121.たゆたう魚(3章完結しました! 4章に続きます!)
「なんか、お前ら変じゃねぇ?」
ロロの一言で二人が固まったのが分かった。ソラもアーチェも今日の朝からなんだか様子がおかしい。ロロが起きた時にはもうこうなっていたので、昨日の夜からと言うべきなのかもしれない。
「……、いや普通だよ」
アーチェが目を逸らした。ソラはなにも言わないが、気まずそうにしているのが分かる。二人になにかがあったのは確かだ。しかし、ロロはそのことをなにも知らない。なんだか、仲間外れにされているようで、寂しい気持ちになる。
「なら、いいけどさ……」
本当はもっと追求したかったが、これは二人の問題なのだ。どちらかが切り出さない限り、ロロが知る権利はなかった。
少し気まずい思いをしたため、二人から距離を取る。目の前にはエドワードとラーフラが何かを話しながら歩いていた。
止まることのないラーフラの話をエドワードはうんざりしたように聞いていた。それを見て、幼い頃に二人で話していたことを思い出した。
その光景を思い返し、懐かしい気持ちになるがとてもあの二人と話す気にはならない。フードがあるとはいえ、この瞳は目立つ。そう思い、ロロは消去法で残るもう一人に目を向けた。アユリアだ。
アユリアはブツブツと独り言を言っていた。それは顔が触れるまで近づかなければ、聞こえないほどの小さな声だ。その様子から、普通ではないことが分かる。普段なら、アユリアには絶対に関わらないが、今だけは別であった。この状況から解放されたい。
「おい、アユリア? なにをブツブツ言って――」
彼女の肩を掴み、振り向かせようとすると、充血した目と目が合った。どう見ても、泣き腫らした人間の目だ。あまりに静かだったため、気が付かなかった。
その証拠に、他の誰もアユリアが泣いていることには気が付いていない。
「ど、どうしたんだよ……?」
「ハク様のことよ。私を置いていなくなってしまったんだから、思い出したら泣きたくもなるわ」
「ハク? あんな、堅物そうな男のどこがいいんだ?」
ロロは、あまりに意味不明なことを言い出すアユリアに混乱させられる。そこまでハクに本気だとは思っていなかった。そもそも、最初はアーチェにもプロポーズをしていたのだ。
結婚相手を探していると言っていた気もするし、真剣な想いを抱いているとは、想像していなかった。
だいたい、ハクのどこがそんなにいいのかロロには分からない。物静かで、何を考えているのか分からない不審な男としか思っていない。
実際に、過去にもソラに不審に接触している。ロロはあの男に警戒心を向ける気持ちは大いに共感ができるが、好意となると全く想像がつかない。
「貴方には分からないのよ。恋する乙女の気持ちは」
アユリアは先ほどまで泣いていたというのに、一気にその瞳に怒りが燃え広がる。表情もさっきよりかは幾分マシになっている。
「ムッ、俺だって恋する気持ちぐらい分かる」
言い返すつもりはなかったが、ついそんな返答をしてしまう。
「ふーん」
「な、なんだよ。その目は!」
アユリアの何かを察した表情に、ロロは半歩だけ距離を取った。もう彼女の表情はいつものような溌剌さを取り戻していた。これは危険だと、ロロは彼女の口を塞ごうとしたが、遅かった。
「ねぇ、ソラ! ロロがソラに話したいことがあるんだって!」
「この……!」
これほどまでに腹が立ったのは何年ぶりだろう。妹のシュシュにオヤツを横取りされたとき以来だ。そのときだって、ここまで腹は立たなかっただろう。
しかし、同時にいいことをしてくれたとも思った。アユリアが介入することにより、この雰囲気を変えられるかもしれない。
「なに?」
アユリアの言葉を耳にしたソラは、不思議そうに首を傾げてこちらに近づいてきた。
「あ、いや……」
何を言うべきかと迷う。なにかこの状況を変えられる強力で適した言葉を投げかけなければいけない。
「か、髪型……変えたか?」
唯一、振り絞った言葉がそれだった。その言葉に、アユリアはたまらないという表情で笑い転げ始めた。
「なにそれ! それ、本気で言ってるの?」
「な、なんだよ! 笑うことないだろ! 俺はいつだって本気だ!」
「ハハッ、ロロってば急になに言ってるの?」
その様子を見ていたアーチェも少しだけ笑みを浮かべる。この発言は、そんなに不正解ではなかったようだ。笑われているのは、苛立ちこそするが。
そうとはいえ、はたから見たら面白い状況に違いないだろう。拳を震わせながら、この空間に耐えていると、ソラが自身の髪を撫でながら口を開いた。
「変えてないけど、髪は切ろうかと思ってる」
「え、どうして?」
ロロは唖然としてそう答えた。別に髪を切ることに対して反対と言うわけではないが、髪を短くするのはそれはそれで惜しい気がする。
「長くなったから」
「あぁ」
ロロは曖昧に返事をした。ソラの髪の長さは肩より下まで伸びている。動きやすさからしたら、切りたいと思うのは理解できた。ロロがそれ以上はなにも言えないでいると、アユリアがソラの肩を掴んだ。
「それなら、私が髪を編み込みにしてあげる」
「編み込みって難しいんじゃないの?」
「慣れれば、簡単にできるわよ! ほら、ポートランドが見えてきたわ! どこか落ち着くところがあったら、やってあげるー!」
「ありがと……」
ソラは、アユリアの言葉に照れたように目を伏せた。
アユリアが前に出ると、かすかに見えてきた街を指さした。そこには港街が広がっていた。大きな船に、海に駆り出す人々。だが、ロロの思考はそれとは全く関係のないところにいっていた。
編み込み。その言葉に、ロロは生まれて初めてアユリアに感謝した。薄っすらと、その髪型を想像してみる。
「じゃあ、行こうか」
ロロの手は気が付くと、ソラに惹かれていた。
今、ロロたちは海に駆り出そうとしていた。




