123.招聘と家族 後編
ある日の午後、ラーフラは村の広場で遊んでいた。
あれから月日が流れ、彼はもう十歳になっていた。
ラーフラの翼はまだ真っ白だ。今日の彼は兄と戦いごっこをしていた。
兄は一七歳で遊ぶ年齢でもなかったが、彼はいつもラーフラを構ってくれた。ラーフラは兄が大好きだった。
ラーフラは飛び上がると、兄に木刀を振り上げた。しかし、七つ上の兄に簡単に薙ぎ払われてしまう。飛んでいった木刀が近くに落ちた。ラーフラはそれを拾いに行こうとした。
すると、何人かの人間の子どもたちが近づいてきた。同じ村に住んでいるラーフラより少し歳上の子供だった。彼等のことは好きではなかった。ラーフラを見かけるたびに、からかってくるのだ。彼等はいつも通りの悪意が溢れた笑顔を浮かべた。
一際、体の大きい少年がラーフラの翼を引っ張ったり笑いながらからかったりした。ラーフラはそれを受け入れようとした。彼に立ち向かおうという感情はまだなかったのだ。ラーフラはまだ暴力を知らなかった。
それを見ていた兄がラーフラを庇おうとした。しかし、兄はあまり体が大きくない。しかも相手は大勢だった。
多勢に無勢な兄は転倒し、膝をすりむいてしまった。その赤い血を流した瞬間、ラーフラの中に感じたことのない怒りが全身を駆け巡った。
彼等を絶対に許してはいけない。兄にされたことと同じことをしなければ――。いや、報復だ。それだけでは足りない。
相手の体の骨を全て折り、二度とこんなことはしないと相手に頭を垂れさせて、謝らせるのだ。それが正しいことなのだ。それは誰からも教わったわけでない。ただ、彼はそう思うようにできていた。
ラーフラは声を上げた。それは今まで聞いたことがないほど、低くゾッとする声だった。
「やめろ……!」
近くにあった木刀を掴み、それを躊躇いなく振り下ろした。人間の身体能力は鳥人より優れている。しかしラーフラのその狂気を感じさせる雰囲気に少年たちは恐怖で動けなくなった。
ラーフラの中を怒りが支配する。木刀は何度も打ち付けた。少年たちは恐怖のあまり、抵抗する気を失っていた。彼等は逃げ場を失った。
ラーフラは相手を何十回も――何百回も相手を殴り付けた。何度も――何度も――何度も。相手が動かなくなるまで木刀を振るい続ける。
やがて彼等は少しも動かなくなった。息はある。しかし、動くことは出来ないようだった。しかし、まだ足りない。
兄はただ、弟を呆然と眺めていたが、まだ攻撃の手を止めない弟を背後から抱きしめた。彼のその手にラーフラは手を止める。
「やりすぎだ、ラーフラ……」
ラーフラは首を傾げるだけで、兄がどうして自分を止めるのかが、分からなかった。彼の中には、罪悪感など存在しなかったのだ。これは報復なのだ。当然のことだ。
◆
それから穏やかな日々が続いた。ラーフラはあの日からからかわれることはなくなった。なぜかは分からないが、彼等はラーフラを見ると怯えて逃げていくようになった。その時に胸に宿った感情は一体何だったのだろうか。
日々は静かに過ぎていくかのように思えた。だがある日、黒服の役人が家の門を叩く。
「この家だけ、支払いが遅れてるぞ! どうなってんだ?!」
「ははぁ、それはすみません。もう少し待ってくだされ!」
両親は平謝りで追い返すが、役人は何度も現れるようになり、執拗さを増していった。何度も叩かれるドアの音にラーフラは心を読むようになった。
そして、ある夜。役人はとうとう家に押し入った。彼等の手には剣が握られていた。剣は無慈悲に両親の体を二人まとめて貫いた。串刺しになった両親は剣が抜き取られると、地面に音を上げて倒れ込む。
ラーフラの両親は無惨にも声を発することはなくなった。それが何を意味するか、十二歳の少年にも分かった。
「母さん! 父さん!」
ラーフラは両親に駆け寄ろうとした。剣がラーフラを貫かんとする。
刃が届く前に、兄がラーフラを庇った。ジョーシアは床に倒れ込む。兄の体から血が止めどなく溢れる。彼は刺された箇所を抑えると、苦しそうに呻いた。その姿を見て、ラーフラはゆっくりと目の前の無慈悲な人間を見据えた。
「……」
ラーフラの怒りは限界に達した。彼は刃を避けると、キッチンにあったナイフを掴み、役人に襲いかかった。突然の反逆に男は不意打ちを喰らった。
彼の剣は長く、懐に飛び込んできたラーフラにすぐに反応することが出来なかった。ラーフラは相手の体に容赦なく、ナイフを差し込んだ。それを回転させて、臓器を切り裂き引き抜く。
母親が朝に掃除した綺麗な床。その床に血が大量に飛び散った。ラーフラは相手を刺し続けた。男は最初に刺されたことにより、もう倒れ込んでいた。
ラーフラは何度も刺し続ける。相手から声が聞こえなくなるまでそれを刺し続けた。気が付くと、相手はすっかり動かなくなっていた。死んだのだ。
ラーフラは今までに感じたことがない――いや、少年たちを痛めつけた時に感じていた感情を再び思い出した。それは快感だった。
人を殺すことの喜び。それに"完全に"目覚めたのだ。ラーフラは笑みが止まらなかった。相手を殺せば、痛めつければ苦痛から解放されるのだ。
少年たちを痛めつければ、いじめられることはなくなり、男を殺せば自身が殺されることはなくなった。
そう、殺しは開放だった。なぜ、それにもっと早く気が付かなかったのか。
ラーフラは役目を終えた。背後で倒れ込んでいる兄は意識を失って、苦しそうに呼吸をしていたが、ラーフラが手を伸ばす前にそれも止まった。
兄の手のひらに、赤い染みが広がった。
静かになった家の中をラーフラは飛び出した。ラーフラはその日、村に火をつけた。村中が火に飲まれていく。彼はそれを見届けることもなく、笑顔で走り去った。
彼の白い翼は、偶然なことに赤い色に染まっていたのだった。




