162.いざ、我々も
エドワードは夢を見ていた。それはまだ小さかった頃、兄弟と走り回っていた過去だ。エドワードが石につまずいて転ぶと、兄が手を差し伸べてくれたものだ。
そのあまりにも懐かしい光景にエドワードは、ずっとここにいたいと強く願った。しかしそれは体への強い衝撃で叶わない形となった。エドワードが目を開けると、布団の上に大きな荷袋が投げられていた。
「誰だ。私にこんな無礼なことをしたのは……」
エドワードはその重い荷物をどかしながら呟いた。呟くまでもなく、誰がそんなことをしたかはもう分かっている。だが、余りにも失礼なその行動をこうして声に出さずにはいられなかったのだ。
「エドワード君、大変! 大変なの!!」
「一体どうしたというんだ? 今度は?」
目の前にいるのはアユリアだった。その姿にエドワードはうんざりした。この女とはもう一年一緒にいるが、我儘ですぐに騒ぎ出す。こうして叩き起こされることも日常茶飯事だった。王子である自分がこんな扱いを受けていることが、とても信じられない。
「アーチェ君から手紙が来たのよ! ダルカナルに招待されたっていう手紙が!」
「それがどうしたというんだ? 私たちに何か関係があるのか?」
ダルカナルの噂はエドワードでも知っている。だが、アーチェが招待されようがエドワードたちには関係のない話だ。
「ダルカナルに行くのは私たちの目標でもあったでしょ?! でも、アーチェ君たちに先を越されちゃったのよ」
アユリアは心底悔しそうに言った。そういえば、アユリアはやけにダルカナルへと訪れたがっていた。
「一緒に連れて行ってもらうように、お願いとやらをすればよいではないか?」
人の良さそうなアーチェのことだ。頼めば、すぐに連れて行ってくれるだろう。しかしアユリアは呆れたように首を横に振った。
「もう! エドワード君ったら! ダルカナルに行けるのは招待された本人と、その同行人二人までなの! つまり、私たちは置いてきぼりってことよ!」
「そやつらは、二人ではなかったか?」
招待されたアーチェ、そしてロロとかいうエドワードと同い年ぐらいの少年。それを考えれば、あと一人ダルカナルへと足を踏み入れることができるはずだ。
「私も詳しくは知らないんだけど、もう一人私たちの知らない子がいるみたいだわ」
「ふーん」
あまり興味のない話だ。今のエドワードにとって、祖国に帰ること以外に重要なことなどない。
「とにかく! 私たちもすぐにダルカナルへと行かなければならないのよ!」
「といったって、私たちには何の力も実績もないではないか」
ダルカナルへ行くためには、それ相応の実績と実力がいるはずだ。しかしエドワードとアユリアには、それらがないのだ。ダルカナルへと行くことは、夢のまた夢に違いない。
「だから困ってるんじゃない! 貴方、王子だっていうからどれだけ凄いのかと思ったら、てんで駄目じゃないの!」
「ふん、私は剣技にも優れておらぬし、魔法の才能もないのだ。そちこそ、全く使えないではないか」
ここまで自身に突っかてくる存在は生まれて初めてだ。腹が立つというよりも、その剣幕に押されてしまう。しかし言われてばかりというのは、腹の立つものだ。
「なんですって!」
「魔法都市の長老の孫だというから、どれだけ凄い魔法を使えるのかと思えば、いざ使える魔法は小童でもできる魔法ばかりではないか!」
アユリアの魔法はそんなにだいそれたものではない。せいぜい、小型のモンスターを追い払う程度だ。
たまに上手くいくことがあるらしいが、そんな機会は滅多にない。
「もう、言わせておけば! えぇ、えぇ。私はどうせ魔法の才能なんかありませんよーだ! それに私は歳上なんだから、生意気な口ばかり叩くんじゃないの!」
「誰が歳上だ! そなたみたいな奴ならば、まだ私の妹の方が幾分大人だ!」
アユリアの言葉にエドワードは妹のシュシュのことを思い出した。女子は権力争いに巻き込まれることはない。だからこそ、エドワードにとって残された唯一の兄妹だった。シュシュは年齢の割には大人びていて、今は研究員のようなことをやっている。自慢の妹だ。
「なんですって!」
「ちょっと、漫才夫婦。いい加減に静かになさっておくれ。他のお客さんもいるんだからね」
エドワードとアユリアが口論していると、部屋に大きな帽子を被ったふくよかな女性が入ってきた。この宿屋の店主だ。エドワードたちの大声を聞きつけて、注意をしに来たのだろう。
「……失礼した。店主どの」
エドワードはそう言うと、アユリアを睨みつけた。全てはこいつのせいだ。
「夫婦なんて冗談じゃないわ。誰がこんな奴なんかと」
「それは私のセリフだ」
「はぁ、いつもご苦労なこったね。そうそう、薬師のゼリさんにはもう挨拶したかね? 今日旅立つそうだから、もしよければ声をかけていいよ」
店主がにこやかに言った。ゼリと言えば、エドワードも怪我をした時に世話になったものだ。
「ゼリ殿か。そういえば、だいぶ世話になったな」
「まぁ、また旅立つんですか?」
アユリアが驚いたように口元を押さえた。ゼリは、もう数え切れないほど多くの村や町を旅立っているらしい。
「そうさねぇ、なんでもあのダルカナルに旅立つだとか」
「!!」
アユリアがそれを聞いた瞬間、店主にぶつからないように走り去っていた。
「おい! 勝手に走っていくな!」
エドワードは嫌な予感がして、アユリアを慌てて追いかける。
「あれまぁ、これはどうしたことだろう?」
店主はオロオロとその場に留まっていた。
◆
「ゼリさん!! お願い!! 私たちをダルカナルへと同行させてください!」
アユリアはゼリの後ろ姿を見かけると、すぐに頼み込んだ。
「これはアユリアちゃん。一体、何がどうしたんだい?」
宿屋の店主といい勝負ができるほどの、ふくよかな肉体をもつゼリは首を傾げた。格好からすると、もう旅立つ寸前であったようだ。
「私たちは、どうしてもダルカナルへと行かなければいけないのです!」
祖父の死の真相を知るためにも、どうしてもアユリアには情報がなくてはいけない。それには、人や物が集まるダルカナルへと向かわなければならないのだ。
「自然と私も含めるな」
「!」
気が付くと、エドワードがすぐ後ろまで来ていた。アユリアが忘れた荷物をその肩に背負っている。
「ゼリ殿、私からもお願いする。この者だけでも構わない。ダルカナルへと同行させてやってはくれないか?」
「エドワード君」
エドワードが頼み事をするなど、初めて見た。その姿にアユリアは胸を打たれてしまう。
「うーん、事情は分からないけど。一人旅も寂しいしね。二人とも一緒で、私は気にしないよ」
「感謝する、ゼリ殿。ほら、行くのだろう? ボサッとしていると置いていくぞ」
エドワードがゼリの後を追う。こうして、アユリアたちはダルカナルを訪れることとなった。




