14.力と旋律が交わう瞬間
「え、私ですか?」
ソラは恐る恐る立ち上がった。なぜ、自分が戦うことになるのかさっぱり分からない。しかし、ロロが戦うよりかはそちらの方がいいとも思えた。セザールはかなりの手練だ。ロロには面と向かっていえないが、セザールに勝つことは無理だ。
「そう、ソラ。君だ。君からはいい波動を感じていてね、気になっていたんだ」
「なんでソラがこの話に入る? 関係ないだろ」
「おぉ、それに君はこの三人の中のリーダーだと我は感じとった。仲間が受けた決闘は主が受けるものだ」
「そういうものですか」
ソラは剣を引き抜いた。ロロは慌てて二人の間に割って入る。
「おいおい、待てよ。これは俺の勝負だ。手出しは無用だ」
「気にしないで、ロロ。それに私ちょっと興味があるんだ。あの人に」
そう、セザールという人間がどんな戦い方をするのかソラはただならぬ気配を感じたときからずっと考えていた。恐怖の感情の裏にゾクゾクとした感情がある。気が付かないようにしてきたが、いざ彼と勝負が出来るとなれば、そのチャンスを逃すわけにはいかない。
ソラの言葉を聞いてロロは少しショックを受けたような顔をした。もしかしたらロロもセザールと戦いたかったのだろうか。
「気になるって……あいつのなにがいいんだよ? 単なる変態野郎じゃないか? 飯も不味いし」
「ロロは事実しか言ってないね」
アーチェは不味い紅茶を渋い顔で飲みながら、二人のやり取りを見守っている。
「さぁ、かかってくるがよい。久々の人との手合わせだ。腕が鳴る」
セザールはそう言った瞬間、間合いに飛び込んできた。ロロにも同じ攻撃をされたことがあったが、それとは比較にならないほど、早い。
ソラは自身の刃でそれを受け流そうとしたが、その威力を打ち消すことができなかった。壁まで吹き飛ばされる。
セザールは一瞬の隙もなく二手目に入った。今度は体を柔軟に動かし、足を狙ってくる。着地の衝撃で足が即座に反応できない。ソラは壁を手の力で掴むと、壁をえぐり取ることで上へと飛び上がった。そのまま落ちていく力に身を任せる、刃をセザールの背へと定めた。
セザールが刃の切っ先でそれを軽々と受け止めると、ソラの剣が綺麗に砕け散った。剣の欠片が宙を舞う。セザールのナイフには傷一つついていなかった。
そもそもソラの剣は長剣だ。ナイフが本来、勝てるはずがない。達人筆を選ばずという言葉は彼のためにあると言っても過言ではない。持っている武器を最大限に生かして戦っていた。
ナイフが流線を描いて首筋を狙う。咄嗟にかわすことができず、ソラは目を瞑った。完敗だ。これほどの実力差を見せつけられては、悔しいといいう感情すら浮かばない。ソラは諦めて、ただひたすらに刃を待ちわびた。
しかしいつまで経っても最後の一撃はこなかった。ソラが目を開けると、ロロがセザールと刃を交えていた。セザールは眉を顰めている。
「君はお呼びじゃないんだけどな」
「だったら、呼ばせてやるよ」
ロロはセザールからの攻撃を力技で跳ね返すと、そのまま右の脇腹を剣で狙った。セザールは勿論、それに反応したが、ロロは瞬時に剣を引っ込めた。予想外の行動にセザールの動きが鈍る。
ロロは右腕でセザールの腹を殴りつけた。鉄の塊で殴られたようなものだ。セザールはその力に少し退いたが、体勢を立て直しきれなかった。
ロロは懐に飛び込むと、体を地面に近づけ足払いをかけた。先程、セザールがソラにかけようとした技だ。ロロはあれを見様見真似で真似したのだ。
蹴りにより、横転したセザールの腹を蹴り飛ばし、壁に叩きつける。そのまま剣で首を狙ったが、セザールはそれをナイフで受けとめた。ロロは剣に全身を乗せている。自身の体重を使い、セザールと剣を交えた。あの体勢は危険だ。力を入れすぎているため、次の攻撃に入れない。
セザールもそれを読み取ったのか、その体勢のまま、剣を後ろへと引き戻した。いきなり支えを失ったロロは体勢を崩し、地面に倒れそうになる。セザールはその隙を見逃さず、持っていたナイフを倒れ込むロロの体に刺そうとした。
それをさせなかったのはアーチェだ。飛ばしたブーメランの内の一つは彼のナイフの切っ先に当たった。落ちたナイフをセザールは拾おうとしたが、もう一つのブーメランが彼の腕を切断した。
