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152.虹の導き

 門前には長蛇の列ができていた。行商人、旅人、荷車を引く獣。さまざまな人々が、入都の検査を待っている。門の両脇には重装備の衛兵が立ち、鋭い目で列を見張っていた。 


 順番が回ってくる。重そうな兜を被った男が、こちらを見ることなく声をかけてくる。


「目的は?」


 低く響く声に、ソラは一歩前に出て封書を差し出した。厚手の紙に刻まれた紋章が、光を受けて鈍く輝く。 


 衛兵は封を確認すると、表情をわずかに変えた。隣の兵と視線を交わし、小さくうなずく。


「……失礼した。通っていい」


 重々しい門が軋みながら開く。その瞬間、空気が変わった。


 都市の内側は、外とはまるで別世界だった。


 頭上を、小さな乗り物が音もなく滑っていく。箒にも似た細長い機体にまたがった人々が、慣れた様子で空を行き交っていた。交差するたびに軽く手を振り合う姿は、まるで空が街路の一部であるかのようだ。


 通りには奇妙な光を放つ魔法道具が並び、自動で動く荷運びの箱が行き交う。浮かぶ標識、喋る看板、勝手に温度を保つ屋台の鍋。

 人々の会話と笑い声、魔力の微かな振動が混ざり合い、街全体が生きているかのように脈打っていた。


 それだけでなく、都市は色々な種族に溢れていた。人間族、獣人、ドワーフ、エルフ。けれど、鳥人はここでは見当たらなかった。


「……なんだ、ここ」


 誰かが呆然とつぶやく。アーチェも言葉を失っていた。ダルカナルはただ大きいだけの都市ではない。技術と魔法が融合した、世界の中心そのものだった。


「これから、どこに行くんですか? 俺はあの子のお守りはもうごめんですよ」


 ロロが都市の内装を眺めるのにも飽きたようで、アリアの首根っこを引っ張りながら、尋ねてきた。


「とりあえず、僕はこの都市の長官に挨拶しに行ってくるから、このお金であそこの宿屋に泊まっておいてくれ。好きなものを食べていいから」


「ほんと?! じゃあ、俺は何を食べようかな〜」


 ロロはお金を受け取ると、意気揚々と歩いて行く。その後をアリアが急いで追いかける。アーチェは一人になると、籠城へ向けて歩き出した。

 昔は城として使われていたらしいが、今は将軍であるアイレンが住んでいる場所となっているらしい。アイレンに気に入られないと、速攻退去もあり得るため、注意が必要だ。それを気にもとめながら、アーチェは足を速めた。



「……、……。……」


 アイレンは変わった男だった。重厚な兜を被っており、顔はほとんど見えない。目の色も分からず、分かるのは茶色い髪を持っているということぐらいだ。


「フムフム、アイレン様はそなたを歓迎すると仰っております」


 アイレンのそばには常に部下を名乗るものがいて、その人がアイレンの言葉をアーチェに伝えてくれた。


「は、はぁ」

  

 部下がアイレンの話した言葉を通訳するのを見て、アーチェは戸惑いながらも頷いた。結局、アーチェと一言も言葉を交わすことがなかった。しかし、アーチェが気に入られていないというわけではなく、部下の様子からしていつものことのようだ。


 厚い石壁に囲まれた通路へ足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌にまとわりつく。昔は兵士たちが駆け抜けていたのだろう、磨り減った床石は鈍い光を返し、靴音が低く反響する。その音さえも、ここでは不用意に響かせてはいけない気がする。


 壁には古い松明の跡が残り、今は代わりに小さな灯りが等間隔に置かれている。炎は控えめに揺れ、石壁の影をゆっくりと動かしていた。その影がまるで見張りのように揺れるたび、ここが単なる廃城ではなく、今も誰かが守り続けている場所なのだと、アーチェは実感した。


 通路の角を曲がると、かつての防衛用の狭間がそのまま残っていた。外を覗けば、遠くの景色が細く切り取られて見える。ここから敵を監視していた時代があったのだろう。だが今は、見張る相手もなく、ただ風が低く唸るだけだ。


 奥へ進むほど、人の気配が濃くなる。簡素な寝具や積まれた物資、壁際に整えられた武器。緊張と生活が同居する空気が漂っている。誰も大声を出さないが、息遣いと布の擦れる音が確かにここに人がいることを教えてくれる。


 石造りの階段を上がると、かつては指揮を執っていたであろう広間に出る。天井は高く、声を出せば遠くまで響きそうだ。だが今は、中央に置かれた机と地図の上に灯りが落ちるだけだ。


 ここはもう華やかな城ではない。けれど、その重厚な壁は今も変わらず、人々を守るために立ち続けている。


 アーチェはその景色にしばらく見惚れながら、歩いていた。だからこそ、前から歩いてくる人物に気が付くことができなかった。


「わ!」


 相手の力が強かったのか、少しだけ姿勢が傾いてしまう。ぶつかったのはフードを被った男だ。その男には見覚えがある。それが船でアリアを助けてくれた人物であるということに気が付いた。男のフードがぶつかった勢いで飛んでいってしまう。


「君は……」


 男がアーチェを渋々と眺めながら、眉を顰めた。その人のあまりの美しさにアーチェは目を見張った。髪は透き通るような白髪。目は角度によって色が変わり、一番近い色は虹色と言うべきだろう。背はかなり高く、アーチェは立ち上がった後も見上げなければいけなかった。


「あ、ごめん。僕の名前はアーチェ。さっきは、うちのアリアを助けてくれたよね?」


「……」


「あの……」


 男が黙っているのを見て、アーチェは首を傾げた。


「失礼。私の名前は、ルフォーネと言う。アーチェとか言ったな?」


「あ、あぁ」


「君からは特別なものを感じる。少しバルコニーに出てきたまえ。なに、私はここではかなり名が通っているのだ。勝手にここを使おうが、君も含めて咎められることはない」


 アーチェの不安を察したのか、ルフォーネはそう告げると、バルコニーの扉を開けた。アーチェが後を追うと、バルコニーからは大きな都市の外観を隅から隅まで眺めることができた。アーチェはこんなにたくさんの人を目にしたのは生まれて初めてのことだった。


「アーチェ殿。もしよろしければ、その瞳をもっと間近で見せてもらえないだろうか?」


「瞳?」


 頼み事の意図が分からず、アーチェは困惑するばかりだった。しかし、ルフォーネの様子から真面目な話だということが分かったので、強く抵抗はしなかった。


「失礼する」


 アーチェは手をグイッと強く引っ張られると、瞳を見定めるように見つめられた。その虹色の瞳と目を合わせていると、なんだか不思議な気持ちになってくる。


「ふーむ、なにやら君からは特別な力を感じたのだが、気のせいだったか……?」


 ルフォーネは自分でも意味が分からぬというように、アーチェの手を離した。何をされているのか全く分からなかったが、ルフォーネの真意にはそぐわない結果になったらしい。


「無粋な行いをしてしまい、すまない。どうしても確かめたかったのでな」 


 ルフォーネが心底申し訳なさそうな顔をして言ったので、アーチェも拍子抜けしてしまう。


「いや、気にしないでいい」


 実際、何か被害を被ったわけではないのだ。そう、腹を立てることでもない。


「お詫びと言ってはなんだが、もし精霊の丘に訪れることがあったら、私の名前を出すといい。快く迎えてくれるはずだ」 


「覚えておくよ」


 精霊の丘というのは聞いたことがないが、いつかは訪れることもあるかもしれない。アーチェは去っていく彼を真っすぐ眺めていた。


 胸騒ぎがした。



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