153.星まで届け
「ルフォーネ、僕たちの名前と似てる……」
ルフォーネという名前の響きは、鳥人の名前に少し似ていた。しかし、彼はどう見ても人間だった。
「ロロとアリアは何か食べたかな?」
アーチェは市街地を歩きながら、二人のことを思い出した。ふと露店に目がいってしまう。その時、アーチェはある一枚の絵を見つけた。
「これは……」
「あぁ、そこの人。絵に興味がおありかな? おや? 金髪とは珍しい。おいらは生まれて初めて見たよ」
絵を売っていたのは、ターバンを巻いた一人の男だった。アーチェの髪色を見た瞬間、目を好奇の色に輝かせた。ここで暮らしていればもう慣れたことだ。アーチェは深く反応せず、絵を眺めることに集中していた。
木枠に立てかけられたその絵は、誰もいない高台から街を見下ろした風景を描いていた。空は透き通るような青で、雲は柔らかく流れ、遠くの山並みは淡い光をまとっている。現実よりも少しだけ澄んだ色合いが、まるで理想の記憶を閉じ込めたみたいだった。
アーチェは無意識に手を伸ばし、そっと絵を持ち上げる。指先に伝わるのは乾いたキャンバスの感触と、かすかな絵の具の凹凸。近くで見ると、細かな筆跡が景色に息を吹き込んでいるのが分かった。光の当たり方ひとつで、川面がきらめいて見える。
「……綺麗だな」
思わず声が漏れる。絵の中の世界は静かで、穏やかで、時間さえゆっくり流れているようだった。騒がしい都市の真ん中にいるはずなのに、その景色を見ている間だけは、風の音さえ聞こえてきそうな気がする。
もしここに立てたなら、どんな匂いがするだろう。空気は冷たいのか、暖かいのか。そんな想像が自然と浮かんでくる。
ほんの数秒なのに、遠くへ旅をした気分だった。アーチェは絵を綺麗と思うことがあまりない。それは単に、アーチェに芸術的な才能がないのだろう。ソラやロロならば、絵の価値がもっと分かるのだろう。
「その絵が欲しいのかい? 描いた人が分からないからね。銀貨三枚なんだ」
「描いた人が分からないっていうのは?」
この店に絵が入った経緯が気になり、アーチェは尋ねた。店主は口髭をいじりながら答える。それを見て、アーチェは少し羨ましいと思ってしまう。アーチェには口髭が生えることはないからだ。それが体質のせいなのかは分からなかった。
「誰かがここに置いていったんですよ。だからこうして、売っているわけです」
それはそれでどうなのかと思うが、アーチェは口には出さなかった。それを言ったところで、何も起きることはない。
「その誰かっていうのは?」
「ふーむ、印象的だったのが赤髪だったことかな? それしか、覚えてませんな」
「赤髪……。その人は男だった?」
アーチェは一番気になることを店主に尋ねた。一年前から、見かけていない彼のことを思い出していたからだ。しかし、店主はアーチェの望む回答を示してくれることはなかった。
「うーん、性別まではわからないですな。ローブを被っていましたので」
「そうか……」
「ところで、お客さん。そこまで話を聞いたんだ。この絵をどうするか、そろそろ決めてほしいものだね」
そこで初めてアーチェはこの絵を手に持ってから、だいぶ時間が経っていることに気が付いた。買うはずのない商品をこうして長い間手に持っていることを、店主は良く思わないだろう。
「あ、すまない。じゃあ、これを買うよ。銀貨三枚でいいんだったな?」
「まいどあり!」
アーチェが革袋から銀貨を三枚取り出すと、店主は引ったくるようにしてそれを受け取った。何だかニコニコとして憎めない店主だ。
アーチェは絵を握りしめながら、帰路についた。幸い、人助けをしているためお金には困っていない。依頼を達成することで、ダルカナルからお金を受け取ることができるからだ。そのお金はダルカナルが調達しているらしく、詳しい調達経路についてはアーチェは知らなかった。
着いた頃には、まだ昼頃だったが、もう都市には夕焼けが差し込んでいた。
◆
「だからね、私はこの依頼を受けるべきだと思うの!」
「どう見たって、怪しいって」
「ダルカナルは名の知れている都市なのよ! 本当に怪しい依頼だったら、受け付けるはずがないじゃない!」
宿屋に入るなり、ロロとアリアの大声が聞こえてきた。大声を出しているのは主にアリアで、ロロはそれを受け流すような形だ。アーチェが部屋に入ってからも、二人はしばらくアーチェには気が付いていなかった。
「この依頼は怪しすぎる! 俺がこれを捨てに行くから、受けるのは駄目だ。ともかく、アーチェさんが決めることなんだから――あ! アーチェさん!」
ロロはようやくアーチェの存在に気が付いたようで、犬のように駆け寄って来た。
「この依頼なんですけど、どう見ても怪しいですよね? アリアが受けたいっていうんですけど、俺は止めた方がいいと思うんですよ。それよりも、この料理セットが報酬として貰えるこっちの依頼の方が理想的じゃないですか?」
ロロは二つ依頼書を持っているようだ。依頼をこなした時に貰えるのは、何も金だけではない。物資のお礼ももちろんある。
「あぁ……うん」
ロロは依頼書を手渡してくるなり、矢継ぎ早に話し始めた。一つ一つに反応していたら一体どれだけの時間がかかってしまうか分からない。アーチェはおぼろげに返事をすると、既にクシャクシャになっている依頼書に目を通した。
「生態を調べるだけの簡単な依頼。報酬は……金貨二百枚と」
アーチェはその金額の多さに目を見張った。それだけの大金があれば、一生働かずに暮らすことができるだろう。ロロが怪しいというのも、無理はなかった。
しかし、アーチェはその依頼から目が離せなかった。別に金に目がくらんだ訳ではない。それは使命感のような不思議な感覚だった。アーチェの脳裏に空を飛び回る彼女の姿が目に浮かんだ。
「受けよう」
その一言は自然と口から出ていた。




