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空白のアデア―空を継ぐ者たち―  作者: 月夜 ダイヤ
3章 勇者の目覚め
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116.成長


「痛っ。ごめん、大丈夫?」


 アーチェは頭の痛みを抑えながら、立ち上がった。今日はどこかに落ちてばかりいる。その拍子に誰かにぶつかったようだ。落ちるのはこれで三回目だ。流石に腹が立ってくる。右手の痛みもそれに拍車を掛ける。


 アーチェの気が立っているのも、他に理由があった。それは、この手で人を殺してしまったことだ。アーチェが人を殺したのはこれが初めてだ。医者としては、流石に思うところがある。だが、ソラにばかり頼っていてはいけない。自分自身も守られるばかりでは、いつまでも同じラインには立てない。


 戸惑う思いをアーチェは振り払った。そんなことでは、ソラに振り向いてはもらえない。


「大丈夫じゃない! こっちは怪我人だぞ!」


 突如として聞こえてきた声は聞き覚えがあった。誰かと思えば街の門兵だ。確か、名前はローベというはずだ。彼は髪を逆立たせていた。彼の腕の中には、重傷をおった女王がいた。ローベも腕に怪我を負っている。


 その姿を見て、アーチェは無性に父親のことを思い出した。アーチェをかばい、その命を散らした父のことを。あのときのことを思い出すと、アーチェの胸が僅かに痛んだ。この傷は永遠に消えないのだと、自覚させられる。


「じょ、女王様。一体、どうなってるの?」


 アーチェはわけもわからず、尋ねた。ローベは一瞬、困惑するような表情を見せた。


「ラーデンの仕業だ。このままでは、命に関わる。すぐに回復魔法士に診せなければならない」


「回復魔法……」


 アーチェはその言葉を呟いた。今は上がどうなっているか、ローベは知らないのだろうか。回復魔法士がいつものように、同じ場所にいるとは限らない。


 そもそも、ラーデンがなぜそのようなことをしたのか。色々な疑問や考えが一気に浮かぶ。アーチェはダリオに言われたことを思い出していた。回復魔法には適性があるということ。使える人は少ないのだということ。その中で、アーチェには適性があるとダリオは言ってくれた。


 どういう基準でそれを判断しているのかは、分からない。だが、回復魔法を使える彼がそういうのだからと、アーチェ自身はその言葉を信じていた。しかし、今の今まで回復魔法を使えたことは一度もない。


 けれど、今ならどうだろうか。アーチェは手に僅かに雷を纏わせた。魔法のコントロール力はまだ自信がないが、やってみる価値はある。アーチェの横を通り過ぎようとするローベの手を、気が付いたら握りしめていた。ローベが不思議そうにこちらを見る。


「上に行くのは辞めた方がいいよ。回復魔法、僕が使ってみせる」


「君が……?」


 ローベはアーチェの言葉を信じていないようだった。無理もない。自分だって、こんな状況では他人を信じることはないだろう。進行を邪魔しているアーチェは、切り捨てられてもおかしくないのだ。


 しかし、その考えは邪推だった。彼はアーチェの髪に目を向けた。そのことが、アデアに来てからはずっと不快だった。見た目で判断されるのは、精神的にも負担だ。だが、今ではこれがありがたかった。金髪というだけで、人の見る目が変わる。


 なにより、父親から受け継いだこの髪色を邪険にしてはいけないのだと、改めて思った。

 

「金色の髪……。まさか、勇者とは君のことだったのか……?」


「いいから。そこに寝かせてみてくれない?」

 

 アーチェはローベの言葉を遮った。今は、話している暇も惜しい。ローベはその気持ちを感じ取ったようだ。


「あ、あぁ。よろしく頼む」


 ローベは深刻な顔で頷くと、女王を地面に寝かせた。彼女の顔は苦しげで、ここまで命を繋いでいることが奇跡だとも言えた。アーチェは彼女の傷口の上に両手を構えた。右手の指を開くと、痛みが走ったがそれは無視する。今は彼女の治療が最優先だ。


 アーチェはなぜか、道具がない方が上手く魔法を使うことができた。それにブーメランは回復魔法には不釣り合いだ。


 ダリオの言葉を思い出す。回復魔法とは、切れた命の線を元に戻すように繋いでいくものだと。現実的なアーチェはそれを何かの比喩だと思っていた。だからこそ、アーチェには見えなかったのだ。その言葉を、そのまま受け取ればいい。


(見えた!)


