124.駆り出す者
砂漠を少し進んだところで、港に辿り着いた。大きな船が二隻止まっており、ふくよかな男性がチケットを売っていた。船に乗るチケットらしく、乗員数から大勢が乗れるというわけではないようだ。
「私はここに残る。ラーフラ、もう護衛はしなくて結構だ」
「私も……。レトリエに戻りたいけど、今は心の準備ができてないみたい……」
エドワードとアユリアがそう言い出したのは、突然のことだった。エドワードがそう言い出すのは、予想できたがアユリアが残るというのは予想外のことだった。
しかし、考えてみれば当然のことだ。アユリアにとって、燃えた故郷を見に行くのは辛いことだろう。港街にいれば、情報などあちらから飛びこんできてくれるのだ。あえて、行かなくてもレトリエの近況は知ることができるのだ。
そして、ソラたちがそこで新たに得た情報は、勇者であるソラとその仲間たちに対する大きな誤解であった。これは、アユリアが発言したところで、解けない誤解であるとのことだった。ソラたちも、それは分かっているため特に期待はしていない。
「チケット、これでいいのかな?」
アーチェがポケットから、買うことが出来た四枚のチケットを取り出した。船に乗るのはこれで二回目だ。
一度目は、アデアに旅立つときであった。あれから、時が流れているため船に乗るのは新鮮な気持ちだ。ソラがチケットを受け取る前に、ラーフラがアーチェが持っていた一枚のチケットを奪い取った。
「もーらいー!」
「あ、おい! ラーフラ、待てよ!」
ロロがどこかに走っていってしまうラーフラを追いかけようとするが、彼はすばしっこくてなかなか捕まえられない。今回、船に乗るのはソラ、ロロ、アーチェ、ラーフラの四人だ。
ロロとラーフラがいなくなってしまったことにより、ソラはアーチェと二人きりになった。
「あ、ソラ。これ……」
「うん」
チケットを一枚受け取ると、ソラはポケットにしまい込んだ。アーチェは何かを言おうとしていたが、ソラはその言葉を聞いてしまう前に後ろを向いた。アーチェとはなんとなく気まずいままだ。
ソラ自身、自分の気持ちを伝えるべきではなかったと思っている。けれど、自分を否定しているようなアーチェを放っておくことができなかった。
アーチェはアーチェのままで、いいのだ。彼にはそう思ってほしかった。けれど、それは勝手な気持ちの押しつけだ。だが、アーチェにはなんと弁明していいのか分からない。時間が流れるのを待つしかなかった。
「ラーフラ、追いかけよう」
気が付くと、そんな言葉が口から出ていた。アーチェの表情は見えない。だが、口を閉じたことが分かった。
「うん……。行こうか」
アーチェがソラの前に出る。ソラは彼の後ろ姿を見る形になった。海が視界に入る。波が体にかかってしまいそうだ。その深い海に後ずさってしまう。
「ソラ」
ふと顔を上げると、アーチェがこちらに手を向けていた。
「海、怖いんでしょ? 行こう」
「あ……」
ソラは彼に導かれていた。
◆
「はー! やっと、気が晴れたー!」
ロロが客室の二段ベッドの下に体を投げた。フワッと、羽毛布団の羽根が宙に舞う。ソラがベッドに腰を掛けると、かなり寝心地がよいことが分かった。まだ船は動き出していないが、船はかすかに左右に揺れている。この感じが、ソラにとってはあまり好きではない。
「ロロ、エドワードに何も言わなくて良かったの? 兄弟なんじゃないの?」
「いいんだよ! あいつの顔見てると、ストレス溜まるから」
ロロがアーチェの言葉に口を尖らせた。アーチェはロロの上段のベッドに足を投げ出していた。
「そっか……。お兄ちゃんって僕、いいと思うんだけど」
「ばか! 弟だよ! どっからどう見ても、俺の方が年上だろ!」
ロロが怒って、ベッドから起き上がろうとしたが、屋根に頭をぶつけてしまっていた。
「それは嘘でしょ」
ロロはその発言を真っ向から否定されてしまう。ロロは今、一四歳という年相応に見えるが、エドワードの方は一五〜十六歳ほどに見えた。それはエドワードがやけに大人びた少年だからだ。
王族という立場上、年相応で育つわけにはいかなかったのが見て取れる。しかし、それは決していいことではない。ロロのように年相応に育っているぐらいが丁度良いのだ。
「な、なんだよ。俺の方が年上っぽいだろ」
すぐさま反論するロロだったが、その様子はいかにも子供らしい言動だ。
「まぁー、弟でも僕は一人っ子だから、羨ましいけど」
アーチェもそう思ったらしく、特にその発言に突っ込まずに、話題をそらさせる。ソラは自身にも兄弟というものがいるのを想像してみたが、いまいちイメージすることができなかった。姉でも妹でも、自分には合っていない気がする。
「アーチェは上の方がほしいの?」
ソラは自身の考えに踏ん切りをつけて、アーチェの意見を聞いてみることにした。アーチェの発言から、下はあまりほしくないのだろうか。
「僕は上! お兄ちゃんいたし!」
「おい、ラーフラ。どうして、お前が答えるんだよ」
「酷いなぁ〜。俺も話に入れてよ」
ソラの上のベッドで足をブラブラさせていたラーフラが我こそはとばかりに、手を挙げた。アーチェもいつしか、足をブラブラさせていたし、鳥人の血が入ると、身体が浮いている感覚の方が好きなのかもしれない。
その証拠に、二人とも上の段のベッドを選んでいる。アーチェの場合は、ロロに遠慮したのかもしれないが、上の方が好きなのは見て取れた。ロロは高いところが昔は苦手だったので、上の段を積極的に選ぶことはないだろう。
ラーフラがひっきりなしに体を動かすものだから、そのせいで、少しだけベッドがきしみ、木の欠片が上から落ちてくる。ソラは目に欠片が入らないように、枕で身を隠した。このときは、少しだけ上の段が羨ましくなる。
「あ!」
突然、ロロが大きく声を上げて立ち上がった。まだ船は動いていないというのに、どうしたのかとアーチェは首を傾げたが、ソラにはロロの次に言い出す言葉が予想できた。
「寿司だよ! 寿司! 刺身もまだ食ってないじゃないか!」
予想通りだった。ロロはまだ食べたことがない料理に、えらく興味津々のようだ。港では、一番早く出発するチケットを買ったので、食べる暇はなかったのだ。それが酷く心残りだったのだろう。残念な顔をしたものだから、ソラはあることを思い出した。
「船の食事にあるらしいよ。まだ早いと思うけど」
ここでは新鮮な魚で魚料理を作ってくれるらしく、その中に寿司もあった気がする。それを聞くなり、ロロが嬉しそうに目を輝かせた。
「それだ! 一番高いチケット買ったんだから、料理も堪能しなくちゃ! ほら、アーチェ! 行くぞ!」
「ちょっと待ってよ! 痛いったら!」
ロロがアーチェの手を引っ張った。引きずられるようにして、彼は連行されていく。
「俺も行くー! 置いてかないでよ!」
ラーフラがベッドから飛び降りたので、彼の足に巻き添えにならないようにソラはその身を後ろに倒した。
ソラが船室を振り返ると、円状の窓から揺れ動く波が確認できた。その波に恐怖を駆られたが、すぐに気を取り直して三人の後を追った。




