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146.差し込む朝日

 アリアは夢を見ていた。それは幼い頃に、まだ元気だったファオと駆けっこをしている夢だった。ファオの夢は剣士になることで、いずれ外に修行に行くことを夢見ていた。アリアはファオと違い、だいそれた夢はないが、それでもファオと一緒に外の世界について話す時間が好きだった。


「ファオ……」


 その光景を最後に、アリアは目が覚めていた。ベッドから上体を起こすと、自身が泣いていたことに気が付いた。寝ながら涙を流していたようだ。悲しい記憶ではないというのに――。


「ファオの様子を見に行かなくちゃ!」

  

 窓から差し込む朝日を見て、アリアはベッドから急いで立ち上がった。昨日は夜更かしをしてしまったため、まだ寝不足を感じる時間ではあったが、目が冴えてしまった。両親はまだ寝ているだろうか。


 ファオの部屋はアリアの向かいの部屋なので、すぐに様子を見に行くことができた。ファオを起こさないように細心の注意を払いながら部屋に入ると、ファオの部屋にも朝日が差し込んでいた。

 ずっと部屋の中だと息がこもるからという理由で、ファオの部屋の窓はずっとカーテンをしていない。青空が好きなファオは体調が少しだけいい日は、そこから外の景色を眺めていた。けれど、そんな光景はここ最近ずっと見ていなかった。


「あ、ねぇちゃん」


 だからこそファオがベッドから上体を起こし、外を眺めている姿を見たときには、息が止まるかと思った。そんな光景も束の間、ファオはすぐにアリアが入ってきたことに気が付いて、昔と変わらない笑顔でアリアのことを呼んだ。


「ファオ!」


 アリアは気が付くと、ファオの小さな体に抱きついていた。



「うん、かなり良くなってきているね。これだと、もう安静にしていれば大丈夫かと」

 

 ファオを一通り診察したアーチェは、安心したように頷いた。その言葉に両親は一気に安堵した様子を見せる。


「あぁ、なんとお礼を言ったらいいか。うちの全財産をあげたって、足りないぐらいだ」

  

 父親が感無量といった様子で感謝の意を伝えた。


「いや、お礼は結構ですので」


 アーチェはあくまでもお礼を受け取るつもりはないようで、首を横に振った。


「早くお外で遊びたい」


 ファオは少しでも元気になったことが活力になっているのか、足をバタバタと動かした。そんな弟の姿にアリアは胸をなで下ろした。少なくとも、もう峠は越えているようだ。


「もう少しの辛抱だから。それが終わったら、好きなだけ走り回ればいい」


「明日ならいい?」


 ファオはアーチェに期待の眼差しを送ったが、予想していた通り、アーチェはその願いについては否定した。


「明日は流石に駄目だ。無理は禁物だ」


「ちぇー」


 ファオはふてくされた様子を見せると、布団の中に閉じこもってしまった。そんな様子はいかにもあのファオらしい。


「ねぇ、お父さん。アーチェさんはこう言ってるけど、うちにはあれがあるでしょ? あれを上げたらどうかな?」


 アリアはアーチェがファオの会話に気を取られている隙に、父親の服の裾を引っ張った。


「あれ……?」


 父はアリアの言っていることがいまいち分からないらしく、首をひねった。アリアはそんな父に呆れてしまう。うちの家宝とも呼べる品物だとアリアは考えているのだが、父にはそんな発想は全くないようだった。


「ひいおじいちゃんが大事にしてたあれのことよ!」


 あんなに家族が、大事にしていた宝物の存在をうっかり忘れてしまう父に、なんとか思い出させようとアリアは必死だった。そんなアリアの必死さが伝わったのか、父はしばらくしてハッとした顔をした。


「おぉ、あれか! よしよし、あれを持ってくるとしよう」


 父はそう言うと、部屋からコソコソと出ていった。話の蚊帳の外だったアーチェとファオは、不思議そうに父の言動を見ていた。


 しばらくして、父親は手に分厚い本を抱えて戻って来た。表紙には綺麗な鳥の紋様が刻まれていた。アリアはそれを父の手から受け取った。


「アーチェさん、これはひいおじいちゃんが大事にしてた本なんです。ぜひ、受け取ってください!」


「そんな、大事なもの受け取れないよ」


 アーチェはアリアの想像した通り、本を受け取ろうとはしなかった。しかし、アリアは首を横に振った。


「そんなこと言わずに、中身を見てみて!」


「中身……?」


 アーチェはしぶしぶ本を受け取ると、本の中身に目を通した。


「これは……」


 彼は驚いたことだろう。本のページには文字も絵も何も刻まれていなかったからだ。しかし、アリアたちはアーチェのことをからかっているわけでは決してない。


「それは、天空の書っていうの。ひいおじいちゃんが言ってた。この書はいずれ文字を綴って、人の歩むべき道を示すって」


 曾祖父がアリアにそんな昔話を聞かせてくれたのはもう何年も前のことだ。かなり高齢だった彼はもうとっくに亡くなってしまったのだ。しかし、彼から聞いた話は今でもアリアにしっかりと受け継がれている。 


