼かもしれないですけど、セザールさんはお幾つなのですか?」
「おやおや、セザールと読んでくれ。ソラ、それから敬語も止めよう! 我は対等な関係を望む」
「せ、セザールは幾つなの?」
「それでよろしい! 我は今年で六八になるな」
六八、その数字にソラは目覚めてから二番目の驚きを覚えた。ちなみに、一番目はアーチェの年齢だ。しかし、鬼族は確か死ぬまで老けることのない戦闘種だ。
寿命については知らないが、人間族より長かったはず。そもそも、ソラは人間族ではないため、人間族と比べるのはおかしいが、シルバーブラッドの種族の年齢についての知識が無い以上、人間族と比べてしまった。
「ソラは幾つなのだ?」
「その、私昔の記憶が無くて、ロロが言うには十四歳らしいんだけど」
「十四? ふむ、それはおかしいな」
セザールは怪訝な顔をした。その反応にソラはセザールが波動で生物の情報を知れると言っていたことを思い出した。
「まぁ、我も多少間違えることはあるだろう。さてさて、ソラ。波動を感じられたかな?」
「うーん、なにか凄い力があることは分かったけど、その他には何も」
彼から嫌な気を感じ取ったが、それ以上は何も分からない。
「まぁ、仕方あるまい。これはすぐに身につくものではないのだ。しかし、覚えておけ。波動を読み取れたら戦闘の幅が大きく広がる。感じるコツはそうだな。うむ、よく分からん!」
ソラは役に立つことを教えてもらえると思っていたので、唖然とした。
「お、教えてくれるんじゃ?」
「ハハハハ、そういえば我は人に教えたことがなかった。それにこれは教えるというものではないしな」
「そうなんだ……」
ソラは少し落ち込んだ。しかし、教えられないのは当然のことだと思った。ソラも剣技を教えてと言われても上手く教えることは出来ないだろう。実戦でしか学べないものもあるはずだ。波動を理解するには、場数を踏むしかないのかもしれない。
「頑張るのだ、ソラ。波動が分かれば、魔法が使えるようになる」
「魔法って本の中だけの話じゃないの?」
「そんなことはない! 魔法とは実際にある力なのだ」
「そんなこと信じられないなぁ」
魔法はファンタジーのものだ。昔は使えた人もいるという噂があった気もするが、それも単なるマジシャンの手品が勘違いされたとしか思えない。
「うーむ、確かに我も三十年かけて辿り着いた聖地だ」
セザールは立ち上がるとよしっと声を上げてナイフを手に取った。一体何をするつもりだろうか。
「いいか、しかと見ろ。ソラ、魔法は存在する」
セザールはナイフを壁に向けた。ナイフの切っ先に光が集まっていく。青白い光がナイフを包んでいく様子にソラは目を離せなくなった。
光が極限状態まで強くなると、その光が壁に向かって一直線に放出される。光は壁を凄まじい音を立てて壁を破壊した。光は尚も壁を破壊し続け、光が収まる頃には壁にポッカリと穴を開けていた。
そこから夜風が流れ込んでくる。地上まで壁に穴を開けたのだ。とてつもない威力だ。これが魔法――。
「痛っ」
ふいにソラの頭の上に瓦礫が落ちてきた。痛みで頭を押さえる。つられるように上を見上げみると、天井がどんどんと崩れてきていた。
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