160.黒い鳥の眼
「リト、君は生きてたのか。良かった……」
アーチェは魔法都市レトリエで起きたことを回想していた。あの場は火に包まれ、アーチェがその後訪れた時も、何もなくなっていたのだった。リトのことを気にかけてはいたので、生きていて嬉しい気持ちがある反面、嫌な予感がした。リトはこちらを感情のない瞳で見つめており、アーチェにいい感情を持っているわけではないようだ。
「リト……?」
彼から返事がないことを、不思議に思いもう一度その名前を呟いた時だった。アーチェの頬を何かがかすめた。それがリトからの攻撃であったことにアーチェは遅れて気が付いた。ヘリオが体を咄嗟に傾けてくれたお陰で、頬をかするぐらいで済んだのだ。もし、ヘリオが避けてくれないければ、致命傷を負っていたかもしれない。
「お前の乗ってるその竜をよこすんだ」
「ヘリオを? ヘリオは物じゃない。君の思い通りには、ならないよ」
リトの様子からただならぬ気配を感じ、アーチェはヘリオを安心させるように宥めた。ヘリオの方は、突然の攻撃にかなり気が立っている。アーチェが止めていないと、今すぐにでもリトに飛び掛かってしまいそうだ。
「交渉、決裂だな!」
その瞬間、リトが大剣を引き抜いてこちらに飛び乗ってきた。ヘリオが大声を上げ、翼でリトを落とそうとするが、アーチェを落とさないように配慮しているため、上手くいかない。
「くそ!」
アーチェはヘリオの体の下に回り込むと、リトが攻撃をできない状態となる。そのまま、再び上に飛び乗り、足に雷を纏うと、リトを強く蹴り飛ばした。
(武器を新調しておくべきだった)
アーチェは本当に久しぶりにブーメランを引き抜いた。ブーメランはかなり年季が入っており、そこら中がひび割れている。もういつ壊れてもおかしくはない。だからこそ、あまり使わずに懐に隠しておいたのだが、今回ばかりはそんなことは言っていられない。
「ヘリオ、そのまま動かないでくれ!」
「ギュ!!」
アーチェはヘリオに声を掛けると、ブーメランを二つとも重ね合わせ、雷を纏ったブーメランを思いっ切り、リトに投げ飛ばした。ヘリオの体の上は広いので、ブーメランを投げることができたのだ。それは
「うっ……!」
リトはブーメランをもろに食らい、体勢を崩しそうになった。かなりのダメージを与えたはずだ。懐からは大量後が溢れている。手加減などしている暇はなかった。
アーチェのブーメランはその衝撃とともに、バラバラに砕け散った。翡翠色の欠片が辺りに飛び散る。余りにも小さな欠片で、もうとっくに寿命は尽きていたのだと思わせた。
「う!!」
リトがヘリオの体の上から落ちそうになる。彷徨う手をアーチェは掴むと、そのまま引き上げようとする。このままでは落下して死んでしまうだろう。
黒い鳥もリトを助けようとする動きがない。その瞳には感情がなく、ただその場にいるだけという感じだった。このままリトを見殺しにしていいはずがない。
「やめろ」
リトがアーチェの手を思い切って、握りしめた。その力にアーチェは思わず歯を食いしばった。リトがモンスターとのハーフだということを、アーチェは再認識した。これは常人の力の限りではない。
それでも大剣を振るう構えがなっていなかったのは、単純に足りないからだろう。もし、リトに経験があったと思うとその結末にゾッとした。
「何を……!」
「同じ半端者で、同情でもしてるつもりか? 俺は何の施しもうけない」
「今はそんなことを言っている場合じゃ……」
リトはアーチェたちを助けてくれた。その時の治療で、アーチェの種族も知ったのだろう。アーチェの腕を見れば、純粋な鳥人ではないと思うの普通のことだった。リトから見れば、アーチェは半端者なのだ。そして、リトはそれを自分にも当てはまると思っている。
しかし、今はそんなことを気にする場面ではないのだ。話なら助かればいつでもできる。だが、リトが救助を拒否しているためか、なかなか引き上げることができなかった。雷を腕に纏えば、引き上げることはできるかもしれない。しかしそうすれば、リトを殺めることになってしまう。
「リト、君は……」
「死に方なら自分で選べる!」
リトがアーチェの手を無理やり、引き剥がした。それと同時に、アーチェの腕を隠していた手袋が片方だけ持っていかれる。彼の体は空に放り出される。
「ヘリオ! 今すぐにリトを助けてくれ」
「キュ……」
ヘリオがアーチェの言葉に目を細めた。ヘリオは助けにいく気がないのが見て取れた。アーチェは即座に諦めると、黒い鳥に向き直った。
「君の仲間なんだろ? 頼む、助けに行ってくれ」
黒い鳥に頼むのは癪だったが、この状況では仕方がない。
「……。……!」
「駄目か」
黒い鳥に何を言っても無駄なのだと、アーチェはヘリオの体から彼を助けようと飛び降りようとした。その時だった。黒い鳥が翼を折りたたみ、急降下を始めてたのだ。そのスピードはヘリオにも引けを取らない。いや、ヘリオより体が小さい分、スピードでは勝っているかもしれない。
黒い鳥は地面のスレスレで、リトを背に乗せるとそのまま遠くへ飛び去っていった。
「お、終わったのか……?」
アーチェは黒い鳥が飛び去った空から目を離せなかった。




