143.変わりしもの
「キャアーー!!」
目の前に現れたモンスターの存在を目の当たりにして、少女――アリアは悲鳴を上げた。ライオンのような姿をしているが、背中にはとても飛べそうにない小さな翼が生えていた。目が血走っており、叫び声を上げながら、こちらに向かってくる。
「逃げなきゃ!」
アリアは立ち上がると、急いでその場から駆け出した。足の速さには自信がない。けれど、そんなことを言っている場合ではない。アリアは両手に持った薬草を握りしめた。これがあれば、弟は病気から助かるかもしれないのだ。そう考えると、ここで死ぬわけにはいかなかった。
弟は重い病気にかかっていた。医者からはこのままでは時間の問題だと言われたのだ。しかし、今アリアがいるゲトウ山の奥深くには、その病気を治すことができるという噂の薬草があるということをアリアは知っていた。博識になりたいと思い、毎日のように曾祖父の所持していた本を読み漁っていたからだ。
ここに来ることは両親にも弟にも言っていない。アリアのことを愛してくれる両親は当然心配して止めるだろうし、弟に至っては責任を感じてしまうだろうからだ。
アリアは二つ年下の弟のことを思い浮かべた。いつだって一緒にいた弟なのだ。こんなことで失うわけにはいかなかった。
「ウゥ……!!」
しかし、そんな理由をモンスターが察してくれるわけがない。刹那、モンスターが振り下ろした腕が木に当たった。その瞬間、木が大きな音を立てて崩れ落ちてくる。
「わぁ!!」
アリアはそれを避けようと、体を捻った。しかし、バランスを崩し高低差のある場所に落下してしまう。
三メートルほどだったが、足を痛めるのには十分な高さだった。アリアは痛みをこらえて走り出そうとしたが、動くことができなくなってしまった。
「ウワァウ!!」
「く、来るなら来なさい!!」
アリアは懐から果物ナイフを取り出した。もしもの時のために、台所から持ってきた母親の愛用のナイフだ。ここで死ぬわけには行かない。絶対に生きて帰り、弟の病気を治すのだ。
アリアが死ねば、何もかも無駄になってしまう。恐怖がなかったわけではない。けれど、諦めるわけにはどうしてもいかなかった。怯えから、手が震える。その影響でナイフもガタガタと音を立てていた。
「ウゥ……?!」
「あれ……?」
アリアがナイフを差し込む前に、モンスターが急に地面に倒れ込んでしまった。気のせいか、一瞬だけ強い光を目にした気がした。
モンスターは動かなくなってしまった。絶命しているのだ。
「ま、まさか私の秘められた力が明らかに?!」
アリアは自身の体を眺めた。何も変化があるようには見えない。けれど、アリアの家系は少し特殊な家系だったのだ。アリアの祖父の祖父の祖父――どれくらい前かは分からないが、ともかく先祖が勇者だったらしいのだ。家には伝承が残っており、その勇者は紛うことなき金色の髪を持っていた。
だが、アリアは金髪ではない。その色は薄い青色だ。魔王側の勢力によって、金色の髪を持つものは一人残らず殺されたが、勇者の三番目の子供だけは金髪ではなかったため、生き残り、子孫を残すことができたのだ。それがアリアの家の成り立ちだった。
「す、凄い!! もしかして、私は勇者になれちゃうかも!」
アリアは勇者の存在に憧れていた。強くて格好良く、いつだって優しい心を持っている。そして何より誰よりも強い正義感と勇気。子供だけでなく、全人類の憧れの存在だ。
「君、大丈夫か?」
しかしそれは完全なるアリアの思い込みだということに気が付いた。倒れ込んだモンスターの体の上に誰かが立っていた。太陽に照らされて、輝く金色の髪を見てアリアは目を見張った。背中には透明な剣が背負われていた。その剣の存在をアリアが知らないわけがない。
「勇者様……」
その言葉は意識することなく、口から自然と出ていた。金髪の少年はモンスターの体から舞い降りると、そっとこちらに手を伸ばしてきた。しかし、アリアはあまりの衝撃に手を取ることができずにいた。
「あの、お名前を教えてください!!」
アリアは気が付くと、名前を尋ねていた。どうしても名前を知らなくてはいけないと思ったのだ。
「アーチェ」
金髪の少年はそっと呟いた。




