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130.人とは違うもの

「ねぇねえ、どこまで行くの?」


「もうすぐだ。そう急くな」


 何度も同じ質問をするラーフラに、女王は流石に呆れたように言い放った。


 ソラたちは現在、女王に案内される形で人魚の国にある神殿に足を踏み入れていた。そこは一見、城とも思われるほど豪華であり、ソラはなぜこここが女王の城ではないのかと疑問に思った、しかし、ここは何か別のところに使うものだろうと、神殿の聖厳な雰囲気を感じて、納得していた。


 湿った海の香りが漂う神殿の奥へ、ゆっくりと足を踏み入れると、水面から差し込む光は、淡い青と緑に揺れながら神殿の壁に反射し、地面を明るく照らしていた。

 地面にはサンゴの形をした宝石のようなものが埋め込まれており、それが直視できないほどの眩しさだった。海の中でもこんなに輝いているのだから、地上で見たらさぞかし綺麗なのだろう。


 しばらくすると、砂で構成された廊下に辿り着いた。砂でできた床は柔らかく、歩くたびにかすかなきしみ音が響く。


 壁に彫られた古代の文様は、人魚の姿や海草の渦巻きが複雑に絡み合い、長い時間の流れを物語っている。あれには何か意味があるのだろうが、残念なことにソラは分からなかった。

 

 だが、ロロは興味深げにそれを見ていたので、幼い頃の教育の影響からかそれを理解しているのかもしれない。それも普通ならもう忘れるだろう。ロロがそれを習ってから、もう九年に近い月日が経とうとしている。しかし、彼は頭が良く一度覚えたことは忘れることはない。

 もし聞く機会があれば、古代の文様の内容を聞いてみようと決心した。


 前方には、薄暗い回廊が伸び、ところどころの壁に光る貝殻やサンゴの欠片が散らばっている。その光はわずかに道を照らし、まるで神殿自身が進む者を誘っているかのようだ。ここは進むごとに、まるっきり造りが異なっている。そこには外界とは断絶されたような不思議な気配が色巻いていた。


 水の揺らぎに合わせて、壁の中から微かな囁きのような音が聞こえる気がした。誰かが何かを呼んでいる。そう錯覚してしまうほど、ここは不思議な気持ちになる場所なのだ。


「なんだか、落ち着かない場所だなぁ」


「すぐ出れるよ」


 隣に並ぶアーチェは自身の方を掴んだ。確かにアーチェの言う通り、ここはいるだけで気分がソワソワとしてしまう。あまり、長居する場所ではない。


 進むたびに、空気は重く、そして冷たくなる。だが、水面を照らす光はいつまでも後押ししてくれるように輝き続け、神殿の奥深くへと導いていた。



「た、助けてくれー!!」


 そんな悲鳴をこんな神殿で聞くことになるとは夢にも思わなかっただろう。だいぶ奥まで進んだだろうか。しかし一本道だったため、迷うことはない。ソラはそのことに少しだけ安堵していた。

  

 奥の部屋には縄で拘束されている船員たちがいた。そのなかには、ソラたちに食事を振る舞ってくれた料理長。そして、船長。あとは、見知らぬ船員たちだ。

 皆、体のどこかしらを出血しており、必死に助けを求めていた。しかし、船長だけはそうではなかった。

 

 奥の部屋に入ってきたソラたちを、ただただ睨見つけていた。その眼光には怯えなどは何もなく、憎悪に満ちていたのだ。


「この人たちは……」


 ソラは言い淀んだ。どう言うのが正解なのか分からなかったからだ。女王はこれを見せて一体何を伝えたいというのか。そして、ソラたちに何をさせたいのか。そんなことは知りたくもない。


「わぁ、人間が縛られてる!」


「怪我をしてる……うっ!」


 ラーフラとアーチェの反応は正反対のように思われた。

  

 アーチェが傷を気にして、彼等に歩み寄ろうとしたが、女王が持っていた錫杖で乱暴に額を突かれる。そのあまりの勢いにアーチェは倒れ込んだが、ソラが手をかける頃にはもうすっかり上体を起こしていた。


「おい、なんだこれは?!」


 ロロはこの状況が理解できないというように、女王に詰め寄った。女王の方は笑みを浮かべているだけで、しばらく何も言葉を発っさなかったが、ロロの瞳を見据えて口を開いた。


「この者たちは、ワシの大事な娘を攫ったのだ。闇魔法で覆い隠してワシに悟られぬようにな」 


「……」


 その説明を聞いてソラはようやく合点がいった。あの異常なほどの暗闇は闇魔法によって生み出されていたのだ。闇魔法というのは初めて見たが、やけにソラに馴染むような気がした。


「だから、なんだっていうんだ? 俺たちにこれを見せて、どうするんだよ? 同じ人間として、責任を取れてっか?」

  

 こういうときに、何でも聞いてしまえるロロの存在はありがたいものがある。女王はそれを聞いて錫杖を地面につけた。その音が振動を通じて、少しだけソラに伝わる。


「お主らは、我が娘フラワーの恩人。恩人にそんなこたをするほど、ワシの根性はひん曲がっておらん」


「じゃあ――」


「忠義を示すためにも、お主たちにはこの人間共を殺してもらう」


 ロロが言いかけた言葉を女王は遮った。それを聞いたロロが目を見開く。


「な?!」


「何で私たちが貴方たちに忠義を示さなくてはいけないんですか?」


「……、ソラとか言ったな? ワシにとって、人間というものは愚かで醜い生き物。そんな生き物を無条件

で海に住まわせるほど、ワシたちは愚かではない」


「女王様、僕たちは別に海に住むつもりはないのですが……」


 アーチェがこれ以上我慢できないというように、口を挟んだ。その瞬間、女王の目の色が変わり、アーチェが素早い錫杖の動きによって腹を突かれそうになる。

 アーチェはすぐにその動きを交わしたが、それは死んでもおかしくないほどの威力を込めていた。その動きをソラは少しだけしか見ることができなかった。洗練された動かし方だ。


「やはり人間だな。馬鹿な奴らだ。ワシたちの存在を知られて、ここから出すわけがないだろう? お主たちは永久にここに住むのだ。ほら、ちょうど四人分いるではないか。運がいいな。一人が一人を殺せばよい」


「ふざけるなよ! 俺たちがそんなことをするわけがないし、ここからすぐに出ていくからな!」


 ロロが激高し、女王に詰め寄ったが、彼女は少しも気分を乱したりなどはしていなかった。


「シルバーブラッドに、金髪の子、そして常時魔眼持ちの子。お主らは特別に違いない。予言は間違いではないのかもしれぬ」


 女王は話続けた。そこには、ロロの言葉などは少しも耳に入っていないようだ。


「予言? そんなの、勝手にやれよ。俺たちはやらないか――」


「じゃあ、俺がやる!!」

    

 ソラの横を素早く駆けていく者がいた。しかし、ソラはただ見ているだけだった。彼を止めることは容易だっただろう。少しだけ手を伸ばして、彼の動きを止めればいいのだ。

 だが、ソラはそれをしなかった。できなかったのではない。ただ、それを見ていただけだった。


「まず一人目!!」


 ラーフラの翼が刃となり、彼等の一人を切裂いた。人間だったものから発っせられる絶叫と、乱れる音。


 ソラはただ立ち尽くしていた。

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