119.欲するモノ
砂漠を寝ずに歩き続け、ポートランドへの道がようやく半分を切ったところで、ソラたちは休憩に移った。サハルディアはもう砂漠の砂に包まれて、見ることも叶わない。恐らく、あの街にはもう二度と行くことはないのではないかとソラは薄々思っていた。
焚き火に火をつけ、限りある食料を焼く。その匂いに釣られて、痩せこけた犬が数匹現れたが、あまりに哀れだったので肉を少しだけ投げ込むと、尾をはち切れんばかりに振り、食べ始めていた。
「砂漠、もう飽きたー。飛びたいー!」
食事を終えたラーフラは足をばたつかせ、文句を言い始める。確かに彼は飛べるのだから、ソラたちに付き合って歩いてくれているだけで、凄いことだ。飛べるのならば、それに越したことはない。そんな文句をもう何度も聞かされているのか、エドワードは返答すらしていない。
「この肉、不味いな」
アーチェが焼いた肉を食べたエドワードは、肉の表面を凝視した。それが水辺で採れた気味の悪い見た目の肉であることは、エドワードには隠した方がよさそうだ。
「文句があるんだったら、俺にくれよ」
「食わないとは言ってない。こんなに硬い肉は食べたことがないという意味だ」
ロロが肉を取り上げる素振りを見せると、エドワードは彼から体を反らした。そのまま肉を食べ進めてしまう。砂漠の夜は暗いため、焚き火があったとしてもロロの瞳はよく見えない。
道中、アユリアから乱暴にフードを強奪していたため、気にすることもないのだが、ロロがフードを取ることはなかった。しかしフードがあって助かったのは事実だ。壁代わりにされていたアーチェが晴れて役目から離れることができたのだから。
アーチェも事情を察したのか、ロロの思うがままに動かされていた。
フードを取られたアユリアは長い間機嫌を悪くしていたが、ラーフラが綺麗な髪色を見せないと勿体ないと言うと、大人しくなった。
子供っぽい言動ばかりで、混乱させられることもあるが、ラーフラは大人なのだと自覚させられる。ソラだったら、そんな言葉は思いつかないだろう。もちろん、ロロも――。
「エドワード、これも食べる? こっちのは柔らかくて、血液の補給にもなるよ」
アーチェが焚き火で焼かれていた肉を手に取った。それは雑に木の枝に刺してあるものだ。アユリアが刺した肉だろう。魔法の乱射ぶりから、彼女が不器用なことは皆が知っていた。
「感謝する」
渡された肉をエドワードは頭を下げて受け取った。しばし、肉を観察していたが喰らいつく。王子が串焼き肉など食べるのかと疑っていたが、彼は予想外にもこの環境に順応していた。
「ねぇねぇ、ポートランドってどういうところかな? お魚はいるかな?」
ラーフラが足をブラブラさせながら、呟いた。彼女の横にいたアユリアが自信満々に指を立てた。
「魚なんてわんさかいるわよ。ポートランドは魚料理で有名なところなの。新鮮なお刺身がいっぱい食べれるわよ」
魚。その言葉を聞いて、ソラは昔のことを思い出した。あれは奴隷場から脱走した頃、ロロが魚を獲ってきたことがあった。
それが刺激によって膨らんだりしぼんだりする不思議な魚で、こんなにも鮮やかなのだから美味しいに違いないと調理して食べてしまった。
その結果、どんな結果になったかは言うまでもない。ソラは三日間、腹の痛みに苦しんだが、ロロの症状は一週間以上続いて、それはもう大変な惨事であった。あれが死にかけた記憶とは、何とも笑えない話だ。
魚という単語を聞いたロロも同じことを思い出したようで、苦い顔をした。
「魚か……。俺、あんまりいい記憶ないな」
「僕は好きだよ。魚……。父さんがよく寿司を作ってくれたんだ」
「すし? すしって何だ?」
ロロが首を傾げた。ソラもすしという言葉は聞いたことがあるが、どういった食べ物なのかは知らない。
「魚の刺身を、酢で調理した米の上に乗せる料理のことだよ。絶品なんだ」
ソラはアーチェが言った言葉の通りに料理を想像してみたが、あまり美味しそうなイメージは沸かなかった。そもそも、米料理もあまりメジャーなものではない。だいたいはパンが主食だ。
