135.親の因果は子に憎し
「ロロ、なんともない? 平気?」
ソラがラーフラを押しのけて、アーチェの隣にやって来た。ロロはしばらく放心していたが、やがて正気を取り戻したように何度も頷いた。
「あ、あぁ。大丈夫だ。ちょっと取り乱してただけだから」
「そう、それならよかった」
ソラは安堵した表情を見せると、ロロを立ち上がらせた。足元がふらついていたので、なんとか立ち上がった様子だった。
「ここはどこだ?」
ロロの問いかけは誰かに問いているというわけではなく、独り言のようにも聞こえた。
「海の底だと思う。ここに落ちたんだよ」
「これぐらい暗いと、不便だね」
ラーフラがロロの隣に腰を掛けると、ロロはおもむろにその位置を離れた。ロロがラーフラのことを気に入ってないのは気付いていたが、そんな態度をとることは今まではなかった。
なぜ、こうなってしまったのかというと、あのテレーナの話を聞いてからだ。いや、ソラたちの反応を見るにあれはテレーナではないのかもしれない。
ソラたちは何かを知っているのだ。だからこそ、アーチェとラーフラに距離を置いている。テレーナは色々と訳の分からないことを言っていた。
ラーフラが息子であるということ、そしてアーチェに対してラーフラを弟といったこと。全てがアーチェにとって混乱することだらけだった。
アーチェはふと父親の言っていたことを思い出していた。父親はアーチェには双子の弟がいたと言っていた。生まれてすぐに死んでしまったということだが、あれは嘘だったのだろうか。
いや、もしそうだとしてもテレーナはどう見ても鳥人ではない。
「ねぇ、ソラ。さっきのラーフラが聞きたがってた話なんだけど僕にも関係があることなんだよね?」
そうとしか思えなかった。だからこそ、気が付くとその言葉が口から出ていた。今のアーチェはラーフラ以上に、ソラの話を知りたいと思っている。
「……そうだよ」
ソラが頷いたのを見て、アーチェはむしろ首を振って欲しかったと身勝手なことを思ってしまった。アーチェがその話に関係があるなどとは、思いたくはない。
しかし、ここまで謎が出てきてしまった以上、アーチェも真実を知らなければいけないと思う。そうしなければ、二人と同じ土俵には立てない。
「別に話さなくてもいいだろ」
ロロはソラの言葉を遮ぎろうとしたが、ソラはそんなロロを見て首を横に振った。
「もう隠し立てはできないと思う。ここまできたら、それに知っておいた方がいいかも」
「話して、ソラ」
アーチェは前に進み出た。ここで聞かなくては一生真実を聞き出せない気がしたのだ。ソラはアーチェの瞳を真っすぐ見返すと、頷いた。
ラーフラは珍しく黙り込んでいた。
「あのテレーナと呼ばれてる人は、本当はリヴォルネっていう人なの。もう感づいてると思うけど、アーチェとラーフラの母親だよ」
告げられた言葉にアーチェは頭を強く殴られたような衝撃を覚えた。ということは、ラーフラはアーチェの双子の弟ということになる。昔、父親が弟の羽根を保管していたことが記憶として蘇る。あの羽根の形は、確かにラーフラとそっくりだ。いや、本人なのだから、そっくりというより同一の羽根の形なのだ。
ラーフラの顔は誰かに似ていると思っていた。それは、アーチェの父親のティオだ。目元が父にそっくりだということに、遅れて気が付いた。
突然現れた兄弟にアーチェは気分をかき乱されたが、ラーフラはそんなことに興味はなさそうだった。ラーフラが興味があるのは、リヴォルネなのだ。
「でも、あの人は俺等と種族も何もかも違うけど」
ラーフラがそれだけが分からないというように、ソラに尋ねた。アーチェもその答えについて、ソラから聞き出せると思っていたが、意外にもソラにはそのことについては分からない様子だった。
「それは私にも分からない」
「それ関連のことなら、俺が話せると思う」
ロロが手を挙げた。みんなの注目がロロに集まる。話すことには反対していた彼だが、こうなってしまった以上、自分も話に加わった方がいいと思ったのかもしれない。ソラが黙り込み、ロロに話の順番を譲った。
「ローテリヴァ王国には、魂を入れ替えることができると言われている宝玉があるんだ。もしかしたら、それを使ったのかもしれない」