「……」


「アーチェさんはこの書物を持つのに相応しいと思うの! だから、受け取ってほしい」


「アリア……」


 アーチェが困ったように顔を伏せた。しかし、これだけはどうしても受け取ってもらいたかったのだ。そうでもしなければ、示しがつかない。

 

「俺からも頼みます。アーチェさん、ぜひ受け取ってやってください」

  

 父が前に進み出た。その真剣な表情を見て、アーチェは再び本を見つめ直した後に、頷いた。


「……、分かりました。これはありがたく頂戴しましょう」


「やった! きっと、ひいおじいちゃんもアーチェさんが持ってくれて喜んでるよ!」


「そう言ってもらえると、嬉しいよ」


「そうだ。アーチェさん! 今日はぜひうちに泊まっててよ!」


「おいおい、こんな汚い家に泊めたら迷惑じゃないか? 宿の方がいい。その方が、余程綺麗だ!」


「アーチェさんは私たち姉弟の命を救ってくれたんだもの。少しは私たちでおもてなししなくちゃ!」


「! 俺としたことが、子どもたちに気付かされるとはな。アーチェさん、もし嫌でなければ今日は俺たちの家で泊まっていってほしいのですが……」


「嫌だなんて、とんでもない」


「あら、それじゃあ料理によりをかけなくちゃね」


 母はその言葉を聞いて嬉しそうに手を叩くと、台所に向かった。まだ昼の時間だが、食事の仕込みをするのだろう。


「お母さんー! 待ってよー!」


 アリアは母のあとを急いで追った。



「アーチェさん、こんなところにいたんだ!」


「アリア、危ないよ」


 屋根に飛び乗ったアリアを見てアーチェは、咄嗟にアリアを受け止めようとした。アーチェの姿が食事の後から見当たらなかったため、探していたのだ。そうしたところ、アーチェが屋根の上から星を眺めているのを発見したのだ。


「アーチェさんこそ、危ないでしょ。こんな高いところにいて、落ちたら危険!」


 いくらモンスターを瞬殺できる力があっても、この高さでは怪我をしてしまうだろう。しかし、アーチェは怖がる様子を見せることもなかった。


「僕は大丈夫だよ」


 その言葉には妙な安心感があったため、アリアはこれ以上何も聞かなかった。そのかわりに、アーチェのしていたことが気になった。


「こんなところで何をしてたの? 天体観察?」


 実際それしかないだろうと思いつつも、アリアは尋ねた。予想していた通り、アーチェは頷いた。


「そんなところ。ここは星が綺麗に見える」


「それぐらいしかいいところがないからね」


 アリアは隣に座った。下を見ていると恐怖を思い出しそうだったので、なるべく上を見ることにした。アリアは小さい頃に、高いところから落ちて頭を打って以来、高いところが苦手になってしまったのだ。


「ねぇ、アーチェさん。外の世界はいいところ?」


 それが今のアリアにとって一番聞きたかった質問だった。結局のところ、実際に聞いてみなくては分からないのだ。


「……。難しいな。人によってそんなのは答えが違うだろうし」


「じゃあ、アーチェさんの答えは?」


 確かに複雑な質問だったかもしれない。アリアはアーチェの意見を聞くことにした。


「僕の答えか……。そんなことは考えたこともなかったな」


 アーチェはしばらく考え込むように、顎に手を当てた。アリアはアーチェの答えを心臓をドキドキさせながら待った。


「僕はやっぱり、好きかな。外の世界。嫌なこともあるけどね」


「うん、ありがとう! アーチェさん、私はもう寝るね!」


 アリアの一日はその言葉を聞けただけで、満足だった。


「風邪引かないようにね」


「分かってるってば!」


 アリアは元気よく答えると、そのまま梯子を伝って、自室へ戻った。そのままベッドに入り込み、今後のことに結論を出した。


「うん、決めた!」


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