132.意図せぬ再会
「化けダコ?! 女王じゃなかったのか!」
ロロがそんな野次を飛ばしたが、その叫びは、誰の耳にもまともに届かなかった。
女王だったものの裂けた頭部から、ぬらりとした巨体が引きずり出される。
八本の腕はそれぞれが意思を持つかのようにうねり、神殿の床や柱に絡みついた。その姿はどこからどう見ても化け物だ。目が足に脚に大量についており、それがギョロギョロと辺りを見渡している。まるで、獲物を見定めているような目だ。
「……女王じゃ、なかったってことかな」
ソラの呟きに答える者はいない。それは独り言だからだ。
化けダコは低く湿った音を立てながら身を震わせ、その一振りで石柱を叩き折った。倒れた石柱をソラは後ろに跳んで避ける。轟音が巻き起こり、地面を揺らした。
それだけでなく、神殿全体が大きく揺れる。天井の装飾が剥がれ落ち、白い石片が雨のように降り注いだ。石片を避けることは不可能だ。
「まずい、神殿が……!」
ロロが叫ぶより早く、一本の触手が床を突き破る。
亀裂は放射状に広がり、水圧と共に砂埃が舞い上がった。化けダコは神殿が壊れようが、どうでも良いようだ。
「来るよ!」
アーチェの声と同時に、触手がソラへと振り下ろされる。
反射的に剣を構え、受け止めるが、その衝撃は想像以上だった。大量の目がソラを怒りに滲んだ目で睨みつけた。
「っ……重い!」
弾き返した触手が壁に叩きつけられ、壁そのものが崩落する。
神殿は、もはや戦場であることに耐えられていなかった。
「ねぇねぇ、壊しすぎじゃない?」
ラーフラは楽しそうに笑いながらも、素早く距離を取る。
その背後で、料理長は腰を抜かし、泡を吐くように震えていた。
「あわ、あわどうすればいいんだー! 誰か助けてくれー!」
ふくよかな体のわりには、動きが素早い料理長はその場を走り回っている。神殿がどんどんと壊れ始めている。ここにいては、無事では済まないだろう。
「逃げ道は……!」
ソラが周囲を見渡した瞬間、天井に走る大きな亀裂が目に入る。
そこから、鈍い音と共に崩壊が始まった。
神殿が沈もうとしている。守られてきたはずの聖域は、今や化け物と共に崩れ落ちようとしていた。
「わ! ちょっと、くっつかないでよー!」
「ひー!! 助けてくれー!」
逃げ回る料理長に抱きしめられたラーフラはうっとおしそうに、彼を地面に投げ捨てようとしたが、かなりの力で抱きつかれているのか振りほどけずにいた。
「逃げよう! ここじゃ不利だ!」
アーチェの声がどこからか聞こえた。蠢く八本の足に場所を分断させているほか、神殿の崩壊の音でどこに誰かいるのかが分からない。しかし、この状況で剣を交えるのは厳しいだろう。
「……」
ソラは剣を収めると、迫り来る八本の腕を真正面から見据えた。
そんな時だった。崩壊寸前の神殿に彼女が現れたのは。
「化けダコ……。話には聞いていたけれど、初めて見たわ」
天に舞うように現れた彼女は特徴的な猫耳を寝かせながら、化けダコを見据えた。
「あれは……」
「テレーナ?」
彼女の名前をロロが呟いた。正確には彼女はテレーナではない。ソラたちにとって忌まわしき相手であるリヴォルネというべきだ。しかし、見た目では彼女が誰かは分からないだろう。
「久しぶり、ソラ! でも、これがちょっと邪魔かな?」
リヴォルネは腰に携えられた針を一本取り出した。その瞬間、ロロが怯えたように後ろに下がった。針に嫌な思い出があるのだ。それはソラも同じだ。針とは、リヴォルネがよく愛用していたものだ。彼女はそれを媒介として魔法を使う。
「あれは……。ソラ! 嘘だよな? そんなわけないよな? あいつは死んだもんな」
ロロが自分を言い聞かせるように呟いている。気が付かない合間に、ソラの側にロロはやって来ていた。
化けダコが突然現れたリヴォルネに気を取られていたため、移動が容易になったのだ。
「あれ、誰?」
ラーフラがキョトンとした様子でリヴォルネを見やった。彼はリヴォルネとは面識がない。突然現れた彼女が誰なのかは分からないのだ。
「邪魔よ、貴方」
リヴォルネの手から針が飛び出した。その針は化けダコの体を貫き、あっという間に化けダコを地面に倒してみせる。死ぬ寸前、化けダコが呟いた一言がソラの耳に届いた。
「リヴォルネ! 貴様、魔王様に仇をなすきか……」
その言葉を最後にして化けダコは動かなくなった。ソラが唖然としていると、隣にはもうリヴォルネの存在があった。
「あら、ロロもいるの」
「!」
「近づくな」
ソラはロロを庇って前に出た。ロロはリヴォルネに酷い恐怖を抱いている。ここで接触させるべきではない。
「ねぇねえ、君は誰? なんとなく、獣人じゃない気がするんだけど」
側に来ていたラーフラがリヴォルネの服の裾を掴んだ。彼の碧眼とリヴォルネの青い瞳が交錯する。そして、その瞬間彼女の目の色が変わった。
「ルミナス……?」
「うん? 俺の名前はラーフラだけど」
「いいえ、貴方はルミナスに違いないわ。母親の私が間違えるわけがない」
リヴォルネはラーフラを強く抱きしめた。