しかし、アーチェがしみじみと思い出を語っていることから、さぞかし絶品なのだと考えられる。
「へぇ! 俄然、ポートランドに行く気持ちが湧いてきた!」
ロロが身を乗り出すと、目を輝かせた。彼にとって、美味しいものを食べれるということは至高のことなのだ。アーチェがそんなロロの様子を見て、苦笑した。
「それでやる気が湧くの? ロロは呑気だな〜」
アーチェの呟きを最後に、皆が黙りこくってしまう。特に示し合わせたわけでもなく、単に話すことがなくなったのだろう。
「ねぇ、みんなどうして旅をしてるの?」
その沈黙を破ったのが自分だと理解するのに、しばし時間がかかった。ソラにとって、それは聞く予定ではなかったことだ。だが、この雰囲気の場でしか聞くことができないとも思った。
ソラは自身を害する存在、リヴォルネが与する魔王軍を滅ぼすことを第一に考えている。しかし、他の人はそうではないだろう。このことは早くに確認しておいた方がお互いのためなのだ。
ソラの問いに最初に答えたのはアーチェだった。
「……。はっきり言って、僕もそう思ってた。ローテリヴァ王国から褒美が貰えるっていうのは、旅の二の次になってないかな。そう言えば、長いこと地図も開いてなかったし」
彼の鞄から布でできた地図が出される。歩いた地形を刻む不思議な地図。その大半はまだ空白のままだ。ソラたちが歩いてきた道のりは長いように見えて、形にするとこんなにも少ない。刻まれた赤い筋は暗闇の中でも光って見えた。
「ねぇ、何の話をしてるの?」
「あとで説明してあげるよ」
会話についていくことができないアユリアの肩に、ラーフラは手を置いた。ロロは長いこと口をつぐんでいたが、やがてその口を開いた。
「俺はなんだろ? さっさと、あそこから離れたかった。俺も褒美とかはどうでもいいかもな」
意外だった。ロロはなにかを欲しているのかと思っていた。しかし、彼になにも欲しいものがないことは、想像してみれば分かることだった。ソラ自身もきっとあそこから離れたかったのだ。
「俺は昨日と意見は変わらないよ! ただ、ベストな相棒を見つける旅!」
ラーフラがヒョイッと倒れた大木の上にまたがった。アーチェの発言を気に、一人一人が目的を明かす展開になっている。だからこそ、自然と視線は座り込んでいるエドワードに向けられた。
「なんだ? 独白会か? どうして俺まで話さなければならない?」
突然始まった告白に対して、エドワードは不機嫌そうに指を小刻みに動かし始めた。しかし、やがて観念したように重たい口を開こうとした。
「エドワードは父親に裏切られただけだもんねー。部下の一人に海に落とされたんだよ」
「な?! なぜ、私が言う前に言う!」
発言の機会を奪い取ったラーフラが大木の上から降りてきた。そんな彼に対して、エドワードは信じられないものを見るような目をする。ラーフラは悪びれる様子もなく、ニコニコとしている。
「だって、エドは話しにくそうだったから〜」
「だからといって、他人に取られると苛立つ! あと、その呼び方はやめろ!」
エドワードがラーフラを捕まえようとしたが、彼は空に舞い上がってしまう。少し上を飛んだラーフラの姿はもう捕まえることはできない。ソラはそんな二人に気を取られている振りをしながら、ロロに視線を移した。
「……」
ソラの瞳に映った彼はなにかを深刻に考えているようだった。なにを考えているのかは、聞くだけ野暮な話だ。ソラは気付かれないように、目を逸らした。
「というか、ソラとアーチェと言ったか? 褒美が欲しくないのなら、お前たちはなぜ旅をしているんだ? 」
空を飛ぶ旅仲間を捕まえることを諦め、エドワードは腰を下ろした。彼の赤い瞳がソラたちを見定めているようにも思えた。ソラはその問いに即答できずにいた。そう言えば、ソラとアーチェだけは旅をする意味を答えてはいない。
「なんでだろ? 僕もソラもよく分からないよね? ひとえに言うなら」
アーチェの続く言葉を全員が待ち侘びているのが分かった。
「居心地かな……。ここより、居心地がいい場所なんて僕知らないよ」




