154.銀の瞳に映るもの
「キュキュキュ?」
「レース、大丈夫だ。俺は……」
魔力の風が吹き抜ける魔王城の最上階。暗闇に包まれたその場所にて、シルヴァはレースの頭を撫でた。それが嬉しかったのか、レースはピョンピョンとその場を飛び跳ねている。その光景が懐かしく、また尊くもあった。シルヴァはレースのためにも、ここを守らなければいけなかった。
「最近は俺たちの勢力もかなり削られてきた」
シルヴァは最近、苦汁を舐めさせられていた。というのも、直属の部下が何者かによって倒されているのだ。シルヴァもここから動きたいが、魔王なのでそれはできない。トップというものは、いつだって動きを制限されるのだ。
「魔王様!」
扉をノックする音が聞こえる。シルヴァはレースをベッドの下に隠した。スライムというのはイジメられやすい種族だ。だからこそ、存在は限られた者にしか伝えていない。レースは狭いところに押し込められ、不満そうな顔をしていたが、大人しく従った。
シルヴァが入れと言うと、扉が勢いよく開かれた。シルヴァの予想していた通り、目の前にいるのは最近よく見かける少年だった。あまり強そうではなく、他の者からも邪険にされていると聞く。名前を呼びかけようとしたが、忘れてしまった。聞くこともできたが、そんなに彼に興味がなかった。
「どうした?」
「俺にも何か任務をください!」
シルヴァはその言葉にため息をついた。時々いるのだ。上官から与えられた任務だけでは物足りず、上まで直談判する奴が――。まさかこの少年がそんなタイプだとは想像もしていなかった。
「任務があるのだろ? それに無礼だとは思わないのか?」
こう見えてもシルヴァは魔王なのだ。下の者が気軽に言葉を交わしていいはずがない。シルヴァは特に気にしていないが、こうでも言わないと多くのモンスターがここに来てしまう。平穏を望むシルヴァにとって、それは避けたい事態であった。
「無礼なのは承知の上です。俺はもっとここの役に立ちたいんです! 俺のことを拾ってくれたシルヴァ様のためにも!」
彼はいつになく必死だった。その涙迫る様子に、シルヴァは圧倒されかけていた。彼にも何か譲れないものがあるらしい。
「拾った……?」
それよりも、シルヴァは最後の彼の言葉が気になっていた。シルヴァにとって、彼はあまり知らない存在のはずだ。しかし、その瞳には見覚えがあるような気がした。そして、彼の腕の火傷痕を見て、全てを思い出した。
(あの時の、小僧か)
都市の名前は忘れてしまったが、そこで倒れていた彼を介抱してここに連れて来た記憶がある。なるほど。だからここまで、馴れ馴れしいのだ。しかし、そんなことはここにいる者の過去にありがちだ。
だからこそ、彼のことはあまり印象に残らなかったのだ。火傷痕を見なければ、一生思い出すことはなかっただろう。だが、名前だけはどうしても思い出すことはできないようだ。
「お願いします! 俺は少しでもお役に立ちたいのです!」
握りしめた拳が震えている。
「そうだな……」
シルヴァは鬼気迫る彼の様子を見て、顎に手を当てた。ここまでやる気があるのだ。それならば、それ相応の任務を与えてもいい気がする。だが、何も彼にこなせそうな任務は思いつかなかった。国や都市を攻めると言っても、単独で動かれては困る。
「お前のその態度に免じて、何か任務を与えてやろう」
「!! ありがたき、幸せ!」
彼が目を輝かせた。頭に生えた耳が、まるで力一杯に引っ張られたようにピーンと伸びる。
「紅竜を探してこい」
「紅竜というのは、あの炎を司る伝説の……!」
流石に彼も紅竜のことは知っていたようだ。紅竜というのは、長きに渡り、元勇者ソダシをこの地から隔絶するほどの力を持った伝説の竜だ。しかし、もうその竜はこの世にはいない。
いるのは、彼女の残した子だけだ。その子は大きくなるにつれて、自身の力に気付くだろう。紅竜の力は一子相伝だ。必ずや、強い竜となることが約束されているのだ。
シルヴァは一年前に見た小さな竜のことを思い出した。あれは紛うことなき紅竜の子だ。しかし、シルヴァは捕まえることなどはしなかった。紅竜は野生下の厳しい環境で育ってこそ、強い力と残虐な心に目覚めるのだ。あれからかなり時間が経った。もう国一つを滅ぼせるほどの力がみなぎっているだろう。
そろそろ、紅竜をこちらに向かい入れても、いい状況だった。さすれば、強大な力を魔王側は手に入れることとなる。
「分かりました! このリト。命に代えても、その紅竜を捕まえてみせます!」
リトと名乗った少年は威勢よく叫ぶと、扉を閉めることなく、部屋から出ていった。レースがベッドから顔を覗かせた。シルヴァが合図をすると、嬉しそうに狭いところから身を出して、すり寄って来る。
「そうか。あいつは、リトっていったか」
変な匂いのするやつだと思っていた。名前を知れて、スッキリとしたところだ。シルヴァはレースの頭を撫でた。
「キュキュキュキュキュキュ?」
「できるはずがないだろ。あいつに」
シルヴァにはレースが何を言ってるか、大体理解することができた。シルヴァは首を横に振った。あの弱そうな少年に紅竜を捕まえることなど、不可能なのだ。そもそも、紅竜などこの広い地で見つかるはずがない。
「無理難題なんだよ。だから、すぐに帰って来るだろ」
弱い奴は黙ってここにいればいいのだ。そうすれば、死ぬことはない。あの少年もすぐにここに戻って来て、元の平穏な生活に戻るだろう。
シルヴァは窓から、外に早足で駆けていくリトの背中を眺めていた。