ロロは遠い過去の記憶を思い返すかのように、話し始めた。自分自身でも、話していることがあっているのか確信がないに違いない。
「じゃあ、テレーナはもう死んでいるってことだね」
ソラが簡潔に結論を言った。その事実に、アーチェはテレーナのことを思い出していた。明るくて、獣人の立場を上げようと頑張っていた彼女が、自身の知らないうちに死んでいたということにショックを覚える。
そしてそのテレーナが死ぬ要因を作ったリヴォルネ――自身の母親に強い嫌悪感を覚えた。嘘だと思いたい。けれど、これは本当の話だ。二人がアーチェに嘘をつくなどとは、思えない。ましてや、この状況で嘘をつく理由がないのだ。
「恐らくそうだろうな。アーチェたちが森で見つけた奴は、リヴォルネだったんだ。瀕死の状態だったと聞いているから、入れ替わってすぐに息絶えたんだと思う」
ロロが自身の推測を話した。そのことに関して、ラーフラが眉を顰めた。
「酷いことするね」
ラーフラが流石に理解できないというように、立ち上がった。ラーフラは人を傷つけたりすることはあるが、その行為はいつでも真っすぐで、変な裏表がないのだ。そんなラーフラにとっては、リヴォルネとは似て非なるものなのだろう。
「話を戻すね。あのリヴォルネという人は昔、奴隷場のリーダーをやってたの。私たち――私とロロはそこに何年か囚われていたんだ」
「奴隷……場」
アーチェはその言葉をゆっくりと繰り返した。奴隷は多くの国で禁止されている制度だ。もちろん、法の穴を抜けて奴隷のような立場を設けている国もあるのだろうが、公に奴隷という身分を作っているところは聞いたことがない。
その事実に驚くのと同時に、アーチェは二人の境遇に胸が痛んだ。ロロが義手と義足であることから、あまりいい環境で生きていないことは察してはいたが、その境遇はあまりにも酷かった。王族であるロロが奴隷場にいたということを考えると、王権争いに敗北したのだろう。
アーチェの思惑が行動に出てしまったようで、自分でも意識しないうちにロロの体を見てしまった。その様子にソラは気付いたのだ。
「ロロの右腕は私がやった」
「いや、違う! 全部、あのリヴォルネのせいだ! あいつがいたから――」
ロロはそれを否定しようとしたが、その言葉はどんどんと弱くなり、それがソラの言葉が嘘ではないということを物語っていた。何かの事故だったのだろうか――。どちらにせよ、アーチェの母親に非があるのだ。
「ヒュー、結構ぶっ飛んだ話だったな。ていうことは、俺たち兄弟ってわけか」
ラーフラが口笛を吹いた。その淡々とした物言いに、アーチェは気を抜かれそうになる。
「さっきから、随分と軽いんだね。僕は割と驚いてるんだけど」
いきなり実の兄弟が現れてラーフラは驚かないのか。それはもちろん彼らしいとは言えるのだが、少し物足りない反応だと苦言を呈されても文句は言えないだろう。
「人生、複雑なことだらけだからね。だから、俺はできるだけお気楽に生きたいと思ってるんだ」
「ラーフラは人間に育てられたんだよね?」
「そうだよ」
「あの人言ってた。嵐にさらわれた一人息子だって……」
「……」
アーチェの発言にソラは何も触れない。触れないでいてくれてるのだ。ソラもなぜ、リヴォルネがそんな発言をしたのか感づいているのだ。アーチェは自身の翼を見た。
こんな翼だから、いらなかったのだ。父親が母の弟が死んだといったのもそのせいだ。翼が小さいからアーチェだけが捨てられたのだと、言えるはずがない。あれは父親なりの優しさだったというわけだ。
ラーフラは完全な鳥人だ。それだけでなく、普通の鳥人よりも翼が大きく立派だ。アーチェとは何もかもが違う。それは皮肉にも、先ほどラーフラが言った言葉と同じだった。
「そんなこと、どうだっていいだろ!」
アーチェが考え込んでいる中、ロロが突然叫んだ。その瞳には複雑な感情が揺らめいていた。
「ロロ?」
アーチェはロロの名前を呼んだ。その言葉に彼は顔を上げた。
「アーチェ……。俺、色々と考えてみたんだ。親のことは子供にはなんにも関係がないよな。俺がしてるのは、単なる八つ当たりで差別だ」
「うん……」
「でも、やっぱ――」
ロロは言うのを躊躇っていた。だが、意を決したのか、アーチェの目を見返した。
「やっぱり、お前の顔を見てると……辛い」




