15.シルバーブラッド、波動の申し子
セザールはロロの手を取って立ち上がった。目がキラキラと光り輝いている。
「弟子?! いや、断る。お前、俺達のことさっき本気で殺そうとしてたろ」
「おぉ、なんということだ。そんなことで我の願いが」
「殺そうとすることは、そんなことじゃないと思うけど。大体、弟子入りってなにをするのさ?」
アーチェはクッキーを齧りながらも疑問を呈する。不味いと言っていたはずだが、いつの間にかクッキーはかなりなくなっていた。
癖になる不味さというのがあるとすれば、セザールの手料理のことなのかもしれない。
「俺は楽器の演奏はしないんだ。悪いけど、断るぜ。お前みたいな弟子はごめんだ。それに俺達はこの島を探検しなくちゃならないしな」
ロロは彼の胸板を突き飛ばした。セザールは首を傾げた。そういえば、セザールにはまだこちらの事情は話していなかった。
「探検?」
「ローテリヴァ王国がこの島に探検隊を派遣しているんです。僕達もその隊の一員で、この島の地図を完成させる必要があるんです」
ソラとロロがどう説明しようか、悩むことをアーチェはすぐに言ってのけた。それを聞いて彼は納得のいく表情をした
「通りで、最近外に出た時、人の波動を稀に感じるわけだ。それにしてもローテリヴァ王国のような非道な国がまだ生き残っていたとは……あんな国滅んでしまえ!」
セザールは急に激昂する。どうやら、ローテリヴァ王国たるものが嫌いらしい。ソラもその国の名前については初耳だ。だが、彼の言葉を聞くにあまりいい国ではなさそうだ。
ロロはローテリヴァ王国の悪口についてはあまり興味がなさそうに、首を捻った。
「何だよ。その波動って」
前回の波動の説明を唯一受けていなかったロロにはセザールが何を言っているのか分からない様子だ。
ソラ達も説明を聞いてはいたが、その言葉の意味についてはよく分からなかったという方が正しいだろう。気配よりもう一段階上とセザールは言っていたが、そう言われても理解が及ばなかった。
「あぁ、波動を知らないなんて。情けない。それだけで、人生が三百六十度変わるというのに。嘆かわしい、あぁ、嘆かわしい!」
「それじゃ、元に戻ってるよ」
アーチェの的確なツッコミが入る。それを言うなら、百八十度というべきだ。
「それならば! 我が君達に協力しようではないか! 我を連れて行くがよい!」
「何勝手に決めてんだ! お前みたいな変態を誰が連れてくか」
ロロはセザールの要求を突っぱねた。セザールはナイフをロロの眼光に突きつけた。
「黙るのだ、ロロ。この決定権はソラにある!」
「あ、また私ですか」
ソラがうんざりしていると、セザールは当然だと言うようにウンウンと頭を上下に振った。
「全ての決定権はリーダーに! さぁ、我を選ぶが良い。シルバーブラッドの少女よ!」
「おい、お前ソラの種族を知ってるのか?! 一体、どうやって」
「そんなのもうここにいる全員が知ってるよ」
途中参加したせいで、状況に置いていかれているロロが動揺すると、アーチェが冷静に言葉を呈した。やがて、三人で一斉に話し始める。ソラは最初は聞き取ろうとしていたが、段々と言葉が上手く耳に入らなくなっていく。単純に人の声が多過ぎる。
昔は七人全ての言葉を聞き取ることができる人間がいたというが、ソラは一人で精一杯だ。大体そんなのは人の所業とは思えない。
「もう、うるさい! みんな、黙っててよ」
ソラが怒鳴ると、周りがシーンと静かになる。ソラは顎に手を当てた。
セザールは強いし、恐らくこの島に対しての知識もある。何より波動という未知なる力を知っている。彼が隊に加われば、この先有利に進めるのではないのか。
しかし、セザールはかなりの変態だ。人の話を聞かない、料理が不味い。おまけに会ったばかりだ。
はっきり言って不気味だ。もし、セザールが心変わりしてソラ達を襲ったら、あえなく全滅だろう。しかし……。
「うん、いいですよ。セザール、一緒に行きましょう」
「おぉっ! ありがとう、シルバーブラッドの少女よ!」
「おい、本気で連れてくのか! とういか、その呼び名を止めろ!」
ロロが回転し続けるセザールの首元を掴んだ。アーチェは椅子に顎を預けると、気怠げな表情をした。
「僕はソラの決めたことだから、否定はしないけど、これから背中には気を付けた方が良さそうだね」
アーチェはセザールに対して半信半疑のようだ。それは当然の感情だった。そもそも戦ったばかりの相手だ。ロロとアーチェ、どちらか一人が欠けていたとしたら、セザールを降参させることは叶わなかった。
誰かが死んでいたかもしれないと思うと、ソラはゾッとした。そんなソラ達の心情はいざ知らず、セザールはニコニコとソラの言葉を待った。
「さぁさぁ、そろそろ夕飯の時間だ。我が食事を用意しよう」
断る暇もなく、セザールはキッチンへとすっ飛んでいく。セザールが一度決めたことは絶対だ。ソラ以外の二人は自然と席に着いた。肉が焼けるいい匂いが漂ってくる。今のところ甘いものと紅茶しか口にしていないので、肉は美味しいかもしれない。
それに肉を不味くする方法など、ソラには思い浮かばなかった。ちょうどいい火加減に焼いて、香辛料をかければ誰が作ってもそれなりの味になるはずだ。少なくともそうであるはずだ。
「くそ、あいつ信用できないぜ。ソラの種族をあんなに簡単に言いやがって」
「ロロ、やけに種族のことに拘ってるけど、そんなに気にしなくて大丈夫だよ」
ロロはやけにそのこと心配しているようだった。確かに人狩りの存在は怖いが、しっかりと身を守っていれば大丈夫なはずだ。ソラはどこか楽観的に考えていた。
「でも用心するに越したことはない。そもそも、アーチェが知ってるのも俺は気に入らない」
ロロの言葉の切っ先がアーチェの方に向いた。
「僕は別にお金とかはどうでもいいかな」
「お金?」
人狩りというのだから、何かお金のやり取りが行われていたのだろうか。
「銀の血は物珍しいからね、人に売られたり血を取られたり、酷い扱いを受けていたということは僕も知ってるよ。でも、そういうのには興味がないから」
アーチェの言葉にソラは昔、自分も苦労したのだろうかと思った。ロロはそれを知って守ろうとしてくれたのだ。
「ロロ、そんなに心配しないで。自分の身ぐらい自分で守るから」
「別に俺は心配してるわけじゃ――」
ロロの言葉が途切れた。セザールが巨大な豚の丸焼きを持ってきたのだ。否、それは豚に似ているだけで豚ではなかった。額には角が生えていたし、しっぽが蛇の形になっている。この地の生き物はあいからわず不思議な形をしている。
「これも不味いんじゃないだろうね」
アーチェは肉に中々、手を付けなかった。用心している。
「アーチェ、さっき結構食べてたけど」
ソラはアーチェがクッキーを割と食べていたことを思い返した。
「不思議なんだけど、あれをずっと食べてたら舌がピリピリしてきてね」
「それ大丈夫か?! 毒じゃないのか?」
しかし肉からはとてもいい匂いがしていたため、ロロとアーチェは迷いながらもそれを口にした。ソラはいつも通り、なんともなかった。
が、二人は違った。それを口にして噛むなり、二人仲良くそれを吐き出した。
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