12.希望の空と青天の霹靂
一気にお茶会が静まり返る。青年は未だにニコニコと笑っていたが、静寂を打ち破るかのように両手を叩いた。
「じょーだんだよ。じょーだん。入れるわけないであろう。ここ笑うところなんだがな」
彼は自分のジョークが受けなかったことを嘆いている。確かに体に異変はない。毒を喰らった気はしない。アーチェは未だに半信半疑なようで自分の体を執拗に触っている。
「ハハハ、いやいや。久しぶりに人に会えたからね。ついからかってしまったよ」
「び、びっくりしました」
「ハハ、そうかいそうかい。多種族にこのジョークは通じなかったようだね。残念」
彼は胸を押さえる。ここに種族はあまり関係ない気がするが、口には出さなかった。
「あの、さっきのシルバーブラッドって?」
彼は確か先程、シルバーブラッドと鳥人のハーフと発言した。鳥人のハーフはアーチェのことだ。とすれば、シルバーブラッドというのはソラのことに他ならなかった。ソラの記憶にシルバーブラッドという言葉はなかった。
「銀色の血を持つ希少種族さ。五十年前もかなり人口を減らしていてね、まだ生き残りがいたとは驚いたよ」
ソラは自身の腕を眺めた。通りで他の者は変わった血の色をしていると思った。しかしそう言われてもあまり実感がない。
自身の中では銀の血は普通のことだからだ。他の種族の特徴は覚えているのに、自身の種族のことについての記憶はなかったのは、ある意味不思議なことではないのかもしれない。
ソラは自身に対する全ての記憶を忘れている。自身に対するということだから、きっと自分の種族のことだけ忘れてしまったのだ。アーチェはこれを知っていたのだろう。しかし、口に出すことはなかった。
「アーチェ、知ってたのなら、教えてくれたらよかったのに」
「僕も見るのは初めだったからね。シルバーブラッド以外にも銀髪は稀にいるし、あまり口に出すのも危険だろ」
そういえばあのとき、ハクという青年が同族、人狩りには気をつけろなどと言っていたことを思い出した。今考えてみると、彼もシルバーブラッドなのかもしれない。思えばソラと同じ銀髪だった。
それよりセザールはなぜ、ソラですら忘れていた種族に気が付いたのだろう。
血の色で判別したわけではない。出血しているのは、服の内側だし、もう血は止まっている。透視能力でもあるのだろうか。そんなソラの視線を鬼族の青年は感じ取ったようだ。
「我には全てが分かる。そう、相手の波動でね」
「波動?」
「生き物はみんな、波動を持っている。草木も虫も全て! 波動にこの世の神秘が刻まれているのさ」
「気配みたいなものですか?」
「それよりもう一段階上だ。気配は波動の末端に振れているに過ぎない。波動はそれを遥かに凌駕するほどの情報が得られるのさ。おっと、まだ君達の名を聞いていなかった。名は何というのかな?」
彼は耳を澄ます仕草をした。距離は一メートルも離れていないので、そんなことをしなくても聞こえるとは思うが、それも口には出さない。
「あ、申し遅れました。私の名前はソラで、こっちはアーチェと言います」
「どうも」
アーチェは軽く頭を下げると、自身の腕を両手で抑えた。羽毛を締め付けているようにも見える。種族を見抜かれたことがあまり気に入らない様子だ。
彼はハーフにも関わらず、自身のことを鳥人と名乗っていた。アーチェにとってハーフと呼ばれることは不快なことなのかと思わせる。
「おお、おぉ、いい名前だ。ソラは言葉通り紛うことなき青天の霹靂。アーチェは鳥人語で希望の空。あぁ、なんとも似ている素晴らしい名前。もしや、君達はきょうだいかなにかかな?」
「ちが……」
「違います」
ソラが答えるよりも早く、アーチェが食い気味に返答する。そんなに自分と兄妹というのは嫌だったのだろうか。
「おぉ、そうだとも! 波動でそれは分かっていた!
君達に血の繋がりなど微塵も感じん」
じゃあどうしてそんな発言をと思ったが、勿論、口に出すことはない。
「あの、貴方のお名前は?」
「あぁ、失礼した。ソラ。民衆に名乗らせておいて他ならぬこの私が名乗らぬなどあってらならないことだ。あぁ、我は実に愚かだ」
「あの、名前……」
「おお! そうだ、私の名前はセザールだ」
「え、セザールってもしかしてこの本の?」
ソラは聞き覚えがあるその名を聞いて、鞄の中の本を両手で掲げるとセザールに見せた。確かこの小説の主人公の名をセザールと言った。
内容を読んだときにアデアの地に似ていると思ったが、偶然ではないとすれば運命を感じた。
それにしてもこの主人公はあまりセザールに性格が似ていない気がする。
セザールは本を片手で受け取ると、それを眺めた。
「あぁ、確かにこれは私の自伝だ。懐かしい、まだ残っていたとは!」
彼はクルクルと喜びのダンスを目の前で踊り始めた。
「あぁ、少女よ。懐かしいものを見せてくれて感謝する。なにかお礼を差し上げたい気分だ」
セザールは襟元のネクタイを整えた。ようやく本題に入ることができる。ソラは手を挙げた。
「じゃあ、この上に上がる方法を教えてほしいんですけれど」
それを聞いてセザールをおもむろに驚いたリアクションをとった。
「なに?! 我にここまでの喜びを与えておいて、そんなことでいいのか? あぁ、なんと健気なのだ。しかし、それは無理だな」
「どうして?」
アーチェはブーメランに手をかけた。ソラが制止するより早く、セザールは上を指差した。
「上から少しだけ砂の舞う音が聞こえるだろう? これは塵旋風が発生しているのさ。上には上がりたくても上がれない」
「そんな……」
ソラは上に残されたロロのことが心配だった。アーチェもソラの気持ちを感じだったようだ。
「大丈夫だよ。あいつはしつこいからね。きっと生きてるさ」
「だといいんですけど」
ソラは胸を押さえた。直ぐに戻れないのがもどかしい。そんなソラ達の様子に気にかけることもなく、セザールはステップを歩み始める。
「さぁ、さぁ、クッキーのおかわりをどうぞ。そこの彼のためにお腹に優しいクッキーを新しく用意したよ。毒は入ってないよ。心配は要らない!」
ソラがちびちびと食べていたため、なかなか減らなかったクッキーのお皿に彼がまたもや、大量のクッキーを盛り付ける。今度は桃色のクリームが入っており、デザインもところどころ違う。心遣いはありがたいが、こんな気遣いは誰も必要としていない。
「いっそのこと毒が入ってたほうがこの不味さを理解できたのに」
アーチェはセザールに聞こえないように小声で呟くと、流石に今度は食べないわけにはいかなかったため、口に放り込んだ。
ほとんど噛まずに紅茶で飲み込んでいるが、その紅茶も不味いため顔が引きつっている。セザールはいつの間にかケーキも持ってきていたようで、手にケーキを切るためのナイフを持っている。
「あぁ、でも君からは本当にいい波動を感じるな。ちょっと目を見せてよ。ほら」
セザールがソラにぐいっと顔を近づけてくる。彼の藍色の瞳が触れられるほど近くにある。彼の目はなにかを見透かすような透き通った瞳だった。蛇に睨まれた蛙のようにソラは動くことができなくなる。
セザールはソラの瞳に集中していた。なので気付かなかったのだ。突如、背後に現れた人物に。切断されたセザールの首が地面に転がった。彼の首が笑顔で固定されたまま、床に転げ落ちた。
「大丈夫か? ソラ」
そこには剣を握ったロロが立っていた。
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