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141.同じ選択(第4章完結です! 次章に続きます!)

「俺って、つくづくダメだよな」


 ロロはため息をついた。アーチェは悪くないというのに、あれでは単なる八つ当たりだ。


「ねぇねぇ、俺のことはどうして何も言ってくれないの?」


 その呟きを聞いたラーフラが不思議そうな顔をして、ロロの服を引っ張った。あまりに引っ張るものだから、服が破けてしまっている。ロロは服を彼の手から取り上げると、距離を取った。


「俺、お前と仲良くする気ないから」


 ラーフラのことはあまり好きではない。それは別にラーフラが悪いというわけではなく、性格が受け付けないのだ。

 アーチェとは全く違うタイプの人間だ。だからといって、リヴォルネのような陰鬱さも感じない。けれど、関わりたくないのは事実だった。ラーフラにあまり恐怖を感じないのが不思議だったが、顔立ちがリヴォルネに似ていないことが大きいのだろう。


「酷いなー。じゃあ、僕はその辺を散歩してこようかな〜」


 彼は立ち上がると、本当にそのままどこかに行ってしまった。こんな深海の地では、あまり離れない方がいいかと思ったが、すぐに姿が見えなくなってしまう。その場にはロロだけが取り残された。


 ロロはやっと一人になることができて安心した。取り乱している姿を誰にも見られたくないのだ。ふと、自身の義足が目に入った。それを見ると、いつも過去のことを思い出す。それは決していい記憶ではなく、ロロにトラウマを植え付けた存在の象徴だ。


「俺は……」


 平静さを取り戻そうとしたが、すぐに心臓の鼓動が速くなってしまう。ロロはいつだってこうなってしまう。あまり自分が強い人間ではないのだと、最近になって気が付いた。ソラの負担にならないように、できるだけ耐えてきた。けれど、それでも彼女に負担をかけてしまうことが多くて、自己嫌悪に陥ることがほとんどだ。


「ロロ……、やっぱりここにいたんだね」

  

「ソラ?」

  

 こんな状況になっても、まだ彼女の姿を見て安心する自分に嫌悪感を抱いた。いつまでも、守られてばかりでは駄目だと分かっている。けれど、こうして姿を見るとどうしても安心してしまうのだ。


「発作?」


 ソラが背を撫でてくれた。その手には薬以上の効果がある。いつだって、彼女はロロが発作を起こしたときにこうして背中を撫でてくれたのだった。だからこそ、ロロは平静さを取り戻すことができるのだ。


「あ、うん。でも、すぐに良くなると思うから」


 それは気休めでもなく、本当のことだった。徐々に呼吸が安定していき、しばらくすると、いつも通りの呼吸ができるようになっていた。


「アーチェと話してきたのか?」


「うん……」


 予想通り、ソラは頷いた。ソラはロロよりもリヴォルネへの嫌悪が強いと思う。それなのに、アーチェに他の人と変わらない態度で接することができるのはとても凄いことだと思った。


「ショック、受けてたよな。やっぱり」


 彼にどれだけのショックを与えてしまったのか想像して、ロロは口元を押さえた。


「アーチェはロロが思っているほど、弱くないよ」


「あいつはそうだろうな」


 アーチェはロロがどんなことを言っても、気にしていないと言って笑ってくれるのだろう。それはどんな人よりも心が強いことを意味する。誘惑の森でも、アーチェは一人だけ幻想には囚われなかった。それは、アーチェの強さを表しているのだ。腕っぷしでは勝てる自信があるが、その面ではこの先も決してかなうことはないだろう。


「ねぇ、ロロはどうして私と一緒にずっといてくれるの?」


「なんだよ、いきなり?」


「……」


 予想外の質問に、ロロは首を傾げた。だが、ソラの目を見て真面目な質問だということに気が付いた。そんな当たり前のことを聞いてくるソラに軽く驚く。理由なんてないのだ。いつも一緒にいるのが当たり前の存在のはずだ。


「そんなこと聞かれたって、一緒にいるのが普通だろ? 昔からずっと一緒にいたじゃないか? それに……」


 好きだからと言おうとしたが、どうしても言葉が出てこなかった。ロロはいつもこうなのだ。彼女に言おうとしても、すぐに声が小さくなってしまう。だから、最後に言いかけた言葉はソラには届かなかったのだ。


「そう……、ありがとう。話すのはこれで最後だから、どうしても聞いておきたかった」

 

 ソラは目を伏せた。その言葉にロロは思わず立ち上がった。


「最後ってどういうこと――」


 刹那、ロロはソラに腹を蹴り飛ばされ、地面に突っ伏した。その衝撃に一瞬目眩がした。

  

「な、なんで……」


 ソラが懐から取り出したそれを見て、ロロは驚愕した。同時に彼女が何をしようとしているのか、ロロには分かった。ロロは以前、ソラに同じことをしたのだから――。


「前はロロがどうしてそんなことをしたのか、分からなかったんだ。でも、今なら分かるよ。ロロの気持ち……。辛いことから、解放してあげたかったんだよね」


 ロロの口元に薬が当てられる。抵抗しようとしてもできなかった。ソラの力はロロよりもずっと強いのだ。ソラの拘束から解放されたときには、ロロはもう薬を全部飲み干してしまっていた。


