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161.虹彩の継承者

「ラーフラ? ここに置いてあった私の絵はちゃんと捨ててくれた?」


「うん、捨てたよ〜」


 ラーフラは椅子に座り直すと、ソラに向けて呑気にそう答えた。いきなり絵を捨ててほしいと言われても、ラーフラには捨てる場所など分からない。たまたまダルカナルに訪れた際に絵を大量にテーブルに並べているところがあったため、そこに置いてきたのだ。きっとあそこが絵の捨て場所なのだろう。ラーフラは絵のことについて詳しくはないが合っているはずだ。


「それより、この本面白くない?」

 

 ラーフラは、誰かが忘れていったという本をその手に掲げた。使われている文字はアデアのものだったので、あまり読むことはできなかったが、なんとなくの内容は分かった。ラーフラはあまり本を読まないので、そんな感想を抱くのは珍しいことだった。


「それはあまり好きじゃない。終わり方が悲しいから」


「それがいいんじゃない!」


 ラーフラからすれば、バッドエンドは好物だ。しかし、ソラはそうではないようだ。


「私はハッピーエンドが好き。それよりも、私はちょっと出かけてくるから」


「どこ行くの?」


 ソラが出かけることは今に始まったことではない。むしろ、一緒にいる時の方が少ないぐらいだ。


「さっき魔王軍の兵隊が見えたんだ。もしかしたら、ねぐらを探せるかもしれない」


 そんな答えが返ってくると予期してはいたが、その通りだった。前に魔王軍の幹部の一人を追い詰めたことを、ラーフラは思い出していた。あの時はとても楽しかった。今回もそうなることをラーフラは期待した。


「俺も一緒に行くよ」


「今回は目立たない方がいいと思うから一人で行く」


「そう……」


 そう言ってソラは出て行ってしまった。ラーフラは一人宿屋の大広間に取り残される形となる。


「ねぇ、お兄ちゃん。また僕にも戦いごっこを教えてよ!」


 ラーフラが一人になると、小さな少年が丸い耳を動かしながら、こちらに向かって話しかけてきた。ラーフラはこの獣人の少年のことをあまりよく覚えていなかった。興味のない人間は覚えられないのだ。だが、流石にこう何度も声を掛けられると、嫌でも覚えてしまう。旅芸人の親を持つティミスだ。


「またあとで。俺は用事があるんだ」


 ラーフラはティミスをさりげなく追い払おうとした。ティミスはどこにでもついてきて、少し目障りだ。なんで好かれているのかもよく分からない。


「そういえば、兄ちゃん。虹彩の継承者が生まれたって知ってる?」


「虹彩の継承者?」


 ラーフラはその言葉に興味を惹かれた。虹彩の継承者というのは聞いたことがない。けれど、どこか気になる言葉だった。ラーフラが反応すると、ティミスが嬉しそうに顔を綻ばせた。


「彼の者、虹色の瞳持つ。人々はそれを天空の使いと言った。有名な伝説なんだ! 稀に生まれてくるんだって!」


「聞いたことがないなぁ」


 ラーフラはこの地の外に住んでいた。だからこそ、このアデアでの有名な伝説は一つも知らない。


「その人がさ、ダルカナルに訪れているみたいなんだよ! 僕もそこに行きたいんだけど、父ちゃんがしばらくこの村に居座るっていうから、行けなくてさ。残念……」


 ティミスの父は旅芸人であり、色々なところを練り歩いている。そしてこのような小さな村に数ヶ月居座り、また去っていくのだ。ティミスの言い方から察すると、今がその居座りの時期なのだろう。ある意味、自由奔放な生き方でラーフラは憧れてすらいた。


「ダルカナルか……」


 ラーフラとソラもダルカナルへ入国する許可を貰っている。なので、行こうと思えばいつでも行くことができた。こんなに頻繁に魔王の一軍を狩っていれば、それはむしろ当たり前のことだった。


「ティミス。よければ、俺がそこに連れてってあげるよ」


「え?! ほんと!!」

 

 ラーフラの翼を持ってさえすれば、ティミスをダルカナルへ連れて行くこともできるはずだ。ティミスはラーフラの体格からすると少し重いかもしれないが、子供ぐらいだったら何とかなるだろう。


「何を話してるんだ?」


「あ、父ちゃん!」


 ラーフラの後ろにはいつの間にか、ティミスの父親であるランベンが立っていた。相変わらず、その屈強な体格には圧倒されるものがある。ティミスは小柄だが、いずれこんな感じになるのだろうか。そんな時は想像もしたくない。


「やぁ、ランベンさん。ちょっと、ティミスをダルカナルまで連れて行こうと思ってね」


 隠すことでもない。ラーフラは正直に今、話していたことを口にした。その瞬間、ランベンの瞳が大きく見開かれた。


「ダルカナルだって?! 旅芸人の憧れじゃねぇか! そんなところに連れて行ってもらえるなんて、羨ましすぎるぜ」


「言っておくけど、ランベンさんは無理だよ」


 ラーフラの体格では、どう見てもランベンを運ぶことは不可能だ。ランベンの期待のまなざしをラーフラは見て見ぬ振りをした。


「そんなの言われなくたって分かってるわ! あぁ、それにしても羨ましい」


 息子に、ここまで羨ましいという親は存在するだろうか。それにしても、ランベンは本当にあっけらかんとした男だ。ラーフラはランベンの返事を聞くと、勢いよく椅子から立ち上がった。


「じゃあ、行くか! ランベンさん、ソラには俺が出かけてるって言っておいてね。ティミス、しっかりと俺に捕まってるんだよ」


「うん!!」


 ラーフラが宿屋の外に出ると、ティミスが嬉々とした様子でラーフラの背中に飛びついた。かなり重いが、頑張って飛ぶしかない。ラーフラは翼をはためかせると、上へと飛び上がった。あっという間にラーフラたちの体は空の上にあった。


「わぁ!! 凄い!!」


 ティミスがその光景を見て、嬉しそうに声を上げた。ラーフラは翼を広げると、ダルカナルに向けて飛び始めた。

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