159.夢を阻む者
「グルルルル!!」
「うわぁ!! やめろって、怖いから来るな!」
ロロがヘリオに服を引きちぎられ、悲鳴を上げた。そのまま、ヘリオを避けようとし、川に落ちてしまう。
「可愛い!!」
アリアは興奮気味に、ヘリオの体を撫でた。ヘリオはそれを少し嫌そうにしているが、明確に拒否してはいない。ロロはヘリオが小さい頃も、そんなに好かれていなかった。ヘリオにも好き嫌いの基準があるのだろう。それが何なのかはアーチェにはちっとも分からないが――。
「ヘリオ、ロロをいじめてないでこっちにおいで」
少しは人の言葉が理解できるのか、ヘリオはアーチェの言葉を聞くとこちらに駆け寄ってくる。巨体のため、地面が音を立てて揺れている。これでは移動するだけで、地震が起きてしまう。
「オイラが触っても大丈夫かな?」
ルーペが恐る恐るヘリオに触れようとする。アリアのように恐怖心がなく、触れる方が普通ではないのだ。ヘリオはルーペに触れられようとした瞬間、尾を地面に叩きつけた。アーチェはその振動に足場を失いそうになる。
「うぅ……。なんだよ、別にいいもんね。竜になんか触れなくなって、何も困らないし!」
ルーペはいかにも残念そうに後ろに下がった。その様子はまだ年相応だ。背丈と顔立ちからして、まだ十二〜十三歳ぐらいだろう。アリアよりも少し歳上だが、ロロよりかは歳下だ。
「ふふ! 私、竜に乗るのが夢だったんだ! ねぇ、ヘリオ! 私を上に乗せてよ」
アリアは撫でるのをやめると、ヘリオの顔の前に自身の顔を近づけた。だが、ヘリオはそれには見向きもせずに、アーチェの体に頭を擦り寄せた。そして、アーチェの上着を口で掴み、背中に自然な素振りで乗せてみせた。
「ちょっと! アーチェじゃなくて、乗せるのは私だってば!」
「……君少しうるさいよ」
喚くアリアに対して、ルーペが顔を顰めた。そんな二人に苦笑しつつも、アーチェはヘリオの頭を撫でた。ヘリオはソワソワしたように、翼を上下に動かしている。
「ヘリオ、どうしたんだい――」
アーチェの言葉は最後まで続かなかった。ヘリオの体はアーチェを乗せたまま、勢いよく上に飛び上がった。
「うっ!」
その勢いに、アーチェは飛ばされないように掴まっているのがやっとだった。目にも留まらぬ速さで、視界が動いていく。アーチェはその目まぐるしい動きに、思わず目を瞑った。
「ここは――」
気が付くと、アーチェは雲よりも遥かに高いところに来ていた。下を見ても、ロロたちの姿など微塵も見えない。
「す、凄い!!」
アーチェは初めて見る上空からの景色に感動していた。飛行船に乗ったことはあったが、ここまで高いところに来たのは初めてだ。この景色は飛行船で見るものとは、比べものにならない。
空はどこまでも遠くに広がり、横を鳥が通り過ぎていった。太陽が上空に煌めき、まるで自身が空の一部になったような気分になる。
「これが、空を飛ぶっていうことか!」
「キュキュキュル〜」
アーチェはこの景色に感動していた。思わず、ヘリオに力強く抱きついてしまう。ヘリオが甘えたような声を出した。
「君のお陰で、僕の夢が少しだけ叶ったよ」
アーチェの夢は、自身の翼で大空を飛ぶことだった。だが、こうしてヘリオの力を借りて、見る空もアーチェの夢の一部と言える。それは紛うことなき、憧れだった。
「もう少しこうしていたいけど、ロロたちが心配すると思うんだ。悪いけど、一旦下に戻ってくれないか」
名残惜しいが、これが最後の景色となることはないはずだ。アーチェはヘリオに声をかける。
「キュー」
ヘリオは了解したと言うように、明るく鳴いた。そのまま翼を折りたたみ、急降下しようとする。
「ようやく見つけたぞ!」
「ギュ!!」
それを阻止したのは、背後から聞こえた声だった。ヘリオが突然、警戒したように後ろを振り返った。乗っていたアーチェの体もそちらを向く形となった。
「あれは……」
目の前にいるのは黒い鳥だった。頭部には、黒くて大きな角が生えており、翼は異常なぐらいに大きい。
普通の鳥ではないと、アーチェは悟った。何より、上に誰かが乗っていた。太陽の光に照らされているため、顔をすぐに認識することができなかった。
「君は……」
しばらくして目が段々と顔を映し出した。アーチェはその人物に見覚えがあった。あれは一年前のことだった――。
「リト……?」
アーチェはその名前を、確証もなく呟いた。