 目に力を入れ、集中させると、緑色の線が身体中を駆け巡っているのが分かる。その線は綺麗に光っていて、アーチェの持つブーメランの色によく似ていた。


 それが命の源なのだと、言われなくても分かった。それほどに美しいのだ。この光景を言葉で伝えることはできない。けれど、全ての人はこれが命の源であると分かるという確信だけがあった。きっとこの感覚は魂に刻まれているのだ。


 なるほど。回復魔法を使う人はこういう景色を見ているのかと、感慨深い気持ちになる。


 所々、緑色の線が途切れている箇所がある。これを繋げていけばいいのだ。アーチェはそれをゆっくりと繋げていく。どうやって、それをやっているのかと聞かれても恐らく答えられない。これは感覚的な問題なのだ。


 緑の線は光を発しながらも、どんどんと繋がっていく。そして全ての線を繋ぎ終える頃には、アーチェは大量の汗をかいていた。かなり体力のいる魔法だ。回復する側の体力まで持っていかれてしまう。


 女王の苦しそうな息は徐々に落ち着いていき、傷口も綺麗に塞がった。失った血は戻らないが、これで死ぬことはないはずだ。


「おぉ、凄い! 安心したよ」


 推し黙って治療を見守っていたローベは、腰をついた。かなり気を張っていたようで、額からは冷や汗が出ている。彼の腕からはまだ出血していた。


「君のも治療するよ」


「いや、俺はいい。他のもっと重症な人に使ってやってくれ」


 ローベは手を後ろに隠すと、そう言った。アーチェはソラとエドワードのことを思い出した。治療した方が良いのはあの二人だろう。アーチェは立ち上がり、ローベの言葉に甘えることにした。


「今、踊り場は乱闘中なんだ。裏側から回った方がいい」


 アーチェの言葉に彼は頷くと、階段を駆け上がっていく。アーチェも慌てて後を追いかけた。



 階段の入り口まで来ると、ローベはもう姿を消していた。踊り場の裏にある扉から外に出ていったのだろう。

 

 ソラとロロの姿はすぐに確認できた。二人は向かってくる敵に応戦している。アーチェは果物ナイフを握りしめた。今、ラーデンに一番近いのはアーチェだ。

 

 恐らく命令を下しているラーデンを討つのが、アーチェのしなければいけないことだ。アーチェは気配を消すように、彼の背後を狙った。背面を狙うのはあまり好きではない。しかし、こんなことは言ってられなかった。


 彼のスラリとした背中をアーチェは眺めた。そこには、まるっきり警戒心というものがない。チャンスだと思った。この好機を逃してはならない。アーチェはナイフを握りしめる。今だ、いけ。


「気付いてないと思った?」


 ラーデンの冷たい声が背後から響いた。あり得なかった。彼はアーチェの目の前にいたはずなのだ。首筋に悪寒を感じると、アーチェは雷を纏って飛び上がった。


 天井のシャンデリアに体を乗せる。不安定なシャンデリアだったが、アーチェの軽い体を支えるには十分過ぎた。ラーデンの姿は見られない。ここからでは戦況が良く確認できる。しかし、彼の姿は見当たらない。いなくなった。その事実にアーチェは困惑を覚える。姿を見失うのは悪い結果を想像させる。


 しかし、その思いはすぐに消えた。王城へと向かってくる人影が確認できたからだ。


「ほら、野蛮人共! これでも喰らいなさい!!」


 大扉を乱暴に開け、アユリアが転がり込んでくる。彼女は杖を構えると、光の筋をそこかしこに打ち始めた。




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