「ソラ……」


 段々と薄れゆく意識の中で、最後にその名前を呼んだ。薬を吐こうとしても無駄だった。この薬は飲んだ瞬間に、身体に吸収されてしまう。たとえそうでないとしても、この強力な眠気ではとても吐くことはできなかっただろう。 


 そしてこの薬がとても苦いことに遅れて気が付いた。こんな薬、無理矢理飲み込まされなければ、とてもではないが飲めたものではない。


(あぁ、そうか……)


 ロロは彼女が五感の一つを失っていることに、その時になって初めて気が付いたのだ。なんと馬鹿な人間なんだろう。自分だけが、楽しんで食べている傍ら、彼女はいつもどういう思いを抱いていたのだろう。


(俺はこうなっても仕方がない人間だ)


 でも、少しでも願っていいのならソラには幸せになってほしい。そこに自分はいなくてもいい。他の誰かでも幸せにしてくれたのなら、満足なのだ。ソラが行ってしまう。昔のように名前を呼んでも振り返ってくれることはない。


 ロロは最後の力を振り絞って、ペンを取り出した。いずれ見る自分へのメッセージを書くのだ。


 ロロは震える手でただそれを書いた。



「やぁ! ソラ!」


 ソラの進行方向には、ラーフラの姿があった。いつもよりテンションが上がっているようで、目が輝いている。


「ラーフラ……。見てたの?」


「まぁなんとなくね」


 ラーフラに見られていたとはいえ、焦ることはなかった。


「そこでいてくれる? 私はリヴォルネを討ちに行くんだ」


 ソラは憎い存在を思い出し、目を尖らせた。ラーフラは不思議そうな顔をした。


「一人で行くの? 他の人は連れて行かないの?」


「一人の方が迷惑かけないから」


 自身の目的のために、ロロたちを付き合わせるわけには行かない。これからの道は一人で歩むと決めたのだ。


「俺も一緒に行くよ〜」

  

「……、なんで?」


 どうして彼がそんなことを言うのか、ソラには到底理解できなかった。


「前に言ったでしょ? 俺は同類を探してるんだ」


「それが私だって言うの?」

 

 ラーフラは人生のパートナーを探していると言っていた。そしてそれは、彼の言う同類という意味なのだろう。


「そうだよー」


「止めた方がいい。たまに私はおかしくなるから」


 ロロの腕を切り落としてしまったことを思い返し、ソラは自身の腕を押さえた。ソラは自分で自分が恐ろしいのだ。リヴォルネの嫌っているのは、自己嫌悪なのかもしれない。気が付くと、ソラは彼女と同じような思考をするようになっている。


「それって人を傷つけたくなるってこと?」


「そうだよ」


 彼には何もかも見透かされている。ソラ自身、ラーフラが自分に似たところがあると薄々気が付いていた。それは性格なのでなく、魂の問題だ。彼を見ていると、仲間だという思いが湧くのだ。


「その気持ち、分かるな〜。でもさ、それでもいいじゃない?」


「どうして?」


 ラーフラの考えが気になった。彼が何を考えて、その結果どんな人生を歩んでいるのかが、知りたかった。


「俺さ、こう思うんだ。この世界は、色んな人間が生まれる仕組みなんだよ! 俺たちみたいなのも、含めてね! だからさ、周りからおかしいって言われる考え方をしてても、それを全部、自分のせいにしなくていい。もっと、自由に生きてもいいんじゃないかなって」


「それはあまりにも極論過ぎない?」


 ソラはその言葉を聞いて不思議な気持ちになった。しかしそれ以上にラーフラの言葉に惹かれていた。彼のようなありのままに生きられたらどんなにいいだろうか。


「かもね! でも――」


「行こう!」


 ソラが断ろうとすると、ラーフラは強く手を握ってきた。それは弱い力だというのに、力強かった。もう二人の間に言葉なんて必要なかった。


 ソラはその場に勇者の剣を置き去りにすると、そのままその場を立ち去った。



「ロ……ロ! ロロ! 大丈夫?」


 誰かが自身の体を揺さぶっていた。目を開けると、金髪の少年が心配そうな顔をして、こちらを覗き込んでいるのが分かった。


「よかった! 目が覚めて……」 


 立ち上がると軽くふらついた。周りを見渡すと、サンゴや砂、貝が目に入った。ふと、服の裾に違和感を感じる。ゆっくりとした動作でその場所を見ると、文字が書いてあった。それを読んでから、少年に目を移した。

 

「僕のこと、分かる?」


 金髪の少年が自信がなさそうに見つめてきた。


「……」


「……」


 しばらく沈黙が続いた。書かれた文字を思い返しながらも、こう答えた。


「すみません、誰ですか?」

 

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