戻ってきたブーメランをアーチェは両手で受け止めた。アーチェのコントロール力は流石だ。セザールは落ちた自分の手とナイフを目にしていたが、やがて片方の掌をこちらに向けた。
「ハハ、降参だ。強いね」
嘘だ。セザールは本気を出していなかった。しかし彼は笑っていてこれ以上戦いを続ける気はなそさそうだ。セザールの腕は直ぐにバキバキと音を立てて、元の姿に戻る。骨が繋がるような音だった。
「いやぁー、君達はなかなかやるね。この我がこんなに押されるとは」
「ふざけんな。こんな勝ち方で満足できるか」
ロロは立ち上がると、顔を背けた。確かに三対一という条件、しかも相手に本気を出されていないともなれば、そう思うのも仕方のないことだった。
「ハハハハ、割り込んできた君に言われたくないよ。さてさて、アコーディオンの音色は我が間違っていたということで、正しい音色を聴かせてもらおうか」
「ふざけんな。俺は勝ってなんかいな――」
「さぁさぁ」
セザールはロロの言葉を遮ると、持っていたアコーディオンをロロに手渡した。
「俺は演奏はちょっと……」
「無駄だよ。ロロ、その人は話を聞かないんだ」
アーチェが呟くと、ロロはくそっと舌打ちをし、アコーディオンの感触を確かめている。
「さてさて、演奏を聴こうではないか。ほらほら、座るんだよ。ソラ、アーチェ」
セザールがソラとアーチェの背中をグイグイと押し、椅子に座らせてくる。セザールは真ん中に座った。完全に彼のペースに乗せられていた。
セザールの前ではロロもいつもの調子は出せず、少し葛藤していたが、やがてアコーディオンを構えた。
「――」
刹那、その演奏にみんなの注目が集まる。ロロの演奏はセザールとは比べものにならないほど素晴らしいものだった。セザールが下手というわけではない。
ロロの演奏が格段に上手いのだ。ロロが奏でる音は一つ一つがまるで命を持っているかのようだった。曲調もセザールが演奏していた時と少し違う。
この演奏を聴けば、誰だってロロの方が正しい演奏をしていると言うだろう。アーチェも耳を奪われているようで、演奏を黙って聴いている。
ソラは目を瞑った。この演奏はずっと昔に聴いたことがある。そこは草むらに大きな木があった。青い空の下で今より少し小さな少年が、アコーディオンを小柄な体で一生懸命に持ち上げ、演奏を奏でていた。その様子をソラは木の根元に体を預けて、聴いているのだ。
小鳥が舞いあがるようなその演奏は感動したのもつかの間、すぐに終わってしまった。ソラとアーチェはそれをすることがさも当然であるかのように、拍手をする。それを聞いてロロは少し恥ずかしそうな顔をした。しかしすぐにいつもの表情に戻った。
「これでいいだろ。やっぱりお前は間違ってるんだよ」
ロロがセザールへと指を向けた。ソラがセザールの方を見ると、彼は小刻みにプルプルと振るえていた。
「ブラボー!」
セザールは片足だけを上げて飛び上がると、高々に拍手をした。
「素晴らしい! なんという綺麗な演奏だ。あぁ、我の演奏は間違っていたようだ。この五十年もの間に我は大好きだったこの曲ですら、完璧に弾けなくなっていたとは……!」
彼は文字通り涙を流し、地面に跪き、哀しみにくれた。そんなセザールのことはソラは放って置くことにした。
「素晴らしかったよ、ロロ。この曲はなんていう曲なの?」
「これは、小鳥のガーベラっていう曲だよ。飛べない小鳥が大空に飛び立つロマンチックな曲なんだ」
「……、君からロマンチックっていう言葉が出るなんてね。気味が悪いな」
「うるさい! 俺だってこんな言葉言いたくなかったんだ!」
ロロはぶっきらぼうに言葉を返すと、アコーディオンをセザールに手渡そうとする。しかし、彼は地面に跪いたまま動かない。仕方ないので、ロロは机の上にアコーディオンを置いた。
セザールは先程までの賑やかな様子が嘘のように静かだ。もしかしたら死んでいるのかとさえ思える。普段、賑やかな人が静かな時ほど不安になるときはない。が、彼は生きていた。急に立ち上がると、ロロの手を思いっ切り握った。
「弟子にしてくれ。ロロ!」
「え!」
彼は高々に宣言した。
************************
ここまで読んでくださってありがとうございます!
面白かったと思ってもらえたら、ブックマークやポイントを入れていただけると嬉しいです。
次回もよろしくお願いします!




